第07話【今世も推し活出来るとか、最高では?】

「ミウリアちゃ〜ん、美味しい?」


 以前より自分対して興味を抱くようになったリューゲに内心戸惑いを覚えながらも、ミウリアは奢って貰ったバニラアイスを口に含む。非常に美味しいのだが、親しくない人間から奢られることに抵抗を感じる彼女は、素直にその美味しさを味わうことが出来なかった。


 奢るよと言われて奢られたのでもなく、冗談で奢って下さいと彼女が言って奢られたのでもなく、彼女が購買でアイスの代金を支払おうと、財布から小銭を取り出している間に、彼が支払ってしまい、勝手に奢られたのだ。


 小銭を取り出すのに、時間が掛かってしまったという訳でもない。後ろに人が並んでいたという訳でもない。本当にいきなり彼が支払い出した。


 突然の自体に放心している間に会計は終わり、レジの前で立ち止まっている訳にもいかず、アイスを受け取ってから代金を彼に渡そうとしたのだが、受け取ってくれず、不本意ながら奢られる形になってしまったのだ。


「えっと……はい……とても、美味しいです」


「本当に美味しそうに食べるよねぇ。それ、好きなの?」


「えっと……まぁ、好きか嫌いかで言えば、好きですけど……」


「よく食べるの?」


「……いえ、初めてです……アインツィヒ様が美味しいと仰っていましたので……」


「アインツィヒ……あぁ、ゲーム部の子だよね。仲が良いのかな?」


「えぇ……」


 居心地の悪さを感じながらも、何とかミウリアは答えを振り絞る。彼女は人と話すことが苦手なタイプであるため、親しくない人間から話し掛けられると、声が上擦ってしまうし、視線も安定しないのだ。


 それが失礼に値することは理解しているため、出来るだけ声が上擦らないようにし、視線を安定させるように努めている。短時間なら、少しだけ人見知りになるに収まるが、長時間になるとボロが出て来てしまう。


「アインツィヒちゃんって結構口が悪いって言われているけど、実際どうなの?」


「言葉遣いは、宜しくないですね……」


 言い方に問題があるだけで、内面自体はゲーム部の中では比較的まともな部類に入るだろう。異能力の領域に片足を突っ込んでいるレベルの技術力があり、容姿も非常に美しく、まさに才色兼備だ。


「……けど、平素は、突拍子もないことを、しないので……少なくとも、その……ストラーナさんみたいな、こと、しませんので……」


 ストラーナの名前を聞いた瞬間、リューゲの表情がやや引き攣った。彼女にはあまり良い記憶がないからだろう。


 咳払いした後、「ミウリアちゃんは甘い物が好きなのかい?」と、問うて来た。


「好きか嫌いかで言えば……好き、ですけど、特別好き、というほどではないかと……」


 丁度アイスが食べ終わったタイミングで、「ミウリアさん」と、声を掛けられる。


 聞き覚えのある声に、もしやと思って振り向いてみれば、予想通り、ユーベルが立っていた。


「あ、ユーベル様。どうかなさいましたか?」


「ファルシュが貴方に用が有るみたいです。遊戯ゲーム部の部室に居るので、直ぐにでも行ってあげて下さい」


「ファルシュ様が? すぐに向かいます」


 リューゲに断ってから席を立ち、アイスのゴミを持ってその場から離れていく。


(べトゥリューガーくんがミウリアちゃんに用があるっていうのは、嘘なんだろうな)


 邪魔が入ってしまったと思いながら、改めてユーベルの姿を眺める。


 漆黒の髪と、ハイライトのない濁った錫色の瞳が特徴的。背丈はゼーレとあまり変わらない。目付きが悪く、尚且つ顰めっ面でいるせいか、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。制服の上からでは分かりにくいが、ガリガリと表現するほどではないものの、手首を見ればかなり痩せていると分かるだろう。肌は青白く、痩せている体も合わさり、不健康そうという印象を抱いた。


 顔立ちの造形はカッコいい、イケメンと表現するほどではないが、それなりに整っている。普通以上、イケメン未満と言えばいいのだろうか。一番近い表現は、中の上。だが、目付きが悪く、顰めっ面をしており、不健康そうな雰囲気も合わさり、絶妙に受けが悪くなっているのだ。


「シュバルツさん、でしたっけ?」


「シュヴァルツだよ。間違えないでくれ」


「嗚呼、然うでした。然うでした。済みません」


 全く感情の籠もっていない声。仏頂面も相まって、謝意は全くと言っていいほど感じない。


「此れをどうぞ。ミウリアさんの華尼拉バニラ氷菓アイスの代金です。彼女は奢られるのが好きではないので受け取って下さい。受け取って下さらなければ切ります」


 平坦な声をしているため、本気なのか冗談なのか分からなかったが、有無を言わさない雰囲気を纒っており、とてもじゃないが、何を切るのか問えそうになかった。ブレザーの胸ポケットに無理矢理突っ込まれた代金を突き返そう──とも思えなかった。


