第13話【アバトワール病院に入院させるぞ】

 最近メーティス学園で行方不明者が出ているらしい。生徒もそうだが、職員からも行方不明者が出ているようだ。混乱を防ぐためには不登校、体調不良など、行方不明であることは隠しているらしいが。


「エンゲルさんから聞いたので……えっと、間違いないと思います……あの、なので、皆さん、気を付けて下さいね」


 異能力で作られた亜空間の中で、ミウリアがこのような内容を語る。


「カスラーナ、お前行方不明者達のこと、アバトワール病院に送り込んでないよな?」


「お前、やるなら完全犯罪にしろよ」


「問題あるぞその発言」


 アインツィヒが問い掛け、ウテナが困ったように発言し、それにゼーレが突っ込んだ。今回の件では本当に無実であるため、ストラーナは即座に否定する。


「んな訳ねぇだろアバトワール病院に入院させるぞ」


「「「人生の墓場じゃねぇかよ、テメェの親父の病院に入院するならぐらいなら、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に行く方が遥かにマシだわ」」」


 アインツィヒ、ウテナ、ゼーレが声を揃えて言い放つ。アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所の方が遥かにマシと言われたのは心外だったらしく、本当に入院させてやろうかと考えてしまう。考えてしまうだけだったが。


「出来るだけ一人で出歩くのは避けた方がいいだろうな。戦闘系異能力者であるユーベルはともかく、俺達は戦闘系の異能力を持っている訳じゃねぇしな」


 このままでは話が纏まらないと思い、ファルシュが軌道修正する。それに乗っかり、ミウリアがある提案をした。そして、彼女の提案に乗るように、アインツィヒが意見を口にした。


「私が奪った異能力の中には……戦いに使える異能力もありますが……私自身は使えませんが、私以外は使えますし……えっと、もし、良ければ、皆さん、自衛のために、いくつか私が奪った異能力、持っていきますか?」


「俺様の異能力は、俺様自身の運が良くなるだけだしな……正直、戦いは性に合わねぇが、自衛手段は持っていた方がいいか。自衛手段で思い出したんだが、暇潰しに俺様お手製の高輝度フラッシュライトとスタンガンがあるんだよな、この空間内の、青い箱に突っ込んでるから、持って行きたい奴は持って行っていいぞ。人数分はねぇから、誰がどれを持っていくか一応話し合ってくれ」


「私はアインから貰った奴があるし、同居してるから、欲しかったら家で作って貰うことも出来るし、ミウリアから異能力を借りる程度にしておくわ」


 そう言って、ウテナはローズクォーツのブレスレットを手に取る。アインツィヒは、ソーダライトが付いたネックレスを手に取り、ファルシュはアクアオーラのイヤリングを手に取った。ストラーナは青い箱からスタンガンを取り出し、ミウリアからカーネリアンが付いた指輪を受け取った。


「うーん、僕はこれにしようかな」


 少し悩んでから、ゼーレはクンツァイトが付いた指輪を手にする。


「ユーベル様は何にしますか?」


「防御系の異能力が有れば、其れを貸して頂けないでしょうか?」


「ありますよ、普通にシールドを展開するタイプの異能力ですけど……これで良いですか?」


 パパラチアサファイアのイヤリングを作り、それを差し出す。ユーベルはそれを受け取ったはいいが、イヤリングを上手く付けることが出来ず、悪戦苦闘する。


「えっと、その……イヤリング、じゃない方がいいですか?」


「いや……手首や指に付ける物は遠慮したいですし、首から下げるのもジャラジャラして面倒ですので、耳飾りイヤリングで構いません。普段あまり身に付けないので、上手く付けられず──」


「そういうことでしたら……私が付けますか? 人にやって貰った方が早いでしょうし……」


「?! !? !! 良いのですか!?」


「驚き過ぎだろ……」


 限界まで瞠目している彼に、ゼーレはドン引きしてしまう。ドン引きとまではいかないが、彼の勢いの良さに、若干引きつつも、「え、えぇ……良ければ」と、ミウリアは答える。


「宜しくお願いします」


「う、うん……土下座は、しなくていいですよ」


 頬が引き攣りながらも、土下座しているユーベルの上体を起こし、ミウリアはイヤリングを付ける。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……脱皮して耳の部分を保存したい」


「気持ち悪いな、お前」


 馬鹿みたいに大きな溜息を吐き、両手で顔を覆いながらこのようなことを言うユーベルに、ウテナはストレートに思ったことを口にする。言われた本人は全く気にしていない。だらしない表情を隠すことに意識が向いている。


