第26話【だからやめようって言ったじゃん】

 ストラーナの持ち物を確認していなかったことと、没収していなかったことに気付き、デリットは非常に後悔するが、今更戻る気にもなれず、どうしてここがバレたのかについて思考を巡らす。


(他の奴も来るかもしれねぇし……どうにかしねぇとなぁ)


 そんなことを思っていると、とんでもない轟音が響く。


「ちょ、何? 何なんだよ?」


 慌てて音のした方向を確認すると、玄関に車が突っ込んでいた。


「はぁ?!」


 廃車確定の大破した車から這い出て来たのは、ボロボロになったユーベル・シュレッケンであった。訳が分からず、驚愕の声を荒らげるデリットは、右往左往する。ユーベル、大破した車、大破した玄関、その場で頭を抱えたくなかった。そのような暇はなかったが。


 良く見ると、服が一部破れており、その上血液がべっとりと服と体に付着しているが、血が付着しているだけで、怪我はしていない。正確には怪我はしていたのだが、治った──治した。


(治癒の異能がなければ、不味かった)


 冗談抜きで、死んでいてもおかしくない怪我をしたが、怪我をすると同時に治癒の異能力を発動させたお陰か、見た目以外は怪我をする前と殆ど変わらない。


 デリットがミウリアの家から、彼女が奪った異能力達を盗っていかなかったから出来たことだ。


「だからやめようって言ったじゃん」


 大破した玄関から、銃のような物を持ったウテナがやって来る。


「大丈夫かい?」


「あぁ……一応は無事だ」


「車は廃車確定だな……ヴォルデコフツォ家の物だけど、私個人が所有している物じゃないからいいけどさ」


 一番損傷が激しいボンネットの部分を見遣りながら、これは修理しても直らないだろうと判断をした。


「人が来ない場所とはいえ、流石にこれは明日には騒ぎになるだろうな」


 エンゲルが辺りを見回しながら、そう呟いた。


「大丈夫です。最悪の場合、ウテナにどうにかして貰いますので」


「ゼーレ兄さん?」


「自主的に捕まりに行った間抜けと、攫われた可哀想な奴を、とっとと救出するんだろ? 早くしようぜ」


 ゼーレ、アインツィヒもひょっこり顔を出す。


「俺もいんぞ」


「詐欺師くんまでいんのかよ……」


「六対一だぞ、お前に勝ち目はない」


 ファルシュの言う通りだ。

 勝ち目という勝ち目はないだろう──普通は。


「けどさぁ、俺って馬鹿じゃないからさ、キミ達がここまで来ることくらい想定済みっていうか、ある程度対策しているの決まってるでしょ? ストラーナちゃんが捕まると思う?」


「思います」


「まあ、そういうこともあるだろうな」


「気分によってはワンチャンあり得る」


「概ね同意だよ」


「一人で擬似展覧館が開ける奴だしな、ねぇとは言い切れない」


「自ら捕まりに行くような女は莫迦ばかだろ」


 ゼーレ、ファルシュ、ウテナ、エンゲル、アインツィヒ、ユーベルの順に、好き勝手思ったことを言う。人望がないにも程がある。悪い意味で信頼され過ぎている。


「………………。勝ち目はさ、ない訳じゃないしねぇ。あんまりバイオレンスなことをしたくなかったけど、殺すしかないのかな、やっぱ」


 色々と聞かなかったことにして、デリットは続ける。


「後悔することになっても知らないよ」


「その言葉、そっくりそのまま返って来ないといいけどな」


 と、言って、ファルシュは持ってきたライフルの引き金を撃ったが──ライフルの弾は、デリットの体に近付くに連れ、弾道が遅くなり、彼の体にぶつかる直前、地面に落ちる。


(重いこれ着たくなかったけど、着といて正解だったな〜。やっぱり)


 勝ち誇った笑みを浮かべ、「これで俺の言っている意味が分かったでしょ?」と、挑発する。


 彼に異能力で攻撃しても意味がないことは、事前にストラーナから聞いているため、ユーベルは持って来たナイフを取り出すと、それで彼に切り掛かったが、速度が吸収されるように、徐々に動きが緩慢になっていったかと思えば、直前で動きが止まった。


 隙が出来たところ、思い切り蹴り飛ばされる。


「大丈夫か?」


嗚呼ああしかし、れは一体……彼奴あやつの異能力の仕業、では無い筈なのだが」


「銃も、ナイフも、蹴りも、拳も、全部無駄。この通り俺には当たらないよ」


「なるほどねぇ」


 意味ありげに呟いたかと思えば、ウテナは持っていた銃のような物を構え、銃口をデリットに向けると、引き金を引く。


「ああああああああああああああああああああああああああ‼」


「電撃は止まらないんだね。なるほど」


 電撃が効くのを確認したエンゲルは、懐から試験官を取り出す。それを放り投げると、適当な瓦礫を拾い、試験にぶつける。試験管は割れ、破片と中身の壁体が彼に向かった降り注ぐ。


