第22話【斯様な奴と、愛好家を一緒にされては困る】

 無駄に長い白緑の髪を下ろす。

 ドレスを脱ぎ、部屋着に着替え、リビングで寛いでいると、櫛を持ったメランコリアがこちらにやって来る。


 無言でミウリアの髪に櫛を通す。

 髪を梳かしている間、彼は子守唄のような何かを口遊む。


 メランコリアは、時折子守唄のような何かを口遊むことがある。心做しか、そのときは穏やかな表情をしている気がする。気のせいと片付けられれば、そうかもしれないと納得する程度の変化だが。


「メランコリアさん……髪、ありがとうございました……」


 声が届いているのか、一瞬だけ櫛を動かす手が止まる。が、すぐに手を動き出す。


(後少し学校に行けば冬休みなんだよね)


 そろそろアインザーム家があるローゼリア王国に帰るを支度をしなければならないだろう。冬休みに入るまで残り何日なのか数えながら、帰省前にするべきこと、やっておきたいことについて考えた。


(久し振りにあの家に帰るから、ゆっくりしたいなぁ)


 風呂上がり、そんなことを考えながら、眠りに付く。


 翌日、いつも通りの時間に起き、朝食を取り、いつもみたいに制服を着て、家を出ようとしたタイミングで、ポストに何か入っていることに気付く。


 宛名のない白い封筒だ。

 直接投函されたのだろうか?


 封筒を少しだけ開き、覗き込むように中身を確認したミウリアは、無言で封筒を閉じ、それを鞄に突っ込んだ。


 丁度そのとき、エンゲルが出て来たが、位置の関係か、その場面は見られていなかった。


 彼の車に乗り、共にメーティス学園に行く。その最中、携帯を使い、ゲーム部のメンバー全員にメッセージを送る。駐車場で別れ、周囲に誰もいないことを確認してから、携帯のメッセージを確認した。


 それから授業を受け、昼休みになると、ゲーム部の部室に足を運ぶ。


 丁度全員集まっており、異能力で創った亜空間に移動すると、今朝ポストに投函されていた白い封筒の中身を机に広げる。


 中に入っていたものは、写真だ。明らかに盗撮と分かる写真。その全てにミウリアの姿が映っている。学園内でのミウリアの様子、学園外のミウリアの様子が撮影されていた。家の中から撮影した写真はないが、外から窓際に立っているミウリアの写真は撮られている。


「これって、ストーカー、ですよね……はぁ……ストーキングされるの……こ、今世では、初めてです……前世では、何度かありましたが……」


「寧ろ今までよくストーキングされなかったな」


 黙っているときは浮世離れした空気を纏っているが、話しているときは、浮世離れしたした空気はなくなり、取っ付きにくさをかなり薄くなる。顔立ちも整っており、黙っていなければ、取っ付きにくさがない、今まで狙われていなかったのが不思議なくらいだ──というのが、ゼーレの見解だ。


(今までは、エンゲル保護者と、ストラーナ過保護な友達が上手いことどうにかしていたのかな?)


 ストーカーが現れたとしても、ストラーナが輸血パックにしている可能性はある。彼女ならそうしているだろうという、謎の信頼があった。


「なんつーか、時間と手間が掛かってんな……一日とかじゃなくて、何日も写真撮ってるし……四六時中付け回しているとかしか思えねぇな」


 アインツィヒは、「気持ち悪ぃな……」と、心の底からドン引きする。


「遠出したときの写真もあるし、時間と手間だけじゃなくて、お金もかなり掛けてるな。凄い執念だよ。私のラインハイトに対する執着心と同レベルくらいじゃない?」


 ウテナのラインハイトへの執着心の強さは、この程度では済んでいない──と、ゼーレは彼女が作成したラインハイト専用のアルバムを思い浮かべる。彼から許可を得た上でとはいえ、彼のことを盗撮し、その写真をコピー機で印刷した後、裏面に好きとか、愛しているとか、偶に可愛い、カッコいいなどのコメントを書き、ラインハイト以外の顔を塗り潰し、それからアルバムに仕舞っているのだ。