「宜しければ、ストラーナ様……本日はストラーナ様の部屋に泊めて頂けないでしょうか?」


「それでは別にいいけど、理由気になるから教えて」


「エンゲルさんが、今日から出張で家を開けるので……えっと、それで……今日から二日間、家で一人になってしまうので……行方不明者が出ていると聞いたばかりですので、怖いので、一人にはなりたくないんです……」


「寮則の関係で、寮暮らしじゃない人が泊まる場合は届を出さないといけないから、ちゃんと届出しておいてね」


「あ、ありがとうございます……」


 前世でも、今世でも、自分より体の小さいミウリアにはそこそこ甘いストラーナは、彼女に対しては比較的優しい。あくまでも、比較的だが。


「ストラーナ様は、行方不明の件、どう思われますか?」


 放課後、ストラーナの部屋に上がり込んだミウリアは、何気なくそのような質問を投げ掛ける。


「私の仕業じゃないかと濡れ衣着せられそうになって迷惑だなとは思うわ」


「日頃の行いだと思いますよ、ストラーナ様……アバトワール病院は、正直、人生の墓場と言われても否定出来ませんし……」


「後はそうね、行方不明の件で警察が調査を始めたら、私のことを調べるかもしれないのがちょっと……拳銃持ち込んでるのがバレたら大変だし」


「拳銃を持ち込んでいたのですか……」


「一応ちょっとやそっとじゃバレない場所に隠しているけどね。流石にファルシュみたいに、ライフルを持ち込んだりはしていないよ」


「……何を持ち込んでいるのですか。良くバレませんね……」


「隠し方についてはきちんと考えているみたい。ハンドガンと違って、ライフルって結構大きいじゃない? ちゃんと隠さないと目立つでしょ?」


 などなど、ゲームをしながらお互い会話をしていると、あっという間に時間は過ぎていき、気が付けば二二時になっていた。


「そろそろ風呂入らないと不味いわよね」


「不味いですね」


「私先入っていい?」


「ここはストラーナ様のお部屋ですから……どうぞストラーナ様から先に入って下さい」


「じゃあ、ユーベル呼んで来るね」


「? どうしてですか?」


「だって一人になるの怖いんでしょ? だから私が風呂入っている間はユーベルにいて貰おうと思って」


「あ、ありがとうございます……ストラーナ様、極稀に優しいですよね」


「極稀には余計だ」


 と、ストラーナが言ったタイミングで、チャイムが鳴る。


「お、来た来た」


「え……もう、呼ばれたのですか?」


「さっきメッセージ送ったらさ、秒で返信来たんだよねぇ」


 ストラーナが扉を開ければ、予想通りユーベルが立っており、彼を部屋へと招く。招くだけ招くと、「じゃあ風呂に入って来るね。飲み物は好きな奴飲んでいいから」と言って、本当に風呂場へ行った。


「えっと……このような時間に、来て頂き、ありがとうございます……」


「いえいえ、貴方様の為ならば、何時如何なる時何処に居ようと駆け付けますとも。此の命は貴方の清らかさの為に有るのですから」


 平然と恥ずかしい台詞を口にするなと思いながら、返答に困り、「そうですか……」とだけ返事する。


「あ、何か飲みますか? えっと……ストラーナ様も、好きなのを飲んでもいいと仰っていましたので……お茶は基本的な物は揃えていらっしゃるみたいですよ、ジュースはありませんが……」


「緑茶があるなら緑茶が飲みたいです」


「ホット? アイス? どちらに致しますか?」


「ホットで」


 電気ポットで沸かしてあるお湯を使って緑茶を淹れていると、またチャイムが鳴る。インターフォンはないため、相手が誰なのか分からない。ドアスコープはあるが、それはストラーナが真っ黒に塗り潰したせいで、使い物にならない。


 何もせずに床に座っているユーベルが、扉越しに「どちら様でしょうか?」と、扉に近付いて声を掛ける。


「研究棟の職員です。夜分遅くに大変申し訳ありません。ペリコローソさんに緊急のお話があります。見て頂きたい物もありますし、少しお時間頂けないでしょうか?」


「……今開けるので少々お待ち下さい」


 ユーベルは一端扉から離れ、緑茶を淹れているミウリアのところに移動する。「済みません、ミウリアさん。部屋の奥の方に移動して、目を瞑っていてくれませんか?」と、彼女にお願いした。頭に疑問を浮かべながらも彼女は了承の言葉を口にし、言われた通りに部屋の奥に移動すると、目を閉じた。


