第23話【餅は餅屋、ストーカーのことはストーカー】
家に帰り、エンゲルとメランコリアにストーカー被害に遭っていることを伝えると、翌日、封筒を持ったメランコリアが、無言で燃やそうとしていたので、慌てて止める羽目になった。気持ち悪いから処理しようとしてくれたのかもしれない。
少し前に撮ったと思わ荒れる写真と、昨日撮ったと思われる写真が封筒に入っており、当然ゲームセンターで遊んでいるところもしっかり撮影されていた。リデットと話しているときの光景や、アインツィヒとゼーレと話し込んでいるときの光景が、写真に残っていた。
「どこの誰がこのようなことをしているのだろうね? さっさと見付けて殺──塀の向こうに放り込んでやりたいよ」
「あの、エンゲルさん……殺そうと思っていますよね? 言い掛け、ましたよね……」
「このようなことをする不埒な輩は死んだ方が良いだろう? 死んでくれたら刑務所から出た後、何かされる心配をしなくてもいい。悪くないと思ったんだが……」
「エンゲルさんは、そんなこと……しないで下さい……」
「完全犯罪にするよ?」
「しなくていいです……あくまでも、最終手段、で、お願いします……」
「キミがそこまで言うのであれば、善処しよう」
「善処するのではなく……しない、と、言って下さい……」
「状況によっては、殺すことも視野に入れないといけないからね。確約出来ない以上、善処するとしか言えない。他の者ならばともかく、ミウリアくんには嘘を吐けない」
「何というか、ある意味、では……誠実、ですよね……エンゲルさん……」
学園まで送って貰うと、すぐに友人達に写真を見せる。相変わらず正面から撮った写真はない。一体何を思いながら、撮影しているのだろうか。相変わらず気味が悪い。
「冬休みは、ローゼリアにある……エンゲルさんの家に、帰りますから……流石に、国外までは、追って来られないでしょうし……」
「その考えは甘いんじゃないかな」
「あの、それって……ど、どういう、こと、でしょうか……ゼーレ様」
「なあ、ウテナ」
「何? ゼーレ兄さん」
「──もしもラインハイトが国外に逃げたらどうする?」
「追い掛けるけど」
何当たり前のことを聞いているんだ──と、言いたげな声でサラッと言ってのける。
「つまりはそういうことだ。国外に逃げた程度じゃどうにもならないよ」
「ウテナ様なら……国外に、いても……あっという間もなく、見つけ出しそうですもんね……」
「絶対見付け出すに決まってんじゃん」
「そんで、そこのストーカーに一個訊きたいんだが、ミウリアをストーキングしている奴は、好意的な感情を持ってこんなことをしているのか、それとも真逆の感情を持ってこんなことをしているのか、どっちだと思う? 俺は最初、好意的な感情を持ってこんなことをしているのかと思ってたんだが、よくよく考えれば、ミウリアに恨みを持った誰かが嫌がらせのためにこんなことをしている可能性もあることに今思い至った」
ファルシュの問いに、「今のところ、好意だとは思うけど……どうなんだろう? 確証はないかな」と、答える。
「しっかし、これどうやって撮ってんだ? 俺様とゼーレとミウリア、三人共警戒してるのに、誰も気付かねぇなんてことあるのか? 写真見る限り、そんな遠くから撮ってないだろ」
「ストーカーがファルシュみたいな異能力を持っていたら気付かないかもしれないわね。後は、プロのストーカーという線も隠し切れないけどね。マジモンは上手くやるみたいだし」
「此奴と似た系統の異能力の持ち主ならば、出来ない芸当では無いな。ストラーナの云う通り、
「俺と似た系統の異能力持ちなら厄介だし、巧くやっているのだとしてもそれはそれで厄介だな」
ファルシュの異能力
「ミウリアちゃんをストーキングしている奴、どんな風に生活しているんだろうね? 四六時中ミウリアのこと付け回しているみたいだけど、学生なら授業を受けている時間帯、社会人なら仕事をしている時間帯でも、撮影しているみたいだし、まるでミウリアちゃんをストーキングするくらいしかやることがないみたいだよね」
