第25話【この後、とんでもないことになるだろう】

 窓一つない部屋。扉は三つある。一つはお手洗いの扉で、一つはシャワールームの扉で、一つは、出口と思われる扉。出口と思われる扉は、固く閉ざされている。ビクともしないのだ。部屋にはベッドがあり、その近くに小さな冷蔵庫らしきものがあったので、食料さえあれば全然暮らしていけそうな部屋だった。ベッドの下部分にある収納には、ミウリアの服があった。


「ユーベル様……暴走して、うっかり友人を殺そうとしないといいんだけど……」


 監禁されていることを理解したミウリアは、このことに気付いた彼が暴走し、とんでもないこと──最悪、身近な人間を殺してしまうような、取り返しの付かないことを、しでかしてしまうのではないかと、心配で心配で仕方がなかった。


(不安だ……)


 我が身よりも、ユーベルの暴走でどれだけ被害が出るのかが気になり、ベッドの上で頭を抱えてしまう。


「ミウちゃ〜ん、やっほ、やっほー。ご飯作って来たけど、食べる?」


「…………」


 顔を上げれば、サンドウィッチが載ったトレイを持ったデリット・ラピメントが視界に入る。


「ぁ、あの……その……サンドウィッチ、食べるので……状況説明、お願いします……」


「取り乱すかと思ったけど、案外冷静だね」


 人が輸血パックになる過程を見れば、こうなりますよ──とは言えないので、「……えっと、驚いては、います」と、代わりにそう言った。


「ここ、どこですか?」


「えぇ、言えないよ。答える訳ないじゃん」


「あの、ポストに投函されてた封筒……あれ、ラピメント様の、仕業、ですか?」


「そうだよ〜」


「あの、写真、どうやって、その、撮っていたんですか?」


「興信所に頼んだんよ。プロってやっぱ凄いだよね。中学のときも、こっそり撮ってたけどさ、俺が撮るよりスッゴイ綺麗なんだよねぇ」


「……まあ、凄く、綺麗でしたね……」


「うんうん、ミウちゃんのこと、超可愛く撮ってくれた〜」


 ニコニコしながら、思い出を語るように、リデットは話す。とても嬉しそうだ。


「中学のときは……あの、こんなこと、していなかったのに……その、何故、今更、写真を、投函したんですか?」


「中学のときは家の警備が厳しいから諦めて、高一のときは家がわかかっていなかったから。最近興信所に頼ってやっとわかったんだ〜」


「追い掛けられたのも……」


「俺が興信所に頼んでやって貰ったこと〜」


「………………ここに連れて来た、理由は?」


「そうだなぁ……色々あって話したくても全部は話せねぇんだけどさ、第一の理由は想像そーぞー通り、ミウちゃんのことが大好きだから。第二の理由は、資金が手に入ったから。中学同じだったから、俺の家、貧乏でもねぇけど金持ちでもねぇって知ってるでしょ?」


「まあ……そうですね」


 深く関わりはなかったとはいえ、彼の家がウテナのように、極端に金を持っている家ではないことは知っている。興信所を使ったと聞いたときから、疑問に思っていた。興信所に掛かる費用は決して安くない。学生のお小遣い程度では手が出せない金額だ。


「なんつーか、スポンサーがいるお陰で、資金が手に入った訳。利害が一致して、向こうが金を出してくれた感じ」


「利害の一致?」


「俺のスポンサーは、直接ミウちゃん狙ってる訳じゃないけどね。向こうの目的については俺もよく分かってないし、知ってることがない訳じゃないけど、契約で言えないことになってるからさ、ゴメンね」


 そう言って、あざといポーズを作った。

 ウテナなら蹴っていただろう。

 アインツィヒなら罵倒しただろう。

 ファルシュならライフルで撃っていただろう。

 ストラーナも拳銃を持ち出していただろう。

 ゼーレは嫌悪を示すだろう。

 ユーベルなら即斬っていただろう、異能力で。


「先に言っておくけど、こっから出す気はないから。知っての通り、俺の異能力を奪おうとするのは不可能だから」


 彼の異能力、無影響インフルエンシアは、彼自身が異能力の影響を一切受けないというものだ。


「そうですか……危険だから、解放して欲しいのですが……」


「手は出さないよ?」


「いえ、そうではなく…………ラピメント様が、危ないですよ」


「ストラーナちゃんがヤバそうだよね……ストラーナちゃんのお父さんが経営している病院、激ヤバ心霊スポットみたいに言われてるし、何かと黒い噂が耐えない先輩だったもんねぇ」