 幼少の頃から、このようなことをしているらしく、現在ではラインハイト専用のアルバムが五〇冊以上あるらしい。


(元々それっぽところはあったけど、等々本気で気が触れたのか思ったな、あのときは)


 恋は盲目ってこういうことを言うんだな、と、ある意味では感心するゼーレ。


(ホント、アレはキモイを通り越して、恐怖を感じたな……)


 笑顔でアルバムを見せたときのウテナの姿は、言葉を選ばず表現すると、狂気しか感じ取れず、恐怖しか感じなかった。あれほど前世の幼馴染が怖いと感じた瞬間はない。


(愛に盲目なのは、前世の親に似たな)


 狐の子は頬白つらじろということなのかもしれない。


「まあ、随分と熱心なファンがいるのね。可愛いから一枚貰って良い」


「殺されたいのか? ストラーナ。斯様かような奴と、愛好家ファンを一緒にされては困る。良いか? 愛好家ファンというのは、決して推しをきず付けては行けないのだ。ういう害悪な存在の所為せいで、推しの品位が疑われてしまう事が有るというのに。嗚呼、嘆かわしい。愛好家ファンは、推しを愛で、推しを応援し、推しに迷惑にならぬ様、一挙一動に気遣うものなのだ。此れは愛好家ファンではない。悪辣な外敵だ。真の意味で熱心な愛好家ファンというのは、推しの私生活をおびやかさない。二度と、其の様な言葉を口にするな。口にした瞬間、頸を切り落とすぞ」


「方向性が違うだけでキミも体外ヤバい奴だと思うよ。まあ、これと一緒にするのは可哀想だし、これのことは二度とファンとは呼ばないでおくわよ」


「いや……」


「どうしのかな? ゼーレくん」


 ヤバさの発揮の仕方が違うだけで、ユーベルも充分ヤバい奴だろうとゼーレは思ったが、我が身が可愛いため、言わないことにした。


「いえ、何でもないです」


「然うか」


「なぁ、ミウリア──一応、念のため訊いておくが、犯人に心当たりあるか?」


「ファルシュ様、えっと……心当たりは、ない、です…………アッ」


「お? もしかして、心当たりあるのか?」


「……えっと、心当たり、というほどのもの、ではないのですが……えっと、その……冬季パーティーで、私のことを、ジッと見ていた人が、いるそうです……あ、あの、そう、でしたよね? ストラーナ様」


「うんうん。いたいた。凄く見ていたんだよね。あくまでも見ていただけで、別に何かあった訳じゃないけどさ」


「ふぅん……。なあ、ミウリア」


「何でしょう……ファルシュ様」


「そいつ以外に心当たりってないのか?」


「…………ないですけど」


「現段階だと推測でしかないんだが、お前をストーキングしている誰かさんは、ミウリアを見てるってことを……換言すれば、お前を見てるを執拗にアピールしてるだろ? ちょっと遠出したときの写真まである。お前の行動をかなり把握していないと出来ない芸当だろ? そこまでするなら、お前に自分の存在をしっかり認識してほしいと思いそうなもんだろ? だというのに、姿も意図も徹底して明らかにしようとしていないのは、不自然じゃないか?」


「手紙の一つ程度寄越しても可笑しくない執着心は感ぜられるのにな」


「正体を看破されると困る事情があるんじゃないかと俺は考えた。で、正体が看破されたら困るってどういう人物なのかについて考えてみた。知り合いとか、既にお前が顔を知っている相手かもしれない」


「私の知り合いなんて……皆さんくらい、しか、いらっしゃらないのですが……後は、エンゲルさんと、メランコリアさんですが……そんなことをする方達ではありませんし……」


「向こうが知り合いだと信じている可能性とか、ファルシュの推測が外れている可能性とかもあるだろうし、今は知り合いに限定しなくてもいいんじゃない? ストーカーする奴の考えなんて、常人とは違うんだろうし──身近な例がそこに存在しているだろ? ラインハイトのストーカーをやっている僕の妹のことなんだけど」


 アインツィヒに特級呪物呼ばわりされているアルバムを作っているウテナに視線を遣る。前世の兄からストーカー呼ばわりされているが、自覚があるせいか、一瞬だけムッとした表情を浮かべるものの、文句の言葉を述べることはなかった。


