第09話【ファルシュ・べトゥリューガーは】

「えっと……シュヴァルツ様は、どうやら私がファルシュ様に対して好意的な感情を抱いているのか……という点について、とても、不思議に感じているらしく……その、それで、私のことが、気になっているみたいです……理由を話したのですが、納得して頂けず、余計に興味を煽る結果となってしまいました……」


「お前、変な奴に好かれる才能でもあんのか?」


「ないですよ……多分」


 ファルシュの発言に、いやいやと、ミウリアは首を横に振る。


「いやいや、あるだろ。エンゲル・アインザームお前のことを天使だと思っている男とか、ユーベル・シュレッケンお前を推している過激なファンとか見てみろよ」


「言いたいことは分かりますが……御二方は、言い方は悪いですが、少々特殊な方ですし、比較対象として持ち出すのはどうかと思います……」


「まぁ、確かにアイツらは色々な意味で例外だけども──まあいいや」


「シュヴァルツ様……多分、暫くすれば、私から興味がなくなると思いますので……多分、放置、していても、大丈夫、だと思います」


 放置していても、興味はなくならないだろうと思ったが、根拠がある訳ではないため、ファルシュは「どうだろうな」と言うに留めた。


「そういえば、この後用事があるんじゃなかったのか?」


「あっ……! そうでした……忘れていました。ありがとうございます、ファルシュ様」


 一礼し、駆け足とまではないが、速歩きでそこから去って行く。それと同時にファルシュが窓の外に視線を向ければ、下からこちらを見ているリューゲの姿が見えた。文化部棟三階廊下の窓際で二人に会話していたのだが、恐らくその様子を見ていたのだろう。


 少しだけ見ていたとかではなく、ミウリアのことを視線で追っていると分かる動きをしており、ジッと目を凝らして見ていると即座に理解してしまった。反射的に、「うっわぁ……」と、引く気持ちが全面に出た声を漏らしてしまう。


 見ていることに気付かれたと思ったのか、リューゲはゆっくり文化部棟三階廊下の窓際から視線を逸らしていき、ファルシュから見えない位置に移動した。


(相当執着しているな、あれ)


 また変な奴に気に入られたミウリアに、「アイツって何で変人に好かれんだろ。変なフェロモンでも出てんのか? 前世から」と思いながら、面倒なことにならないことを祈る。


(良い笑顔だったな)


 遠いからハッキリ見えなくとも、見惚れるほど良い笑顔だった。ミウリアの笑顔を思いながら、ふと、自分がファルシュだったらあのような笑顔を向けられるのだろうかと、リューゲの頭に邪な考えが浮かぶ。


 己の異能力を使用すれば、少しの間、己のことをファルシュ・へトゥリューガーと勘違いして貰えるのではないか、と──一つ邪な考えが浮かべば、また一つ邪な考えが浮かんでしまう。


 彼の異能力は相手誤認ディファレント

 相手の認識を操作し、自身を任意の人間だと錯覚させる異能力。声や姿、口調などは任意の人間と錯覚させることは出来るが、発言の内容や動作は彼自身もものであるため、相手に不信感を抱かれる可能性はある。


(五分程度ならバレないかな)


 そんなことを考えながら、部活に顔を出し適当の時間を潰していると、いつの間にか一時間程度過ぎ、やることがなくなってしまい、適当な理由を付けて寮に帰ろうかと思い、ちょっと体調が悪いからと言って、部室から出て行く。


 すると、偶然ミウリアの姿を見つけ、頭から追い出そうとしていた邪な考えが、もう一度浮かび上がってくる。


 向こうはまだ、リューゲの存在に気付いていない。


 少しだけならバレないだろうと思い、異能力を使用する。


 出来るだけファルシュらしく話し掛けようとしたところで──彼の存在に気付いた彼女が、先に声を掛けて来た。


……丁度良いところに……今、御時間ありますか?」


「えっ……」


「この後、用事でもあるのでしょうか……それなら後日でも構わないのですが……」


「あぁ、いや、大丈夫だよ。どうしたのかな?」


 困惑しながらも、何とか平静さを取り繕う。結構不自然な態度を取っていたのだが、彼女は特に不審そうな雰囲気を見せることはない。


 人が多少挙動不審な態度を取っている程度ならば気にならないのか、リューゲのことがどうでも良いと思っているのか、指摘すると面倒臭いと思って指摘しないでいるのか──彼女は、ゆっくりと口を開く。


「えっと、ですね、アインザーム先生が……提出していない課題が溜まっているから、そろそろ提出して欲しいと言っていましたので……出来るだけ、早く、提出して頂けないでしょうか?」


「ああ、あの変人の非常勤の教師ね」


 メーティス学園は異能力の教育機関であり、研究機関であるため、研究員として雇われている職員が、研究棟にいる。研究棟の職員は直接学校教育に関わることは少ないが、エンゲル・アインザームのように非常勤教師として勤務する場合もある。


 この学園の非常勤教師というのは、一般的な高等学校の非常勤教師と違い、普段は研究棟の職員として働いており、学園理事局から派遣依頼をされ、教師として授業を行うことがあるのだ。


 本職は研究員であるため、教師としての仕事はあくまでも副業。良くも悪くも本職の教師とは違う存在なのだ。


「てか、ミウリアちゃん、あの人のこと知っているんだね。あの人って、三年生の授業は受け持っていたけど、二年生の授業は受け持っていなかったと思うんだけど……記憶違いだったかな?」


「いえ……合っていますよ」


「何でキミに、溜めている課題を提出するように私に言うように言ったのだろう?」


「あ、いえ……頼まれているのではなく、アインザーム先生が、独り言で、そのようなことを言っていたので……私が、個人的に、言っているだけです……」


「ああ、そうなんだ」


「成績付けるのに困ると仰っていました……」


「明日には、出すよ」


「そうですか……アインザーム先生に、そう伝えておきます……」


 失礼しますと言ってから、ミウリアは一礼し、ファルシュの横を通り過ぎる。彼女の背中が見えなくなるまで視線で追い続け、それから、どうしてバレてしまったのだろうかということについて思考を巡らせた。


(たった一瞬でファルシュ・べトゥリューガーじゃないと見破った? だとしても、見た目はファルシュ・ベトゥリューガーだった筈だし、一発で私だと分かる訳がない)


 例え、正体を見破っていたのだとしても、外見がファルシュ・べトゥリューガーであることについて、言及がなければおかしい。


 外見だけでなく、声や口調までファルシュ・べトゥリューガーだったのだから、何かしらリアクションがあって良いだろう。


 考えられる結論は、最初からリューゲ・シュヴァルツに見えていた──しか、あり得ない。


 そうなると、何故ファルシュ・べトゥリューガーに見えていなかったのかという問題が出て来てしまう。


 顔と名前を知っている相手ならば、いくら体格が違えと、見た目や声は完璧にその人物のものと錯覚させることが出来る。変身している訳ではないため、触れられたりすれば、別人と気付かれてしまうだろう。ファルシュとリューゲは、大きくとまでは言わないが、それなりに体格が違うからだ。


(あり得る可能性は一つ)


 ──ファルシュ・べトゥリューガーは、ファルシュ・ベトゥリューガーではない。


 状況から推測するに、皆がファルシュ・べトゥリューガーだと思っている人物は、ファルシュ・べトゥリューガーに成り代わっている人物──ということだ。


(ミウリアちゃんが好いているファルシュ・べトゥリューガーは、一体どちらなのだろう)


 本物のファルシュ・べトゥリューガーなのか、ファルシュ・べトゥリューガーに成り代わった誰かなのか。


(というか、彼は一体誰なんだ?)

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