第14話【問題しかねぇんだよ】

「そんなことがあったんですか……」


「正直ストラーナが狙われる理由に関しては心当たりしかないけど、何だか引っ掛かるんだよな。だって、ストラーナのこと知っていたら、部屋から男の声がしたら絶対ストラーナじゃないと思う筈だし、そこに言及がないのは気になる」


「俺様寮にいなくて良かった……」


 ゼーレ、ウテナ、アインツィヒに、昨日の出来事を話したところ、それぞれ違う反応を示す。ミウリアが奪った異能力で作られた異空間内であるため、周囲の人々のことを一切合切気にせず、好き勝手思ったことを言っている。


「その男の人が持っていた注射器の中身ってなんだったんですか?」


 ハンカチで包まれた注射器を見詰めながら、ゼーレがストラーナに問い掛ける。此の中で一番薬品に精通している人物だからだ。


「筋弛緩剤、かなり強力な奴。ぶち込まれたら暫くは体を動かせないし、自発的に喋ることは出来ないよ」


「拉致でもするつもりだったのか? この人を? 命知らずにも程があるでしょ」


「ゼーレくんそれはどういうことなのかな?」


「そのままの意味ですよ。というか、何で針の部分が折れているんですか?」


「ミウリアさんから借りた異能力で、注射器が刺さるのを防いだからだ。反射的に不味いと思い、腕を切り落としたが、防御壁を展開していなければ、確実に刺さっていただろう」


「異能力が……役に立って、良かったですね」


 死体が入っている新鮮なままの黒いビニール袋を一瞥する。彼女の視線で、死体処理の現場を目撃していない者達も、あそこに死体があると理解した。


「あの……その、えっと……もしかして、なのですが……」


「どうした?」


 かなり言い淀むミウリアに、ファルシュが声を掛ける。左見右見と動かしていた視線を定め、彼女は言い淀んでいたことを口にした。


「……行方不明の件と、関係があるのでは、と思って」


「あぁ、この学園の奴が行方不明になってるって奴か。ストラーナ個人が狙われたんじゃなくて、この学園の生徒が狙われたっていう可能性もあるのか」


「ストラーナ様個人が狙われたのだとしたら……男性の声がした時点で、部屋を間違えたか、ストラーナ様以外にも、もう一人いると考えると思うのです……ユーベル様は、明らかに男性と判る声ですし……扉越しでも男性がいると分かるじゃないですか……」


「声だけだと男女か判断出来ないのは、この中じゃウテナしかいないもんな」


「自分じゃよく分からないけど、実際そうみたいだな。声は高めのゼーレ兄さんも、男だって分かる声しているしね。ああでも、ゼーレ兄さんが頑張って裏声出せば声低めの女性に思えるかも」


「出来なくはないけど疲れるからやりたくない」


 他のメンバーは、男は男と分かり、女は女と分かる声をしている。ウテナも、決して中性的な声という訳ではないが、男性的な声をしている訳でもなければ、女性的な声をしている訳でもないため、声だけで性別を特定するには難しいだろう。ちなみに、声だけでは年齢も分かり難い。極端な年齢ではないことがギリギリ判別出来る。


「……続き話してもいいですか?」


「「あ、ごめん」」


「ストラーナ様に何をするつもりだったのかは分かりませんが、強力な異能力でもない限り……男性一人で、男子高校生一人、女子高校生一人を相手取るのって……やっぱり、その、大変じゃないですか。あの、注射器も一つしかありませんでしたし……筋弛緩剤も、注射器の中にある奴、しかありませんでした……いきなり腕斬り落とされるのは、予想外だったのかもしれませんが……それにしても、呆気なさ過ぎるというか……変だなぁと思いまして……」


「要するに、ストラーナ個人を狙ったにしてはおかしなことだらけだから、学園で行く不明者が出ていることと、もしかしたら関係あるんじゃないのかってことが言いたんだろ?」


「は、はい……そ、そうです、ファルシュ様。といっても……メーティス学園の行方不明者、自発的に行方を晦ましているのか、事件に巻き込まれたのか……まだ分かっていないので、かもしれない、程度の話ですけど……」