「そう、ですね。ファルシュ様の意見も……ゼーレ様の意見も……どちらも、一理ありますね」


 あくまでもウテナのことは触れないでおく。

 触れたら触れたで怖いからだ。


「警察に相談は、した方がいいのでしょうか……あまり、そういうことは、したくないのですが」


「封筒を置いている現場を取り押さえられたら、それがいいんだけどねぇ。自転車とか、バイクとか、車とか使われたら、捕まえるの難しいよね。初犯だと逮捕されない可能性もあるし、逮捕されないと分かると、調子に乗るかも。それに、もしかしたら警察に行くところを見て、逆上する可能性もあるだろうし、前世でミウリアがストーカーしてた奴はそうだったじゃん」


 ウテナのアドバイスは、説得力があった。自分が犯罪者であることを抜きにしても、ストーカーに逆上されるかもしれないリスクを思うと、とてもじゃないが警察に駆け込む気にはなれない。


「其れなら、以前みたいに、出来るだけ一人にならない様にするという事で宜しいでしょうか? 此処ここまで四六時中付け回している相手ならば、其れらしい相手に気付けるかもしれません」


 冷静さを取り繕うとしているが、内なる怒りを隠し切れておらず、お湯が沸かしているときの電気ケトルみたいになっていた。覇気を纏っていると言われても、今なら信じられる。


「ユーベル様が……人目を憚らず……衝動のままに、殺そうとしないでくれるなら……それで構いません」


 人目がないところなら誤魔化せるが、人目があるところでは誤魔化しが聞かない。一人二人ならばどうにか出来るかが、何十人もいるところでは誤魔化すのはほぼ不可能だ。


「大丈夫です。殺しはしません」


「四肢切断も、駄目ですからね……」


「………………善処します」


 自ら相談を持ち掛けておいてこんなことを思うのは失礼だが、ユーベルを頼って大丈夫なのだろうかと、少しだけミウリアは不安になった。


 昼休みの会話を経て、放課後、ミウリアはゼーレとアインツィヒと共に、カフェに来ていた。仕事の関係で今日は帰りが遅くなってしまうと、エンゲルから連絡があったからだ。「車に乗って帰れるに越したことはないし、流石に走行中の車をどうこうするとは思えないから、凄く遅くなる訳じゃないなら、時間潰して待ってようよ」と、ゼーレが言い出し、アインツィヒがカフェに行きたいと言い出したことで、カフェで時間を潰すことにしたのである。


「そういえば、アインザームさんに、あの件、話したの?」


「いえ……その、冬休み、アインザーム家に帰るために……要は、休暇を取るために……仕事、頑張っているみたいなので……あまり、私のことで気を使わせたくないというか……それで、話せなくて……」


「言われねぇ方が困るんじゃねぇのか? 隠していたら、何か隠してるって気付くだろ。お前、前に言ってただろ? アイツ鋭いし。隠す方が余計な心配すると思うぞ?」


「アインツィヒの意見に同意かな? 話した方がいいと思うよ」


「アインツィヒ様と……ゼーレ様が、そう仰るのであれば……」


 今もこうして見られているのかと思うと、何だか落ち着かず、運ばれて来たスイーツも、満足に味わえず、気を遣ったゼーレの提案で、ゲームセンターに移動することになった。


「ゲームセンター……久し振り、ですね……」


 様々なゲームが並ぶ通路を縫うように歩きながら、雑多な印象の店内を見回す。ストーカーも、ここに来ているのだろうか。見失ってくれないだろうか。そうなったら、気が楽なのに。視線を落とすと、軽く小突かれる。


「ぜ、ゼーレ様?」


「あまり神経質にならない方が良いよ」


「え、えぇ……」


 気を張っても仕方がないとはいえ、気にするなというのも無理な話だ。タメ息を吐き、爪先に向けていた視線を上げると──


「んぎゅッ……」


 タイミングが悪く、曲がり角からやって来た人とぶつかってしまう。


「す、すみません……前を、しっかり見ていなくて……大丈──あれ?」


 痛む鼻を抑えながら、顔を上げ、謝罪の言葉を口にしようとして──見覚えのある顔が視界に入り、思わず食い入るように見詰めてしまう。


「あれ〜? ミウちゃん?」


 二メートル近い背丈がある男は、ミウリア達同様にメーティス学園の制服に身を包んでいる。青緑の髪を弄りながら、杏色の瞳で彼女を見下ろして、「俺も前良く見てなかったら、こっちもごめんねぇ」と、謝罪の言葉を口にする。