 噂の殆どは、実際に起こっていることをマイルドにしたようなものだ。その黒い噂以上にヤバいことをしているのである。


「……そういえば、服……盗んだんですか?」


「ここに連れて来るとき、部屋から持って来たんだ。普通の服はまだしも、女の子の下着のこととか分からないし」


「なるほど……」


 サンドウィッチを食べ終えながら、合間合間に質問をしていたミウリアは、最後にこのような質問を投げた。


「ラピメント様……ラピメント様は、学校どうするんですか?」


「出席するよ。面倒だけど出ないと面倒だしね」


「……そうですか」


 近い内、助けが来るだろう。

 そう判断し、リデットが出て行った後、ミウリアはもう一回眠りに付いた。


 この後、とんでもないことになるだろう。

 きっとユーベルとストラーナが辺りがやらかすに違いない。


 その予想は外れることはなく、次の日、何故かバグパイプを持ったストラーナが単身でここに突撃したらしく、ミウリアと同じ部屋に放り込まれた。他に閉じ込められる場所がない。


「何がしたかったの?」


「全く以て……仰る通りで、ございます……」


「バグパイプを演奏しに来ました!!!」


「そこは助けに来いよ!!」


「ストラーナ様、誘拐犯にツッコミ入れられたら終わりですよ……ホント」


「てか、何でここが分かったんだよ」


「教える義理はねぇ!!!」


「それはそう」


 何故誘拐犯の方が納得させられているのだろうか。一体何を見せられているのだろうk。本当に何をしに来たのだろうか。ミウリアは頭を抱えたくなかった。


「私の曲を聞けええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 バグパイプを吹く。


「絶妙に褒め難い上手さ……」


 下手ではないし、上手ではあるが、上手いと褒めるほどではない。絶妙な演奏力。一曲吹いては感想を求めた。デリットに。


「いやおかしくね??」


「おかしいんですよ……」


 そう。ストラーナは頭がおかしいのだ。前世で自分の妹が飼っていた金魚を、一匹はどこかの川に放流し、二匹は料理し、どういう訳なのか、自分の妹に食べさせたことがあった。食べさせた挙句、感想を聞き、妹が飼っていたペットであると話し、頭の螺子が外れているのではないかと、親に正気を疑われたらしい。


「そっかぁ……ミウちゃんがスゲェ冷静だった理由、よく分かった気がする。俺あの人のことよく知らねぇけど、噂通りヤバい人だったんだ……自作した大量のアンケート用紙を持って、街を徘徊してアンケートを取ったり、意味もなくコンビニから段ボール持ってきたり、気分でボイラー室に人を閉じ込めたりしたっていうのも、今なら本当かもしれないって信じられるよ」


「実際は噂より酷いですよ……」


 ちなみに前世のストラーナは大学時代、自分の父親のAVを勝手に売り、その金で後輩に焼き肉奢った。


「人のことを誘拐監禁している奴には言われたくないぞ」


「なんだろう、俺キミよりはマシな気がするよ」


 実際その通りである。

 いつまでも相手にしていられないと思ったのだろう。デリットは逃げた。出て行く際の施錠は忘れなかった。


「鍵掛け忘れてくれたらいいのにね」


「そんなヘマ、しないでしょう……ストラーナ様は、本当、何しに来たんですか?」


「ちょっと捕まってみたくてね」


「はっ?」


「ついでにバグパイプを吹きに」


「一回本気でゼーレ様に怒られて下さい」


「本気で怒ったゼーレくんかぁ、ちょっと見てみたいかも」


「ストラーナ様、無敵過ぎませんか……」


 本当の意味で無敵な人間というのは、失うものがない人ではなく、何を失ってもへこたれない人物のことをいうのかもしれない。


「そういえば、ユーベルが自害しようとして大変だったんだよね」


「ちょっと待って下さいどういうことですか?!」


「いやぁ、あのときは大変だったよ。私以外が」


「どういうことですか⁉ 詳しく説明して下さい! ゆ、ユーベル様が自害しようとしたって……」


「不甲斐なさのあまり、衝動的に死のうとしたっぽい」


「ユーベル様……」


「面白かったよ」


「面白がらないで下さい」


「ゼーレくんにも同じこと言われちゃったんだよね」


「でしょうね……」


 その件についてもっと掘り下げたい気持ちはあるが、他に聞きたいことがあったので、ことが片付いた後に訊ねることにする。


「どうして……この場所が、分かったのでしょうか?」


「アインツィヒが街中の防犯カメラの映像ハッキングして、この場所を特定したんだよね。多分もうすぐ助けが来るからさ、それまでアイツをどうやっておちょくるか考える遊びやらない?」


「…………やる訳ないでしょう」

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