第03話【一種の災害みたいなものですから】

 ファルシュ・べトゥリューガーは、見た目だけなら、身長一八二センチある長身痩躯のイケメンだ。黄褐色の癖毛と、少し目に掛かった前髪から覗く朱殷の瞳が特徴的な高校二年生。美意識はそこまで高くないのか、枝毛はそれなりにあり、一部分髪が傷んでいる。雑な手入れしかされていない髪と違い、肌の方は非常に綺麗だ。常に指輪や腕輪、イヤリングといったアクセサリーを身に着けている。


 生徒に情報商材を売り付けて金儲けをしているのだから。ちなみに、売り付けている情報商材に書かれている内容はそれなりに役に立つらしい。値段に見合うほど有益ではないが、知っておいて損はないという内容だと、騙されて情報商材を買ってしまった同級生から、リューゲは聞いた。お陰で文句を言いにくいそうだ。


 元本確保を、元本保証と思わせるセールトークをした末に、上手いこと自分の親が経営している会社の保険を契約させたりしているとも聞いた。未成年の学生が契約出来る保険など高が知れているため、生徒を通して保護者に契約させているらしい。


 本人は売り込むだけで、契約する際は、会社の社員に一度しっかり説明させてから契約させているため、法律に違反はしないらしい。あくまでもオススメという立場にしているようだ。


 元本毀損が起きたときは、「あくまでも、満期まで何もなければ、元利金をするって意味だぞ。誰も元本保証とは言ってない」と、いつでも言い逃れ出来るようにしているらしい。


 ある程度金を持っている家庭に産まれた生徒には、個人向け国債のキャッシュバックキャンペーンを利用した稼ぎ方を教えているらしく、教える変わるに五千ほどお金を貰っているそうだ。


 ウテナが彼を詐欺師と言っている理由がよく分かる。


 見るからにか弱そうな外見をしているミウリアの存在を利用し、相手の警戒心を解きほぐし、相手を上手いこと話しに引き込み、情報商材を買わせたり、保険の話を持ち掛けたりしている。


 何故そのようなことをしている生徒が、退学にならないのだろう。二年になっても、在籍しているのだろう。噂では教師の弱みを握っているからではないかと言われているが、実際はどうなのかは不明。最初はまさかそんなことないだろうと思っていたが、あまりにも問題になっていないせいで、最近では噂は正しいのかも知れないと思い始めている。


 リューゲ・シュヴァルツは、甲斐甲斐しく世話を焼くミウリアを眺めながら──どうして彼女はいいように使われているのだろうと考えた。しかも、嬉々として。


 パシリみたいなことをさせられているのに、どういう訳か、常にニコニコしている。食堂の場所の確保をさせられたり、変わりに買い物をさせられたり、彼の変わりに授業のノートを取っていたりしているところを、何度も見掛けた。二度や三度ではなく、両手で数えられないほどだ。


 美意識が低そうな割りに、指輪や腕輪、イヤリングといったアクセサリーを身に着けている理由も、お洒落とか、気に入っているからとか、そういったありふれた理由ではないと、最近分かってきた。


 彼が身に着けているアクセサリーは、彼女の異能力によって生み出された物だ。


 ミウリアの異能力は、異能略奪ブリガンテ

 触れた相手の異能力を奪う異能らしい。奪った能力を物に変化させること出来らしく、例えば指輪に変化させると、指輪を身に付けた人間が、その異能力を使用することが出来るようだ。


「……よくやるなぁ」


 ファルシュが零した飲み物を片付けるミウリアを遠目で眺めながら、リューゲは思わず心の声を口にしてしまう。


「ングッ‼︎」


 小さな悲鳴が聞こえ、視線を正面に移せば、床に尻餅を付いている金髪碧眼の女子生徒が目に入った。


「うわぁ……」


 相手がストラーナ・ペリコローソだと認識した瞬間、最悪だという気持ちが、声という形で漏れ出てしまった。


 金髪碧眼の可愛らしい外見の高校二年生。リューゲの一つしたの後輩に当たる。手触りが良さだと見ただけ分かるストレートの髪は、常に三つ編みにして纏めており、視力が悪い訳でもない、良い方に入る部類なのに、いつも片眼鏡を付けている。その片眼鏡は、企業に依頼出して作らせた特注品。伊達なので、レンズに裏表はない。ブリッジとノースパッド、クリングスが可動式になっており、右でも左でも付替え出来るようだ。ちなみに、胸は平均よりはあるが、巨乳と評するほどではない。