「お待たせして済みません」


 ユーベルは扉を開けると──自身の異能力を使い、相手の右腕を斬り落とす。右手が持っていた注射の先端は、防御壁に阻まれたせいで折れてしまっている。


 相手の左手を掴むと、部屋の真ん中へと引っ張り、素早い動作で扉を閉じる。騒がれる前に、腕と同じく異能力で断頭した。


「あ、あの……変な音が聞こえたのですが、何かあったのですか? わ、私……いつまで、目を、閉じていれば、いいですか?」


「少し揉め事トラブルが起きまして。衝撃的ショッキングな光景が広がっていますので、目を閉じていて下さい。穢らわしい光景等、見ずに済むなら其れに越した事は無いでしょう」


「……死体でもあるんですか?」


「理解が早くてたすかります」


 放置すれば、廊下へ続く扉付近にある腕から流れる血が、隙間から廊下に伸びてしまうため、ストラーナには申し訳ないが、彼女の部屋にあるバスタオルで腕を包み、部屋の中央まで移動する。玄関付近の血液は、別のバスタオルで拭った。


「死体処理の為に利用するのは大変申し訳無いのですが、一時的に普段僕達が利用している異能空間に──」


「あそこなら……腐敗が起きませんから、死体が腐るとか、そういうこと、気にしなくていいですからね……。ユーベルさんが、その……私の右手親指の指輪を嵌めれば……えぇ異空間を創造する異能力が使えますので……えっと、何があったのかは、知りませんが……どうぞお使い下さい」


「拝借致します」


 死体を大きなビニール袋に折り畳むように入れると、彼女指に嵌められているアレキサンドライトが付いた指輪を外し、自分の指に嵌める。


 異能力で作られた空間に死体入りビニール袋を持ち込むと、指輪を彼女に返し、死体はなくなったことを伝えた。


「血が凄いですね……何で、ストラーナさんの部屋で、殺しを……」


「その辺りの事情について、ストラーナにも話さねば成りませんし、訊きたい事も有ります故、ストラーナを呼んで頂けないでしょうか?」


「わ、分かりました」


 彼女がストラーナを呼んでいる間、とりあえずタオルを使って血溜まりを片付ける。約五分後、風呂から上がって来たストラーナは、「後でルミノール反応消さないとなぁ」と呟く。


「大根買わなきゃ」


 どれぐらい大根買う必要があるのか、頭の中で計算していると、「大根、だけじゃなくて、雑巾も、買わないとですね……大根下ろし、沢山、作らないといけませんね……」と、必要な雑巾の数が、どれだけになるのかミウリアが考える。


「それで何があったのかしら?」


 必要な大根の数を計算し終えると、部屋を見回しながら問い掛ける。


「先ずは此れを見てくれ」


 ハンカチで包んだ注射器を見せる。


「貴様を訪ねて来た男が持っていた者だ。あの男が首から提げていた物だ。研究棟の職員が持っている社員証だ。この顔に覚えはあるか?」


「うーん、覚えはない」


「此の男が用が有るとって訪ねて来た。此の時間に訪ねて来た事もうだが、男の僕が応対した事を特に何とも思っていなかった辺り、貴様の事を良く知らない可能性が有る。だから怪しいと思い、警戒しながら扉を開けた。針が剥き出しの注射器を持っていた為、此奴こやつは黒だと確信し、貴様に悪いと思いつつ殺した」


「ほーん。なるほど。死体貰っても良い? 輸血パックにしたい」


「其れ自体は構わんが、此の男が如何どうして貴様の処に訪れたのか判明する迄は、念の為取っておこう。何かに使うかもしれん」


「オーケー。冷蔵庫にある大根おろしで足りると思うから、片付けるの手伝ってくれない?」


「其れなら僕の部屋にあるタオルや雑巾を持って来よう。ミウリアさんはファルシュに此の事を伝えて頂けないでしょうか?」


「わ、分かりました……えっと、携帯で、連絡するのは……避けた方が良いですよね?」


「殺人のことが履歴に残るは不味いもの。そういうのは紙にもデータにも残さない方がいいのよ」


 闇医者の娘だけあり、妙に説得力があった。


「えっと、その、ファルシュ様のところに、行って、ファルシュ様に、お伝えしますね……ファルシュ様、まだ起きているでしょうし」


 ユーベルとミウリアはストラーナの部屋を出て行く。


 ミウリアはファルシュの部屋に行き、ユーベルから語られた出来事を話す。仔細は明日話し合おうということになり、四人でストラーナの部屋を片付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る