「じゃあ、調べてみようぜ」


「えっ」


「この学園の研究棟に、異能力を含めた個人情報が保管しているサーバーに直接繋ぐことが出来る専門の機会があるんだよ。そこはS級職員じゃないと入れないんだけど、パスワード手に入れたから入れるぞ」


「え、あ、いや……ウテナ様、パスワードどうやって手に入れたんですか……A級職員のエンゲルさんですら知らないんですよ??」


「知り合いにお願いしたら教えてくれた」


 ヴォルデコフツォ家の伝手か──と、皆が勝手に納得し、それ以上は言及しなかった。


「サーバーはネットに繋がっていないから、外部からハッキングすることは出来ないけど、内部からハッキングすれば問題ないぞ。あのサーバーには誰が行方不明か載っていると思うから、という訳で、アイン宜しく。お前なら履歴を残さず、サーバーから情報抜き取ること出来るだろ」


「俺様ならそんぐらい出来るけどよ、それって研究等に不法侵入すんだろ? セキュリティとか大丈夫か?」


「大丈夫大丈夫。セキュリティ解除のパスワードも知ってるから。それでも防犯カメラは作動しているから、それだけは絶対に警戒しなきゃいけないけど、ついでに防犯カメラの死角もリサーチ済んでるから、問題ないよ」


 カメラの死角が載った見取り図を差し出す。

 パスワードも、口頭で伝えた。


「ね。問題ないないでしょ?」


「問題しかねぇんだよ」


「ストラーナが狙われた理由、ゼーレ兄さんも知りたいでしょ? 関係があるかどうかはハッキリさせたいんじゃない?」


「それはそうだけども……もういい、何を言っても不法侵入することは変わりないだろうし、下手したらアインツィヒ連れて、二人だけで不法侵入する可能性があるし、それはアインツィヒが可哀想だから、誰が不法侵入するか考えるか」


「話が早くて助かるよ、ゼーレ兄さん」


 前世では兄妹なだけあり、ウテナに対する理解が高い。前世でも今世でも一緒に暮らしたことはないが。


「流石に全員で不法侵入はリスク高いし、三人ぐらいで行こうか。言い出しっぺだけど、私は行かないから」


「コンビニ行くくらいの気軽さだな。情報抜き取り係としてアインツィヒが行くのは確定として、あの二人はどうすっか? 俺は何かあったときのために、ユーベルは行くべきだと思うぞ」


「それなら……ファルシュ様も行くのはどうでしょうか? ファルシュ様の異能力も、不法侵入向けですし……」


「潜入向きな異能力ではあるよな。僕の大した使えない異能力と違って」


「運が良くなるっていう、効果を実感し難い俺様の異能力よりマシだろ」


「まあ、特に反対意見ないなら、それでいいんじゃないかな? 私は特に反対意見ないし、私とウテナとゼーレくんとミウリアちゃんは待機して、ユーベルとファルシュとアインツィヒが不法侵入するってことで」


「不法侵入するなら、今日の夜がいいかも。出張でいない研究員が多いから」


 ミウリアの保護者をしている(実情はただの信者だが)エンゲルや、ウテナにパスワードなどを教えてくれた知り合いも、今日はいない。ユーベルがうっかり間違えて殺すということはないだろう。


(アイツかなり凶暴だからな……ミウリア以外の人間は、この場にいる奴ら含めてうっかりで殺しかねないんだよな)


 ファルシュもストラーナも殺人に抵抗がない人物だが、少なくとも、うっかりでは友人を殺さない。あくまでもうっかりでは。


(ミウリアにとって一応は恩人に当たるエンゲルすらうっかり殺すのは不味いし、身内がうっかり殺されるのは不味いし……本当に、今日の夜、あの二人がいなくて良かった)