 見た目だけなら人畜無害そうに見えるのだが、彼女と関わってはいけないというのが、学園の暗黙了解になるレベルでヤバい人物だ。


 彼女の斜め後ろに立っているゼーレ・アップヘンゲンは、ご愁傷様と言いたげな顔になり、今にも黙祷を捧げ出し兼ねない雰囲気を醸し出している。


「ねえ、そっちがよそ見しているせいで、スカート汚れる羽目になったんだけど。ねえねえ、ゼーレくん、完全にコイツよそ見してたよね?」


「ええ……まあ、確かに、よそ見はしていましたね」


「よそ見していることに気付いて、ちゃんと脇に寄ったよね?」


「そうですね」


「つまり悪いのってコイツで、私にはミクロも非はないってことだよね?」


「……まあ、そういうことになりますね」


「と、いう訳だからさぁ、ごめんなさいって謝ってくれない?」


 よそ見をしていたのは事実だ。今回に関しては完全に非があるため、ぶつかってしまって申し訳ないと謝ろうとしたのだが、ぶつかってしまってと言ったところで、「周りに人がいてうるさくて聞こえないんだよね。もうちょっと大きな声大きくしてくれない?」と、ストラーナが言って来た。


「それで、ごめんなさいは? 謝罪以外受け付けないから、そこんとこヨロシク」


「さっきはぶつか──」


「ん?」


「さっきはぶ──」


「ぅ〜ん、聞こえん」


「だ、だか──」


「ハキハキ喋りなよ。謝罪も出来ないの? 幼稚園生でもごめんなさいって言えるのに」


「ッ〜〜〜〜‼︎ ぶつかってごめんなさい!」


「うわっ、煩ッ……大きな声で話してとは言ったけど、ここまでの声量は望んでないわ。煩過ぎて鼓膜破れそ〜う。周りの迷惑とか考えないの? 謝ってくれたし許してあげるけどさ、ホント気を付けなよ」


 やれやれとか言い出し兼ねない態度でリューゲから去って行くストラーナ。その背中を追い掛けようとするゼーレだったが、途中で立ち止まり、「あの人のことは事故みたいなものだと思って気にしないで下さい。ブレーキが存在しない車みたいなものなので」と、彼をフォローするためなのか、そのような言葉を投げ掛けてくる。


 慰めのつもりだろうか。だとしたら全然慰めになっていない、言うだけ言って去って行くゼーレを見送ったタイミングで、「あ、あの……大丈夫ですか?」と、ビニール袋を提げたミウリアに声を掛けられる。


「キミから私に話し掛けて来るなんて、初めてのことだね。大丈夫か大丈夫ではないかで言えば、大丈夫ではないよ。何だか一気に疲れてしまったよ……」


 何なのだろうね、彼女──と、不意に思ったことを呟けば、彼女が苦笑いを浮かべた。笑うしかないといった感じだ。


「ストラーナ様に絡まれてしまったのですね……えっと、その、このような言い方をするのはアレですが……ストラーナ様は、存在が一種の災害みたいなものですから……あまりお気になさらないで下さい。運が、悪かった、だけですから……」


「災害、ね……さっきの彼は事故に遭ったようなものとか言っていたな……」


 側近らしき男子から事故呼ばわりされ、挙句にブレーキが存在しない車と評され、友人である女子からは災害扱いされている。


 よほどのことがなければ、こうはならない。今まで何をして来たのだろうか。考えるだけでも恐ろしいという感覚を、比喩とかでなく、おためごかしなどではなく、実感を持って味わった。


 それはリューゲにとって、人生で初めてのことだった。


「えっと、その……注目されていますし、人目のないところに移動なさった方が……良いのでは、ないでしょうか?」


 言われるまで気付かなかったが、確かに注目されている。大半は同情的な眼差しだった。一度視線に気付くと、気になって気になって仕方ない。言われた通り、人目のないところに移動する。自販機で売っている飲み物を買い、ベンチに座って買った飲み物を煽った。


「シュヴァルツ様は……」


 疲れ切ったリューゲに、何故か付いて来たミウリアが声を掛けて来る。


「その……シュヴァルツ様は……何故、私に興味があるのでしょうか?」


 遠回しに訊ねて来たことはあったが、こんな風に直接的な言葉で訊ねられたのは初めてだった。疲れている今なら、素直に答えてくれるかもしれないと、思ったのかもしれない。


「大した理由ではないよ。ただ気になってしまったというだけで」


 元々訊ねたいと思っていたこともあり、誤魔化す気力が湧かなかったため、素直に答えることにした。


「…………気になった、ですか……えっと、どこが、ですか?」


「べトゥリューガーくんは、お世辞にも褒められた人間ではないだろう?」


「え、ええ……そうですが」


 何故いきなりファルシュの名前が出て来たのかと困惑してしまう。ファルシュ・べトゥリューガーが褒められた人間ではないことはその通りなので、困惑しながらも頷いた。何せ彼は自他共に認められるクズである。


 前世でアインツィヒから一〇〇円以上、ウテナから一二万円、ミウリアから八万円金を借りた男だ。しかも一円も返していない。今世で再会した際、ウテナは金を返せと言ったが、死んだから無効と言って、未だに返済していなかった。


