第30話【そう考えると、結婚と付き合うって別物だよな】

 ウテナ・ヴォルデコフツォが、ラインハイト・レッヒェルンとの時間を楽しんでいる頃、ミウリア・エーデルシュタイン、エンゲル・アインザーム、メランコリア・ソムニウム、ストラーナ・ペリコローソ、アインツィヒ・レヴォルテは、飛行に乗り、ローゼリア王国のテ・ネグロという町に向かっていた──高所恐怖症のきらいがあるミウリアは、恐怖を感じていたので、空の旅を楽しむどころではない。


「エンゲルさぁぁぁん……メランコリアさぁぁぁん……うぅ、ぅ、ぅぅ……」


「大丈夫だよ、我が天使。飛行機は墜落したりしないから」


「…………」


 地に足が付いていない状態が怖いらしく、涙を流し、情けない声を発しながら、右隣にいるエンゲルと、左隣にいるメランコリアにしがみ付いていた。


「ぅええぁあぁぅぅ、ああぅぅぅぅ……」


 どんだけ泣いているんだコイツ──という感想を、アインツィヒは後ろで泣くミウリアに対して抱く。


(建物の中とかなら、どれだけ高くても怖いとは思わねぇのに、何で飛行機とか、絶叫系とかで、高いところに来るのは駄目なんだ?)


 違いがよく分からない。


 結局、ミウリアは眠るまで泣き続けた。起きたとき、着陸したと知ったときは、「あぁ、良かった……」と、安堵の溜息を吐いていた。


「やっぱり、飛行機……怖い、です……帰りは、いっそのこと、誰か、気絶させてくれまでせんかね?」


「気絶させてあげようか?」


「ストラーナ様は……あの、その、おっかないので、遠慮しておきます……」


「コイツの場合、気絶している間に、海に流されかねねぇからな。朝起きたときには海中にいるかもしれねぇ」


「それ、朝来ませんよね……」


「流石にそんなことしないし、する気があるなら問答無用でやっているわよ──私が相手の了承を待つような人間だと思う?」


「「思わない」」


 即答だった。


 久し振りにローゼリアにあるエンゲルの自宅に帰って来たのだが、定期的に人を雇って掃除をしているお陰か、埃っぽいということもなく、生活感が薄れていることを除けば、以前と変わらなぬ家がそこにあった。


 荷物は最低限しか持って来ていないが、ミウリアがメーティス学園に入学するまでは皆がここで暮らしていたため、生活用品は揃っており、特に問題ない。


「えっと、アインツィヒ様は……私の部屋を使うことになりますが、宜しいでしょうか? ええっと、暫くいなかったので……客室は、整っていませんので、申し訳ないですが、その、私のベッドで、私と二人で寝て頂けないでしょうか?」


「お前小さいからそんなにスペース取らねぇだろうし、そもそも俺様は押し掛けて来たようなもんだし、文句は言わねぇよ。マジでキツイときは、そんとき考えたらいいんだしよ」


「ありがとうございます……あ、それと、ストラーナ様が、アインツィヒ様を、その……御自分のお父様に、紹介、したいそうです……明日くらいには」


「…………まあ、いいけどよ」


 明らかに躊躇っていると分かる間を置いていたが、そこにツッコミを入れるほどミウリアは野暮な人間ではなかった。


「今日は……もう、寝ませんか? 何だか、疲れて、しまいました……」


「まあ、飛行機中じゃ、全然寝れなかったしな……俺様は」


「私、飛行機で、寝ましたけど……ええぇよ、えっと、その、全然寝足りないです……」


「歯だけ磨いて寝ようぜ。風呂は明日の朝でいいだろ」


 歯を磨いた後、ミウリアのベッドの上に横になった。元々一人で寝るには広かったため、二人に寝てもそこまで狭さを感じることはなかった。そんなことよりも、アインツィヒが気になったのは寝心地だ。


(滅茶苦茶寝心地良いな、このベッド)


 一体どこで買ったのだろうか。


「このベッド、どこで買ったんだよ」


「どこ……? えんげ、る、さん、に……」


「あ、寝た」


 エンゲルに訊いて欲しい──と、言おうとしたのだろう。その前に眠ってしまったようだ。飛行機で寝ていたのに、まだ寝足りないというのは本当だったらしい。どれだけ眠かったのだろうか。


(ウテナとラインハイト、今頃、イチャイチャしているんだろうな)


 何故だろう。

 妙に眠れなかった。


(そういうときってあるよな)


 眠いのに眠れない、謎の現象──人生は一度は経験するだろう。


(アイツらデートした後どうしているんだ? 父親に紹介するとか言っているんだろうな、ウテナは……ラインハイト大丈夫か? 大丈夫か。大丈夫だよな……だって、ラインハイトだしな)


