第24話【絶望するしかなった】

 午後の授業を受ける気分にはなれなかったものの、人目のあるところにいた方が良いと判断し、渋々午後の授業に出席した。


「ミウちゃん、スンゲェ顔大丈夫〜?」


「……ラピメント様、貴方の教室、ここじゃないですよね?」


 言外に何故ここにいるのか問えば、「友達から借りた教科書返しに来たんだよ」と答える。手には教科書を握られており、そこにはデリットではない、別の誰かの名前が書かれていた。


「体調良くないの続くなら、ちゃんと病院に行った方がいいよ〜。もうすぐ中間テストあるし」


「そうですね……」


「まだアイツ来てないみたいだし、ロイバーくんに渡しといて〜」


 ミウリアの了承の言葉を待たず、教科書を置いて教室を去って行く。


 彼とすれ違う形でやって来たロイバーに、教科書を渡すと、何故か謝られた。友人が押し付けたことへの謝罪らしい。


 放課後、エンゲルに家まで車で送って貰った。まだ仕事が残っているため、また職場に戻って行ったが、ストラーナとファルシュ、そしてゼーレが付いて来たので、家には四人の人間がいる。ウテナとアインツィヒ、ユーベルは、用事があっていない。夜に来ると言っていた。


「二人共……寮暮らし、ですけど……外泊届、だしていますか? 出してないと……結構、問題になりますよね?」


「大丈夫、提出してある」


「ゼーレくんが提出してくれたから大丈夫」


 前世の頃から、ストラーナはゼーレのことを小間使いみたいに、いいように扱き使うきらいがある。


 ゲーム部を立ち上げるときも、部長に立候補したにも関わらず、ゼーレを副部長に指名し、提出しなければならない書類の作成等を殆ど彼に丸投げしていた。


 ゼーレは、「ストラーナさんに任せるのも怖いので」と言って、そのことを深くは気にしていなかった。正直そう思うのも理解出来る部を立ち上げるとき、活動届出書、年間活動計画書、会員名簿、予算申請書を窓口から受け取り、それらを細部まで記入しなければならないのだが、ゼーレではなくストラーナがやっていたら、一体どんな種類が出来上がっていたのかと思うと、本当にゾッとしてしまう。


「いい加減自分で提出して下さいよ」


「一回も書いたことないから、どう書けばいいのか分からん」


「今度教えますから、ちゃんと書けるようになって下さい」


「……その、ゼーレ様って……偶にストラーナ様の保護者みたいになりますよね」


「この人を放置すると、とんでもないことになるから」


「放置してもとんでもないことになるだろ、コイツは」


「放置するよりはマシなので」


「地獄の沙汰も気分次第だしね」


「ストラーナさん、貴方本当にノリと勢いだけで生きていますね」


 ゼーレが今にも大きな溜息を吐きそうになっていると、紅茶が入ったカップを置かれる。


 だらんと肩甲骨まで伸びた甕覗かめのぞき色の髪をした男──メランコリアは、ゼーレだけでなく、ミウリア、ストラーナ、ファルシュの前にも、淹れて来た紅茶を置く。


「あ、ありがとうございます、メランコリアさん」


「…………」


 一瞬だけ、生気を感じないどんよりとしたくろがね色の瞳をミウリアに向けるが、返事をすることはなく、その場から立ち去る。


「そういえば、ここにいる歳上組だけか」


 ゼーレに言われ、「ああ、確かに、そういえばそうだな」と、ファルシュが反応する。


「久し振りかもしれないね、私達四人だけで集まるの」


「歳下組が……入学してからは、なかったですよね……」


「それならさ、折角だし、大学でゲームサークル立ち上げたばかりにやった奴やらない?」


 普段は前世のことについては、火急のことでもない限り、他者の耳に入らない場所でしかしないと決めているが、エンゲルには彼の異能力のせいで前世のことを知られているため、彼の前では話しても良いことになっている。理解しているかは不明だが、メランコリアも知っている──筈なので、彼がいるところでも話して良いことになっている。


 今この場で前世の話をしたのは、常日頃からそういうことに気を付けているエンゲルのお陰で、この家に盗聴器や盗撮用のカメラがないことは分かっているから、というのも大きいだろう。