写真を見る限り、朝から晩まで監視しているとしか思えない。余程時間があり余っていなければ出来ないだろう。
「写真撮ってる奴が一人ならそうかも」
「
「実際に私がやっている手段なんだけど、人に依頼して、ラインハイトのことを撮って貰っているんだよね。私一人だけだと、どうしてもラインハイトの姿を四六時中カメラに収めることが出来ないからさ」
餅は餅屋、ストーカーのことはストーカー。普段からありとあらゆる手段を用いて、ラインハイトのことを隅から隅まで知り尽くそうとしているだけあって、妙な説得力があった。ミウリアとミウリアのストーカーと違い、ウテナとラインハイトは、相思相愛且つ、本人の公認という違いがあるため、一緒にするのは良くないかもしれない。最早あれは、一種のプレイと化しているからだ。
「コイツ、業者に依頼して、ラインハイトのこと監視してっからな……馬鹿みてぇに金注ぎ込んでて、正直ドン引きしてる……アルバム、この間、二〇〇冊を超えたんだぞ……」
「いつの間にそんなに増えてんの!?」
「だいぶ前からあったぞ。クローゼットに仕舞ってた奴を、専用の本棚に移したときに数えたら、二〇〇以上あったんだよ……信じられねぇだろ」
「うっわぁ……」
思わず漏れ出てしまったというような感じで、ドン引きの声を発するミウリア。
「流石にそれは傷付くぞ」
「それは引かれるだろ」
ファルシュの言葉を否定する者はいなかった。
ドン引きされたウテナ以外は。
その後、証拠である封筒の写真は、捨てる訳にはいかないが、持っていたくもないため、ゼーレに封筒ごと渡した。ミウリアが持っていたら、メランコリアが燃やしかねないというのも、渡した理由の一つだ。証拠を燃やされては困る。
それから、授業に出席した。
(エンゲルさんは、普段真面目に授業受けているし、成績も悪くないから、少しだけなら休んでも問題ないって言ってたけど、中間テスト近いから休みたくないなぁ……)
休み時間、廊下を歩いていると、視線を感じ、周囲を右見左見見回すと、翡翠の瞳と目が合う。冬季パーティーのとき、ミウリアのことを見詰めていた人物だ。
(凄く見られてる……)
どういう感情が籠められているのか分からず、居心地の悪さを感じてしまう。少しだけ気味悪く思いながら、とっとと教室に戻ろうとしたとき、「ミウリアちゃん」と、リューゲに声を掛けられる。
「最近落ち込んでるというか、テンションが低いというか、何だか普段と様子が違うけど、顔色も良くなさそうだし、どうしたんだい?」
「あぁ、シュヴァルツ様……テストのことで、少し……もうすぐ、中間テストじゃないですか」
本当のことを話したくないため、別の理由を口にした。全く嘘ではない。中間テストのことは、そこそこ気にしている。ストーカー被害に遭っていることと比べれば、優先順位が低いというだけで。
「失礼なことを訊くけれど、ミウリアちゃんは、そんなに成績良くないのかい?」
「その、そうですね、苦手な単元が少し……危ういかな、程度ですが……成績落ちると、授業料七割減奴が打ち切られちゃうので、そのことで悩んでおりまして……」
メーティス学園は成績優秀者の授業料を減額する制度がある。頭は良くないが、前世の知識と勉強することを苦に思わない精神のお陰で、それなりの成績を保っており、授業料を七割減額して貰っていた。それがなくなったた学園に通えないほど困窮している訳ではない。エンゲルは実家が太い上に、本人も稼いでいるため、余裕でミウリアの学費と生活費を払える。それどころか、一生養えるくらいの財産があった。
(エンゲルさんのお陰で、全然お金には困ってないけど、貰えるに越したことはないし、他にも優遇して貰えるから、出来れば成績を維持したいなぁ)
