第05話【予知能力しか取り柄がない貴方が悪いんじゃないの?】

 人を人と思った上で踏み付けにする人間がウテナ・ヴォルデコフツォだとすれば、人を人と思わないで踏み付けにする人間はストラーナ・ペリコローソだ。


 前世の頃からナチュラルにそういう思考をしていた。


 前世のゼーレ・アップヘンゲンが、中学生になった頃から彼女と付き合いがあるのだが、中学生だったときには既にこういう人物だった。


 ある意味、彼女は中学生の時点で完成されていたと言ってもいいだろう。


 女子生徒に絡まれているシエルに、ストラーナは飽きれた表情を向ける。ユーベルはどうでも良さそうな顔をしていた。二人共、出力の仕方は異なれど、考えていることは同じで、またかという感想を抱いていた。このような光景を見るのは、これが初めてではない。いい加減自衛とかしないのだろうか。


 ゼーレは最近似たような光景を見たなと、どうでも良さそうな表情を浮かべていた。


 女子生徒達は、ストラーナの顔を見た瞬間、体を震わせ、外であるというのに「あ、ストラーナ様……!!」「こちらを見ていられるわ!」「何か不興を買ってしまったのでしょうか?」「申し訳ございません」と、地べたに蹲って謝る女子生徒達。


 別に彼女は「またやってるなー」くらいにしか思っていなかったため、「あぁ、うん、どっか行ってくれればいいよ」と言って、追い払うように手を振れば、元気の良い返事をし、すぐさま逃げ出す。


「あの人達に何かしたんですか?」


「あの子達の尻をドラムにしただけよ。ドラムスティックで叩いたからあまりいい音がしなかったわね。同じように叩いても同じ音がしないし、人間の尻はドラムにするには向かないわね」


「そりゃそうだろ! 何やってるんだアンタ!」


「あそこまで怯えなくてもいいのに」


「無理だろ! 常識的に考え──られる訳ないよな。うん」


 ストラーナの返答に、ゼーレは思わず声を荒らげてしまう。「この人いつも碌なことしないな」と思っていると、こちらに駆け寄って来たシエルが、「あの、ありがとうございます」と、頭を下げて礼の言葉を述べる。


「別に向こうが勝手に逃げただけどね」


「ストラーナ様と呼ばれていましたよね。ストラーナ様は、爵位の高い貴族なのでしょうか?」


「なんでそう思ったんですか? この人、爵位のない平民ですよ……」


 もしも彼女が爵位を持ったらと考えるだけで背筋が寒くなる。ファルシュと同じくらい、権力を持たせてはいけないタイプの人間だ。患者を何人もにして来た闇医者である今世の父親にすら、「コイツヤベェ」と言われているような人物である。


 他人の尻をドラム代わりにするような人物であり、金玉にAEDするという発想が出てくるような人物であり、人の財布から勝手に二万モネ抜き取ったかと思えば、いきなり二倍にして返して来るような人物であるストラーナが、まともな訳ないのだ。


 前世、ゼーレの財布からいきなり二万盗ったのかと思えば、数日後、盗んだ相手が無言で倍にして返して来たのだから、当然理由を訊ねたし、ちゃんと理由があれば数万くらいなら普通に貸すから、勝手に財布から金を盗らないで欲しいと訴えた。訴えたのだが、「なんでだろうね?」としか返って来ず、次からは別の人の財布から金を盗るように言い、その場を去っていった。どうやって財布から金を抜き取ったのかも知りたかったが、なんとなく訊かない方が良いと思い、疑問は胸の中に仕舞っている。


「そうなのですね。爵位の高い貴族のご令嬢だからあのように覚えたのかと思ったのですが……違ったのですね」


 断じて違う。ただの闇医者の娘だ。父親の跡を継ぐ気満々の危険人物である。既にストラーナによって輸血パックにされた人物が複数人存在している。


「育ちに関してあまり良くない方だよ。まさかそんな風に思われる日が来るとは思わなかったな」


 闇医者の娘として、臓器売買の英才教育を受けているのだから、育ちが良い筈がない。その過程で人身売買に関する知識も授けられており、生きている人間より、死んでいる人間を売り飛ばす方が面倒が少なくて良いだと豪語している。