「私が提案した奴なんだけど──三つのゲームを同時に行う奴」


「あれもう一回やれと?」


「ストラーナさん、人生ゲームと人狼ゲームとUNOを同時に行う──あのイカれた大会をもう一回やるんですか?」


「そうだけど?」


「ストラーナ様……疲労困憊になりますよ」


「だからやろうと言っているんでしょ。頭パンクしそうになるレベルで動かさないとあっという間に負けるからね、あのゲーム。余計なこと考えなくて済むよ?」


「それは、そうなのですが……ゼーレ様、どうしましょう?」


「……やると、全員ガチになっちゃうからなぁ。下手したらバトルが白熱しかねないし……前回やったときは、テーブルがお釈迦になったし……やんない方がいいんじゃない?」


「椅子もお釈迦になったな」


「ファルシュ様が、お釈迦にしたんですよ……」


 何故テーブルと椅子がお釈迦になったのかと言えば、端的に言えば、ゲームにのめり込んでしまう性分と、三つのゲームを同時に行う煩雑さが悪い方向に噛み合ったせいで、頭がパンクし、衝動的にゼーレがテーブルを引っ繰り返し、ファルシュが椅子を叩き割った。


 端的に言うと、発狂したのである。

 そのとき、ミウリアはこっそり隣の部屋に移動し、事態が収束するのを待っていた。


 ストラーナはその様子ただただ傍観しており、「映画以外でこんなことってあるんだー」と、呑気にスナック菓子を頬張っていたらしい。


(あれをもう一度やろうと言い出すとは、ストラーナ様、相変わらず狂ってますね)


 そのせいで、ストラーナの家は滅茶苦茶になったのだが、当の本人はそのことを全く気にしていない。面白いからという理由で嵐が来たとしか思えない状態の部屋を撮影し、写真をプリントアウトして、部屋に飾ったそうだ。


 どんなメンタルをしているのだろうか。


「俺もあれはやりたくない……」


 珍しく、ファルシュが弱気だ。

 相当トラウマになっているらしい。


「普通に人生ゲームしましょうよ……僕もあれはやりたくないです」


「ね? ストラーナ様……お願いします」


 彼女が手を合わせてお願いすれば、「しゃーない。人生ゲームやるか」と、言ってくれた。


 お陰で発狂者は出なかったが、その後も何度か三つのゲームを当時行う遊びをやらないかと提案して来て、危うく発狂者が出かねない事態になりかけたが、その度にミウリアが宥め、何とか悲劇を回避する。


「お前ら〜! 菓子パ用の菓子持って来てやったぞ! 感謝しな!」


「この俺様がゲームも持って来てやったんだぞ! 感謝しやがれ!」


 日が落ち切る直前、ウテナ&アインツィヒがやって来た。そして日が落ち切った後、何故か絆創膏と包帯とガーゼが入った買い物袋をぶら下げたユーベルがやって来た。


「歳上組だけしか居ない状態なら、悲惨な事になっているかもしれないと思い、念の為、治療の道具を用意して来たのだが……必要無かったみたいだな」


「ミウリアのお陰でな。俺とゼーレの精神は守られた」


 冗談ではなく、本当に。


「地獄の遊戯ゲームが行われなくて本当に良かった」


 ミウリアからストラーナの件のゲームについて聞いているため、大惨事になっているのではないかと、内心心配していたが、杞憂で済んで良かったと、心から思った。


「ちょっと寒いからさ、エアコンの温度上げて貰ってもいいかな? ついさっきまで外に居たから寒くて」


 脱いだコートをハンガーに掛けながら、ウテナがそう言ったので、ファルシュはエアコンの温度を上げた。


 この後、歳下組と共に、またゲームをした。


 二〇時くらいに、エンゲルが家に帰って来て、そのとき全員夕餉を食べた。夕餉はミウリアと、ウテナと、ファルシュの三人で作った。


 次の日も学校があるため、流石に徹夜する訳にも行かず、二二時にゲームを終わらせ、女はミウリアの部屋に、男は客室で眠った。半ば雑魚寝に近い形で。


 そして朝。


「ミウリアがいない!」


 家を揺らしかねないアインツィヒの大声で、皆目を覚ます。


 ミウリアが眠っていた筈のベッドには、ミウリアの姿はなく、家中を片っ端探しても、どこにも彼女はいない。本当にどこにもいない。外に出ている可能性も考慮し、玄関を見たが、靴は置かれたまま。


 こんなときに、とも思ったが、藁にも縋りたい気持ちであるため、ユーベルは家主であるエンゲルから許可を得て、ポストを見た。


 チラシだけで、例の封筒は入っていない。


「手掛かりがない……」


 ──絶望するしかなった。

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