あくまでも、なくなっても困らない程度のものだが、なくならないに越したことはない。
「そういうことか」
「シュヴァルツ様も……成績優秀者だと、以前、どこかでのお聞きしましたが……」
「課題出してないから、内申点はそこまで良くないけどね。テストの点数は良いよ。兄が家を継いだら、私は平民になるけど、今はまだ貴族として扱われるからね。貴族の子息は馬鹿だと思われたら面倒だし、テストだけは真面目に取り組んでいるのだよ。我が校は、定期テストの成績上位者は名前を張り出されるから、ちゃんと点数を取らないと手を抜いていることが周知されてしまう。上位者だけとはいえ、名前を貼り出すなんて時代錯誤だと思うけどね」
トート国の貴族制度では、爵位を継げなかった者は平民になる。成人すれば家の金で暮らすことは出来ない。新規に爵位を与えられれば別だが。
「貴族、というのも、大変ですね……」
「私は六男だからね、上の兄弟と比べたらマシな方だよ。そろそろ休み時間が終わってしまうね。もう行くよ。呼び止めてごめんね」
「いえ……」
ミウリアの自分の教室に向かい、四限目の授業を受けながら、不意に考える。
(よくよく考えたら、シュヴァルツ様が私のストーカーという可能性もあるんだよなぁ。今まで、犯罪にならない程度にしか付き纏われなかったから、犯罪になりそうなことは避けているのかと思って、勝手に容疑者から外していたけど、私の粘着しているのは事実だし、あり得なくはないんだよね……)
貴族なら人を雇うお金もあるだろう。
(ストーカーって、徐々にエスカレートするみたいだし、今のところシュヴァルツ様がストーカーと決まった訳じゃないけど、暫くは今まで以上に警戒した方がいいかも……)
そんなことを考えている内に、昼休みの時間を迎え、丁度シャープペンの芯が切れてしまったので、シャープペンの芯を買いに、ウテナとアインツィヒと共に購買に行ったのだが、運悪く売り切れていた。
「俺様のシャー芯やろうか?」
「あの、私のシャーペン
「
「私も
「どうしよ……学園の近くに、コンビニありましたし……そっち、シャープペンの芯……売っているでしょうか?」
「コンビニならあるだろ。そっちまで売れ切れってことはねぇだろうし、買いに行くか?」
「今なら間に合うよね」
「そう、ですね…………まだ授業ありますし、買いに行きますか」
シャープペンの芯を買うついでに色んなものを買ったせいで、荷物が増えてしまった。
「腹が減ってるときにコンビニ行くもんじゃねぇな……余計なもん買っちまった」
「どうせ皆で食うし、問題ないじゃん」
「まあ……買い過ぎであることには、変わりないですけどね……」
和やかに会話をしていると、自分達の足音の合間に、時折後ろを歩く誰かの足音が混ざっていることに気付く。
「飲み物はともかく、菓子はあんま保存出来ねぇものもあるし、とっとと食って処理しねぇとな」
「ケーキとか今日食べるつもりだし、問題ないでしょ。私、アイン、ミウリア、ストラーナ、ゼーレ兄さん、ユーベル、ファルシュ、七人いれば食べ切れるよ」
「足りないかもしれませんね……」
通行人かもしれないが、何か妙なものを感じ、気付いていない振りをしながらも、少しだけ歩くスピードを上げる。すると、背後の足音が速くなるのを感じ、その瞬間、三人は地面を思い切り蹴っていた。
ウテナがミウリアの右手を掴み、アインツィヒが彼女の左を掴み、一番足が遅いミウリアを置いていかないよう、引っ張る形で走る。
校門を潜ると、漸く立ち止まることが出来、後ろを振り返る。
「いねぇな」
チッとウテナが舌打ちする。
「走ってるとき、顔だけは把握してやろうと思ったんだけど、顔隠してたから、追い掛けた奴が誰なのか、分からなかったよ。クッソ」
苛立ちをぶつけるように、ウテナは近くにある物を蹴った。
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