「があああああああああ! あああああああ! ああああああああああ!」


 破片は彼に当たる直前に止まったが、中身の液体うぃ降り注がれたせいで、心情ではない苦痛を味わう。


「液体もいけるみたいだね」


「調子に乗るなよ……」


 デリットは懐から拳銃を取り出すと、ウテナとエンゲルに向かって二発ずつ発泡。硫酸が掛けられたせいで、照準を巧く合わせることが出来なかったのか、エンゲルに向かって放った弾丸は、彼の腕を掠める程度。しかし、ウテナに向かって放たれた弾丸は、彼女の肉体をしっかりと抉っていた。


「まあまあ痛いね」


 銃で打たれるのは今回が初めてではないため、銃弾が二発撃ち込まれたとは思えないほど涼しい顔をしている。


 ユーベルがウバロバイトが付いた腕輪を嵌めた手をウテナの方に向ける。ウバロバイトが光ると、彼女の体に開いた風穴は綺麗に閉じた。


「……こんなの聞いてないんだけど……」


「…………ミウリアのことストーカーしていた割りには、お前、ミウリアのことあんまり知らないんだな」


 その発言をしたファルシュに向かって、銃を撃つ。一発は避けられたが、二つは脇腹を抉った。すぐに治して貰えたとはいえ、そこそこ痛い。


「うるせぇ。お前達が馬鹿みたいに警戒しているせいで、全然調べられてねぇんだよ! 興信所の職員すら調査に難航していたんだけど!」


 外を出歩いていたときや、ゲーム部の部室以外のメーティスの施設に立ち入っているときの姿を撮影することは出来たが、それ以外に関しては追い掛けるくらいしか出来ていない。


 ミウリアがローゼリアにあるテ・ネグロ町という地域に来てからのことは分かるが、それ以前のことが全くと言っていいほど分からなかった。


 当時の彼女を知る者は、殆ど死んでいるからだろう。


「撃ちまくってると弾切れになるぞ」


「煩いなぁ! もう!」


 残り二発しかない弾をファルシュに向かって撃つと、弾切れになり、銃本体を投げ付ける。廃車になった車の中に吸い込まれていった。


 ウテナは無言で電撃銃の引き金を引く。


 電撃を食らった後、拳銃をもう一丁取り出し、それをウテナに向けるが、また硫酸を掛けられたせいで、銃口がぶれてしまい、銃弾はあらぬ方向に着弾する。


 電撃銃を弄り、出力を上げた電気放つ。


 白色の電撃に呑まれ、デリットはバタリッと床に倒れる。


 ユーベルが彼に近付き、蹴ってみると、今度は普通に蹴れる。蹴った部分に違和感を感じて、服を捲ってみると、機械で出来たチョッキのような物が現れた。


「電撃銃の所為せいこわれているな……」


 機械のことは詳しくないが、誰が見ても壊れていると分かる酷い状態だ。機械だからこそ、電気がよく効いたのかもしれない。


「なあ? これ、持って帰っていいか? なあいいだろ? いいよな?」


「危ないからやめて置いた方がいいんじゃないの?」


「だけどよぉ、ウテナ、俺様の知らねぇ機械だぞ? 調べ尽くしたいだろ」


「アインの機械のせいで、部屋三つ分のスペースが取れているんだけど」


「頼むよ! これだけ! これだけは持ち帰らせて!」


「……好きにしろ」


 アインツィヒは嬉々として機械で出来たチョッキを剥ぎ取り、ウテナは彼が持っていた銃を拾い上げた。


 ウテナは心底呆れながら、「硫酸掛かっているから気を付けなよ」と、持って変えることを認めた。


「其の様な事は如何でも良い。早くミウリアさんの処に行こう。先に此処に来たストラーナのことも気になる。此の男の洋袴に鍵が入っていた。此の鍵を使う場所に彼女が居るかもしれない」


 とっととチョッキのような機械を剥ぎ取ると、すぐさまミウリアのことを探し出す。一部屋一部屋探して行けば、すぐに件の鍵を使用する部屋を発見する。部屋からは何故かバグパイプの演奏の音が聞こえた。


「御無事ですか!?」


「無事です……」


「怪我はないかい? 我が天使」


「だ、大丈夫です」


「ストラーナさんは相変わらず元気そうですね」


「バグパイプ吹けて楽しかったわ」


 二人の無事を確認し、外に出るためデリットが倒れていた場所まで戻る。


 ──そこにデリットの姿はなかった。

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