 結婚の話も出ているかもしれない。ウテナなら何が何でも結婚する方向に話を転ばすだろう。ラインハイトには、ウテナと結婚する医師があるから、大丈夫だろうが。


(……恋人にするなら、どういう奴がいいんだろうな)


 今のところ、そういうことは全く考えていないが、いつかは程度の願望はある。眠れないと色々考えてしまうためか、ついついそちらについて思考を巡らせてしまう。


(ラインハイトって、そう考えるといい男なんだよな。基本的に恋人に対する理解度が高いし、喧嘩をしてもそのまま別れるということはないだろうし、結婚後はそれなりに上手く行く可能性が高いというか……子供出来たら、子供のこと大事にしてくれそうだよな。無責任なことはしなさそうだし──ある意味答えだよな、強いて言えば女の趣味が悪いことが欠点か)


 惚れた相手がウテナ・ヴォルデコフツォでさえなければ、百点満点と言っていいだろう。結婚というのは難しい。


(ウテナは、一途過ぎるところが欠点であり、利点でもあるよな。絶対に浮気はしないだろうし、こっちのことをある程度尊重してくれるけど、両想いだと分かった瞬間にこっちが許せる範囲で強引な方法で詰めて来るだろうし……そこが怖いんだよな。友人同士でもおっかねぇと感じるときもあるだろうし、恋仲になったらどれだけヤバいことになるか……そう考えると、ラインハイトくらいしか結婚出来る相手いないよな、アイツって)


 そう考えると、結婚と付き合うって別物だよな──と、アインツィヒは思う。


(ウテナ、付き合う分にはいいけど、結婚するのはキツイんだよな……)


 相手に対して一途なのは良いが、一途過ぎるというのは、付き合うならばまだしも、結婚するのはキツイものがある。


(ヤッた後トラブルがないことを考えると、体だけの関係を持つなら、ファルシュが最適なんだよな。他は色々怖いからアウト。ウテナなんかヤバいよな……体の関係を持ったら最後だ)


 一生逃げられない。そんな予感しかしない。


(何やかんや考えると……ゼーレは付き合う分には良いんだけど、結婚するには怖いんだよな。今世では妹じゃないとはいえ、実質義妹がウテナになることには変わりないし……何より、ストラーナのことを放置出来ないというか、ストラーナを放置したらヤバいという理由で、結婚相手や恋人よりストラーナの方を優先しそうだよな)


 実際にストラーナを放置する方がヤバいのは事実だし、やめろとも言い難い。子供が出来たら、自分より体の小さな相手には甘いストラーナは自重してくれそうなのが救いだろう。


(ミウリアは……付き合っても、結婚しても、相手との相性が良くないと、キツイだろうな。相性云々なんて誰にでも言えることだけど、ミウリアの場合は当たり外れが大きいんだよな……絶対に母親にはなれないタイプだしな)


 親になるには向かない人格をしていると思う。


(結婚しても子供は諦めないといけないよな……結婚願望があることと、子供が欲しいことは、必ずしもイコールにならないけど、結婚するってなったらそれを望む奴は存在するしな。絶対に欲しい訳じゃないけど、出来たら欲しいって考えている奴は多いだろうし、子供が欲しいって少しでも考えている奴は結婚相手に出来ないよな)


 前世では大学生で子供を持つような年齢ではなかった。今世でも、今はまだ、結婚するような年齢ではない。ローゼリアの法律では、男女共に一八歳以上にならないと結婚出来ない。歳を重ねれば違うのかもしれないが、現時点では親になるミウリアの姿が考えられなかった。


(付き合う分には良いけど、結婚するってなると躊躇しちまうな……体だけの関係を持つのは、アイツの性格上無理だし、アイツのファンを自称するユーベルに殺されかねないな)


 ミウリアと付き合うのは、周囲の人間が壁になりかねない。おかしな相手が近寄ったら消してくれるというのは、利点かもしれないが、エンゲルも、ユーベルも、如何せん癖強過ぎる。


(ユーベル……アイツと付き合うには、ミウリアのファンでいることを許容するというハードルが存在しているんだよな。そして、暴走しがちなところをどこまで許容するかというハードルも存在する……アイツと付き合うのは厳しいな。結婚したら少し落ち着くかもしれないけど、子供が出来たときは怖いな──子供のことは大事にしてくれるタイプだろうけど、子供が害されたら、相手のことを殺しかねないな……)


 大事にはしてくれそうだが、大事にするあまりとんでもないことをやらかしかねないのが、玉にきずだ。


 ちなみに、付き合いたくもなければ、結婚もしたくない、体の関係すら持ちたくない相手は、ストラーナ・ペリコローソ一択だ。


 結局そんなことを考えている内に、いつの間にか眠っており、気が付いたときには朝を迎えていた。

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