「そうなのですね。何故、彼女達はあそこまで怯えていたのでしょうか?」


「さぁ?」


 きょとんと首を傾げるストラーナ。事情を知っているゼーレからすれば白々しいことこの上ないが、尻をドラムスティックで叩いた程度のこと、彼女にとってはちょっとしたおふざけでしかないため、本当にあそこまで怯えられるほどのことではないと思っている。そして、尻をドラムスティックで叩いたことで怯えられていると思っていても、あそこまで怯えられるほどではない、大袈裟だと思っているのだ。


「そういえば貴方って予知能力があるって噂の一年生?」


 気付いていないゼーレのために、気付いていない振りをしてストラーナが問う。彼女の予知能力という言葉と、眼の前の人物が薄桜の髪と青藤色の瞳をしていることから、「この人、シエル・リュミエールだったんだ」と、気付く。


「ええ、まあ」


「入学試験を受けないで入学したんでしょ? 異能力が稀有過ぎると入学試験パス出来るってホントだったんだ〜」


 メーティス学園は異能力に関する教育を行っている教育機関であり、研究機関でもあるため、世界的に見て確認されている数が少ない稀有な能力を持っていれば、学力関係なしに入学させることもある。


 類稀なる異能力である予知能力を持っているため、シエル・リュミエールは特待生枠で入学することが出来た。


「前例はあるみたいですけどね」


「へぇ、そうなんだ」


「かなり昔のことなので、知らない人も多くて、予知能力を持っているだけで入試を免除されるのかと疑っている人も多く……確かに、この能力以外、私の特筆すべき部分なんてありませんから、疑われても仕方がないと思いますけどね」


「だからあんな風に絡まれてるんだ」


「そう、ですね……正直、異能力という先天的な部分でどうこう言われても、という感じなのですが……」


 初対面の人物に対して、ここまで愚痴を零しているのはそれなりに理由があった。何故疲れているのかと言えば、ウテナ達の存在のせいで、本来のシナリオ通りに事が運ばず、ゲームほど攻略対象キャラクターがいじめから守ってくれないことで、精神的にかなり疲れてしまっているせいである。


 偶然通り掛かって助けるケースなどは、その偶然をウテナ達が意図せず潰している上に、中学時代己がいじめられていた故に、いじめを嫌悪している、最もいじめから守ってくれるクオーレを、経営方面で忙しくさせたからだ。


「けどそれって、予知能力しか取り柄がない貴方が悪いんじゃないの?」


 しかし、彼女の事情や内心まで推し量る気はないため、遠慮会釈なく素直な感想を口にする。


「えっ?」


 慰めて貰えると思ってはなかったものの、まさかこんなことを言われるとは予想だにしていなかったのだろう、シエルは呆気に取られ、呆然と立ち尽くす。ストラーナが魔王と呼ばれている人物と知っていれば、そのような反応をしていないだろう。


「貴方の予知能力ってどれくらいの頻度で使えるの? 何の条件や制限もなく使えていれば、あんな風に生徒から絡まれないでしょ?」


「え、えっと……数ヶ月に一度ですけど」


「そこまで頻繁に使える訳じゃなくて、それしか取り柄しかないと思っているのに、なんでそれ以外の部分を磨こうと思わないの? 現状に満足しているならともかく、現状に満足していないんでしょ?」


 ただ純粋に疑問をぶつけただけと分かる表情と声音。そこに悪意や敵意などはない。


 もしも悪意や敵意をぶつけられたのであれば、シエルもそれなりに言い返していただろう。出会ったばかりの人間にそこまで言われる義理はないと、言い返していただろう。基本的に誰かに絡まれてもそれなりに言い返している。