 眠そうな垂れ目をした男を一瞥した後、「知り合い?」と、ゼーレがミウリアに問い掛けた。


 気付いていないゼーレと違い、アインツィヒが誰なのか気付いているが、あくまでも一方的に知っているだけなので、口は出さない。


「中学が同じだったんだよ〜。三年のとき、クラス一緒だったからさぁ」


「は、はい……中学三年生のとき、クラスが同じだったデリット・ラピメント様、です……」


 誰なのか分かっていないゼーレのために、ミウリアは彼のことを紹介する。名前を聞いた彼は、「ああ、あのゲームの攻略対象か」と、漸く彼の正体に気付く。


 ミウリアとストラーナは、今世では同じ中学校に通っていたので、もしかするとストラーナとも面識があるかもしれないと思った。実際面識はある。


 デリットが「どうも〜」と、アインツィヒとゼーレにヒラヒラと手を振り、「そこの二人、お友達?」と、ミウリアに視線を戻す。


「ああ、はい……」


「そうなんだぁ。友達とゲーセンで遊びに来たって感じかな?」


「えぇ……」


「ああ、じゃあ、俺、お邪魔だったよね。俺、あっちの方に行くから、じゃあね〜。顔色悪そうだから、体調気を付けてねぇ」


 デリットは立ち去ると、彼が現れてからずっと黙り込んでいたアインツィヒが、「あのデカブツとお前、仲良いのか?」と、話し掛けて来る。


「えっと……仲が良い、という訳ではない……ですね。あの人、中学のときから……ああでして、そうですね、何というか、ナチュラルに距離が、近いんですよね……ストラーナ様に聞いて頂ければ、もっと詳しいことが分かりますよ……委員会が、同じでしたので……」


「距離なしってことか」


「まあ、そう、言えなくもないです……」


 クレーンゲーム、格闘ゲームなど、ゲームセンターでしかプレイ出来ないゲームを堪能し、数時間ゲーセンで遊び倒し、外に出ると、もうすっかり日が落ち掛け、暗くなり掛けていた。


「久し振りにゲーセンで遊び倒したな」


「ゲーセンはやっぱ偉大だよな……ゲーセンの数が年々減ってるなんて信じらんねぇよ」


 クレーンゲームでゲットした景品が詰まった袋をぶら下げながら、アインツィヒは欠伸をする。遊び疲れて眠くなっているらしい。


「道で寝るなよ」


「流石に寝ねぇよ……」


 ゼーレの言葉に勢いのない声で、アインツィヒが言い返す。本当に眠くて仕方がないらしい。目を擦りながら、学校まで歩く。


「あの、宜しければ……あ、あの……エンゲルさんの車に乗って、行きませんか? 眠そうなアインツィヒを放っておけませんし……私が今住んでいるマ家に帰るには、ウテナさんの家の近くは、通りますし……」


 エンゲルの車はメーティス学園にあるため、そこまでは歩いて貰うことになるが、家まで眠いまなこのまま歩くよりは良いだろう。


「しっかし、ストーカーはチビリアのどこに、需要を見出したんだろうな?」


「需要って。その言い方どうなんだよ……言いたいことは分かるけどさ……反応とかじゃない? 付き纏われることには恐怖を感じているみたいだし、怯えた顔って一定数需要があるみたいだよ。後嫌がっている顔とかも、需要があるっぽい」


 上から下からジッと眺めながら、そのようなことを言う彼女に様子を見て、もっと良い言葉のチョイスがあるだろうと、彼は溜息交じりの声を発する。


「あの、それって……愉快犯、という奴……でしょうか?」


「ストラーナさんは人が嫌がったり、困ったりする顔を面白がる精神がありますし──って、これはストラーナさんだけじゃないか」


 ウテナもファルシュもそのきらいがある。ストラーナと違い、気紛れで死体を真っ二つにすることはないが。

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