「これでは、キミが彼女に奢っていることになってしまうと思うのだが……」


「ミウリアさんから代金を貰うので大丈夫です。会う口実が出来て嬉しいぐらいですので」


「会う口実が出来て嬉しい」


「はい、同じ部に所属していますので、此の様な口実が無くとも会いに行けなくはないのですが、口実は有るに越したことはないですからね」


「…………キミ、もしかして、ミウリアちゃんに特別な感情を抱いているのかい?」


「はい。最推しです」


「???」


 予想外の回答に、リューゲは疑問符を浮かべたまま黙り込んでしまう。


「僕は、彼女の愛好家ファンなのです。推しの姿を眺め、推しと言葉を交わし、推しの視界に入る……嗚呼、素晴らしきかな我が人生」


 アイドルや芸能人ならばまだしも、身近にいる人間を推しにする感覚を理解出来ない彼は、つい先程まで濁っていた錫色を輝かせているユーベルに、引いたような眼差しを向けてしまう。


(けど、下手なアイドルや女優より整った顔立ちだし……そういう層の人間が現れてもおかしくはないか)


 理解は出来ないが、分からなくもない。傾国という言葉が似合う、天女のような顔立ちをしているのだから。


(今世も推し活出来るとか、最高では?)


 真顔でそのようなことを考えていると、リューゲに不気味なものを見る眼差しを向けられる。彼からすれば、いきなり目を輝かせたかと思えば、いきなりその輝きは鳴り潜め、真顔になったのだから、無理はない。


「……可愛い顔をしているからね、ファンになってしまうのも分からなくもないよ」


「顔が理由で推している訳ではありません」


 無難な言葉を選んだつもりだったが、本人にとっては無難でも何でもなく、寧ろ真逆、侮辱に等しい言葉だったらしく、眉間に皺を寄せる。素の目付きが悪いため、眉間に皺が寄せられると、目を合わせたくないと思うほど凶悪な顔付きになってしまう。


たしかに彼女の顔立ちは素晴らしいですが、其れでは見た目が損なわれれば推しでは無くなるという事……有り得ません有り得ません。其の様な薄っぺらい理由で推しているのではありません」


 世故に長けていない己に、親切に色々なことを教えてくれた前世の彼女の姿を思い浮かべる。


「分かった! 分かった! 分かったよ……分かったから、肩から手を離してくれ!」


 肩に指が食い込み、骨がミシミシ音が鳴り、このまま握られては肩を粉砕されかねないと思い、声を荒らげて肩から手を離すように訴える。


「分かれば良いのです。分かってくれれば」


 と、言って、すんなり手を離す。手が離されても、まだ肩が痛い。細い体から想像出来ないくらい強い力だった。一体どこからあのような力が出ているのだろうか。後で服を脱いで肩を確認したところ、青痣になっていた。


「然ういう貴方も、彼女に対して特別な感情を抱いている様ですが」


「凄く興味のある相手ではあるね。何でもない一言に救われたから、ただそれだけの理由で、良いように利用されても構わないと思える精神が理解出来なくてね。理解出来ないからこそ、知りたいのだよ」


彼奴あやつは確かにミウリアさんのことを良い様に利用していますが、利用する分は還元、というい方もれですが、利用した分は其れなりに返していますよ」


 ひさしを貸して母屋を取られる、みたいなことにはなっていない。多額の金を借りても友人関係が崩壊していないのは、金以外の面で借りた分を返しているからだ。普通に金を返せと思うが、当人達の間で同意が取れているのだから悪くないだろう。


「そうなの?」


 リューゲは意外と言いたげな反応をする。

 言いたいことは分からなくもないが、露骨に意外そうな反応をしなくてもいいだろうに、とユーベルは思った。


「然うで無かったら、流石に皆から縁を切られていますよ。彼の男は擁護し様の無い屑ですが、本気で困っていれば友人相手なら助ける事程度の情は持っています。関わったら、己の命が危うい時は、容赦無く見捨てますが」


「そうなんだ」


「一番の理由が何気ない言葉によって救われたからなのでしょうが、其れだけが理由という訳では無いのですよ」


 これは前世での話になるが、両親が海外出張に行くが、そこには日本人が入れる学校がないからという理由で、当時高校一年生だったミウリアは日本に残るという話になったのだが、若い女の一人暮らしは宜しくないからという理由で、遠縁の三十代独身の家に世話になれと言われたらしい。海外出張に行く前に、世話になるのだから挨拶して来いと、無理矢理その親戚の家の前に置いて行かれ、一度も顔を合わせていない親戚と一人で会うことには抵抗があったものの、見知らぬ土地で一人携帯だけを持って放り出された状態であるため、渋々インターフォンを押すと、半ば強引に部屋に連れ込まれ、襲われはしなかったが、それに近いことはされ、慌てて逃げ出して来たことがあったそうだ。後で分かったことだが、嫁候補として送り込まれたらしい。泣いて前世のファルシュに携帯で助けを求めたところ、タクシーで迎えに来てくれただけでなく、一日自分の家に泊めている間に、彼女の親と話を付けてくれたらしく、お陰でその親戚と二度と関わらずに済み、一人暮らしすることになったそうだ。


 切っ掛けは自分を救ってくれた何気ない言葉だっただろうが、それに一方的に漬け込むような人物ならば、友人という関係でいられないだろう。


 ミウリアは滅多に怒らないが、怒らない訳ではないのだから。


「まあ、流石に一方的に利用されていたら、好きになってないよな……」


 好きの意味合いを勘違いしていることに気付いたユーベルだが、黙っていた方が面白いと思い、あえてそれを訂正することはなかった。


 一体いつ気付くのだろうか。

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