 借りた金は全てパチンコに費やしていた。お陰で三度家賃が払えなくなったことがある。その度に彼の親が払っていたのだが、最終的にはミウリアが住んでいる家に転がり込んで来た。


 あくまでもこれらは前世での出来事だが、今世ではもっと酷いことをしている。


「それなのに、よく一緒にいられるよね。ミウリアちゃんは、べトゥリューガーくんのことを、褒められた人間ではないと思っているのだろう?」


「私がファルシュ様と一緒にいるのは……そんなにも、意外なことでしょうか?」


「不愉快にさせてしまったのなら申し訳ないけれど、意外で意外で仕方がないよ。異能力まで良いように利用されているじゃないか。嫌気が差さないのが不思議なのだよ。外見が好きという訳でもないのだろう?」


「外見だけなら、ファルシュ様よりも……ずっと良い方がいます、からね。ぶっちゃけて、しまいますと……見た目は、別に、好みではありませんし……」


「ちなみにどんな人がタイプなの?」


「……………………………………………………いざ言われると、中々、出て来ないですね…………強いて言えば…………ゼーレさん、ですかね。あくまでも、外見だけなら、ですが…………」


「あぁ。ストラーナちゃんと一緒にいる男子だよね。可愛いとかっこいいの中間といった感じの顔が好みなのかな?」


「比較的首が痛くならないからです…………圧を感じない、といいますか……」


「あー」


 そう言われて、ゼーレの姿を思い浮かべる。低いという訳ではないが、高くもない背丈をしており、前述の通り、可愛いとかっこいいの中間といった顔立ちをしているため、圧力を感じるタイプとは程遠い。


「彼は圧力を感じるタイプではないけど、上背があるが故に生じる圧はないとは言えない。尚更どうして良いように利用されているのだい? キミに付き纏っても結局分からなかったよ」


 そんなことは理由だったのか。それなら最初から訊いてくれればいいのに。そう思ったが、気の弱い彼女はそれを口にすることは出来ない。顔には出ていたのか、疑問を持つだろうと思ったのか、「自分で調べ、解き明かしてみたかったのだけど、私には無理だったよ」と言った。


「折角だし、訊くだけ訊いてみることにしたのだよ。どうしてミウリアちゃんがべトゥリューガー君と一緒にいるのか」


「どうして、と、言われましても……」


 前世で同じ高校に通っており、二年生と三年生のときは同じクラスだったからだ──とは、とてもじゃないが言えないため、言葉に詰まってしまう。


「共通の、趣味があったから……でしょうか」


 嘘ではない。知り合った切っ掛けは、お互いゲームが好きで、高校のゲーム部に所属していたことだ。二年でクラスが同じになったことで、部活が同じだったこともあり、自然と付き合いが増えた。


「それだけで、ああはならないでしょ」


 確かにそれだけではない。

 同じ部活に所属しており、二年以降クラスが同じになり、同じ大学に進学して、そこで同じサークルに所属していたから、だけではない。


「…………私、ファルシュ様の言葉に救われたことがあるのです」


 ファルシュの言葉に救われる。一体何があったのだろうか。それは本当なのだろうか。彼の素行を見るに、人を救う言葉を投げ掛けられると思えない。騙されているのではないかと思った。流石に失礼過ぎて表には出せないが。


「……ファルシュ様は、仰られている通り、褒められた人間ではございません。屑と言われても納得しか出来ません……」


 身内にすら擁護して貰えないレベルのは、色々な意味で手遅れだろう。


「えっと、その……本当に、何気ない言葉でしたが……それでも、気が楽になったことには、変わりないので……」


 これはきっと、人によっては理解されない感情だろう。何せ彼は、ミウリアのことを慰めようと思ってを口にしたのではない。あれはどちらかというと、呆れに近いニュアンスが含まれていた。彼にとってはの五文字で片付けられることだったから、当然と言えば当然なのだが。


 何でそんなくっだらねぇことを気にしているんだ? 馬鹿じゃねぇの? そのような意味も含まれていた気さえする。


「だからファルシュ様のことが大好きですし、雑用係でも傍にいられるだけで嬉しいのです」


「ふぅん」


「シュヴァルツ様には、わかって頂けないかもしれませんが……」


「そうだね」


 自分には一生理解出来ぬ感情だと思った。

 何気ない言葉に救われるという感覚も理解出来なければ、それだけのことで相手に尽くしたいと思う感覚も理解出来ない。傍にいられるだけで嬉しい? 大好きな相手ならば欲しいと思うのではないだろうか。


 良いように利用されれば、好きな相手でも、普通は腹を立てるものだろうに。


 分からないものが、わかった筈なのに、余計にわからなくなってしまった。

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