 だが、否応なしに悪意や敵意がないと思わされたせいで、瞬き一つ出来ずにいた。


 言いたいことを言い気が済んだのか、ストラーナがゲーム部の部室がある方向に歩き出したので、終始無言だったユーベルも、途中から口を挟まなくなったゼーレもそれに続く。


「ユーベル、予知能力が数ヶ月に一度しか使えないって部分、本当だった?」


 こちらがシエルの姿を確認することが出来ず、彼女がこちらの姿を確認することが出来ない位置で、ストラーナが問うてくる。


 彼は前世の頃から色聴と呼ばれるものを有しており、音に色を感じることが出来ず、音から感じる色で相手の感情が分かることがあり、嘘を吐いていれば高確率で気付く。


「噓を吐いている色は感ぜられなかった」


 異能力で作った亜空間内で、ストラーナ・ペリコローソ、アインツィヒ・レヴォルテ、ウテナ・ヴォルデコフツォ、ミウリア・エーデルシュタイン、ファルシュ・ベトゥリューガー、ゼーレ・アップヘンゲン、ユーベル・シュレッケンは、いつもみたいに作戦会議を兼ねた報告会を開く。


「シエル・リュミエールとエーレ・ユスティーツは順調に仲を深めているみたい。ラインハイトの情報が正しいなら、だけど」


「ゲームと違ってクラス違うのにね」


 ストラーナの言う通り、ゲームでは主人公であるシエル・リュミエールと、エーレ・ユスティーツは同じクラスだ。


「生徒の成績とか、運動能力とか、部活とか……ピアノ弾ける子がいるかどうかとか、性格とか、そういうのを考慮して、クラスって決められるみたいですから……ゲームに登場しない私達の存在が、クラスに影響しているのかもしれません」


「クラスって、バランス考えて決められてるんだっけ」


「は、はい、ゼーレ様……聞いた話なので、本当のことなのか、分かりませんが……」


「エーレ・ユスティーツは貴族の子息でも無ければ、王弟でも無い。排除する際に生じる危険度リスクは低いだろう」


 いつもの仏頂面を変えずにユーベルが話した通り、ユスティーツ家は、貴族でもなければ、王族でもない。裕福な商家だ。同じく裕福な商家であるヴォルデコフツォ家には劣る。シェーンハイトに貴族制度があった頃から存在している家と比較してはいけないだろう。


「とはいえ、慎重にやらないと後が面倒だしな。どうやって潰すか。エンゲルの異能力を使って弱みとか握れねぇかな。お前が頼めばやってくれんじゃねぇか?」


 ファルシュがミウリアに視線を向ける。「えっと、そうですね……その、頼めばやってくれるとは思います。今、頼みましょうか?」と、彼女は懐から携帯を取り出す。


「連絡してくれ」


 エンゲル・アインザームの異能力、過去視プローシライ

 触れた相手や物の過去を視る異能力。その異能力のせいで、この場にいるメンバーが前世の記憶を持っていることを知られてしまっている。


 ミウリアの信奉者であるため、彼女が頼めば大抵のことは叶えてくれるのだ。


「えっと……エンゲルさん、その……やってくれるみたいです」


 エンゲルから了承の返事が返って来たことを伝えると、「もしも弱みと呼べるほどのものを握れなかったらどうする?」と、ストラーナが皆に視線を向ける。「ちょっと人に言いたくな程度のことしかない可能性はあるよな」と、それを聞いたゼーレが言い放つ。


「そのときはアイツの死んでもバラされたくない訳ではないけど、出来ればバラされたくない恥ずかしい出来事を仔細に連ねたディスコグラフィが作って、それを読み上げればいいじゃん」


「相変わらず発想がエグいな」


 精神的拷問の提案をするウテナに、ユーベルはギョッとしたような表情を向ける。僅かに首を右に傾けて、不気味な笑みを浮かべている彼女は、少なくとも未就学児にはお見せ出来ないくらい悍ましいオーラを纏っていたので、そのような表情になるのも無理はないだろう。


「邪魔な奴には早く消えて欲しいだろ。シエル・リュミエールも、エーレ・ユスティーツも」


 ああこれは何か地雷を踏まれたんだな──前世の頃から付き合いのある彼らは、表面上はいつも通りを装っているが、胸の奥底では殺意に近い怒りを抱いていることを察し、心の中で二人に黙祷を捧げた。

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