 そして夜。大抵の者は眠りに付いた頃。


 事前に計画していた通り、防犯カメラに姿を映さずア、インツィヒ、ファルシュ、ユーベルの三名は研究棟に侵入することに成功した。ウテナが作ってくれた合鍵を用いて、特殊研究区域に入り込む。防犯カメラに映らないように、気を付けて移動する。


 サーバーがある部屋の前に移動すると、ファルシュが少しだけ扉を開け、中を覗く。


 左指で三人いることを伝える。

 彼の異能力のお陰で、彼に触れられている間は、多少音を立てても問題ないため、小声で「一気に殺そう」とユーベルが提案する。室内を見ながら「射程距離の的に、二人は殺せる。後一人頼む」と、言った。


「後一人は俺が殺すか」


「サーバーぶっ壊すなよ」


「なら、参、弐、壱で行くぞ……参、弐、壱ッ!」


 ユーベルとファルシュが同時に部屋へ入り、ユーベルが自身の異能力を使い、二人を斬首し、ファルシュが改造スタンガン(アインツィヒ製)を押し当て、感電死させた。


「死体は異能空間に仕舞おう」


「血液はどうする?」


「見た目だけ綺麗にすれば大丈夫だろ。機械類には掛かってねぇし。詐欺師とアホーベルが片付けしてろ。その間に、俺様がサーバーから情報抜き取るから」


 アインツィヒが機械を操作する。セキュリティはしっかりしていたが、彼女の前では数秒の時間稼ぎにすらない。欲しい情報を即座に入手すると、血液の片付けを手伝った。


 異能空間内に置いてあるタオルで血を拭い、見た目だけは綺麗にすると、汚れたタオルを異能空間内に収納し、自分達の部屋に戻った。


 一方その頃待機組は、寮を抜け出し、学園の敷地外にあるコンビニで買い物をしていた。買い物を終わらせると、こっそり寮を戻ろうとしている最中──五人の男に襲い掛かられた。


 一人はサイレンサー付きの拳銃でストラーナが殺し、二人はミウリアから借りた異能力でゼーレが殺し、二人はアインツィヒから貰った武器でウテナが殺した。


「殺したのはいいけど死体どうしよ……」


「亜空間を作る異能力……今ファルシュ様が持っていますからね」


「人通りは少ないし、すぐにはバレないと思うけど、流石に朝になったらバレるだろうしなぁ。どうしようかな? ウチの病院が近ければ、そこに持っていけば問題なかっただろうけど」


「今だけは、アバトワール病院に来て欲しいですね。こちらから襲い掛かられたと言っても、攻撃避けたら立証するの難しいですしね……防犯カメラもありませんから、向こうから襲い掛かられたと証明するのは無理ですよ」


「そもそも拳銃使ってるから、バレたら不味いんだけどね。私の拳銃所持はガッツリ法律に違反しているし、ウテナも電撃銃の所持がバレたらヤバいでしょ?」


「これは法律に違反していないから大丈夫だよ」


「それで……あの、えっと……どうしますか?」


 全員が黙り込む。

 沈黙が少し続いた後、「ミウリアが持っている物質創造系の異能力で、キャリーケースでも作って、そこに死体入れて行くか?」と、ウテナが口を開く。


「まあ、ファルシュ達と合流して、そのときのキャリーケースごと死体異能空間に仕舞えばいいしな。このまま放置するよりは悪くないと思うし、僕は賛成」


「代替案もないし、それにゼーレくん同様に、賛成かな」


「えっと、あの、キャリーケースに入れても……五人分となると、運ぶの大変ですよね……大丈夫でしょうか?」


「この面子、四人中二人が貧弱なんだよな。一番力のあるファルシュがいないのは手痛いなぁ。僕だって力が強い方じゃないし」


 ゲーム部のメンバーの筋力は、ファルシュ>ユーベル≧ゼーレ>(越えられない壁)>ウテナ>>>>>ストラーナ>>>>>ミウリアである。


「一番体が小さい奴をミウリアが運んで、二番目に小さい奴をストラーナさんが運んで、三番目に小さい奴をウテナが運んで、残りを僕が運ぶ感じでいいかな?」


「そうしようか」

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