第02話【宦官にする大義名分が出来るのに】

 ウテナ・ヴォルデコフツォが、クオーレ・パルラーレに集客が見込めない物件を貸し出したのには、それなりの理由があった。彼からすれば理不尽極まりない理由だが。


 前世の友人達とオンラライン上で再会を果たした彼女は、メーティス学園に入学したことで、画面越しではなく直接友人と対面し、喜びのあまり会話が盛り上がり、話している内にこの世界がBADENDが多過ぎて難易度が高いと評されている乙女ゲームであることに気付いた。


 前世、彼女と友人達はゲームが好きで、大学のゲームサークルに所属し、講義が終わった後は殆どサークルに顔を出し、ゲームをしていた。ありとあらゆるジャンルのゲームをプレイしていたので、乙女ゲームもそれなりにプレイしていた。マイナーなものは数える程度しかプレイしていないが、有名どころは殆どプレイしていた。


 BADENDが多過ぎて難易度が高いと評されている乙女ゲーム【恋愛☆イデアギフト】は、公式をサイトを見て、ストーリーを少しだけプレイした程度なので、内容は殆ど知らない。プロローグが終わった段階で一旦プレイを止め、彼女達が乗っていたバスが事故に遭ってしまい、この世界に転生したので、最序盤の部分しか知らない。


 だが、購入前に軽く見たレビューによれば、かなり高い確率で主要キャラクターが死亡し、主要キャラクター以外はもっと簡単に死ぬらしい。最序盤の部分だけでも結構なBADENDとDEADENDがあったので、このレビューの内容は恐らく本当なのだろう。


 全員が前世の享年より若くして死にたくないと考え、じゃあどうするのかという点に思考を巡らせた。


「シナリオ良く知らねぇゲームの攻略法とか分からねぇしな。攻略対象と主人公全員こっちが破滅させてやればいいんじゃね?」


 と、ある人物が言い出したことで、話し合った末にじゃあそうしようという運びになった。類は友を呼ぶと言えばいいのか、彼女達は全員どこか頭の螺子が外れているタイプなので、他者を破滅させることに躊躇がなかった。比較的マシな部類に入る人物も、命が懸かっているから仕方がないと判断している。


 クオーレ・パルラーレは、【恋愛☆イデアギフト】の攻略対象キャラクターの一人だ。


 彼がカフェを開きたいと言ったとき、破滅させるチャンスだと思い、心の中で小踊りした。素直に最初から受け入れては不審に思われると考え、最初の時点では本当に話にならなかったため、アドバイスをしつつもあえて突き放した。一回二回で受け入れず、パッ見で分かる粗がなくなってから、件の物件を与えた。


 異能力をウテナ・ヴォルデコフツォ、ウテナ・ヴォルデコフツォの縁者、アインツィヒ・レヴォルテ、ラインハイト・レッヒェルン、ユーベル・シュレッケン、ストラーナ・ペリコローソ、ミウリア・エーデルシュタイン、ゼーレ・アップヘンゲン、ファルシュ・べトゥリューガーに対して今後一切使用することを禁じたのも、自分達のBADENDを回避するためだ。


(あの契約書、異能力で作ったから、契約書に書かれている相手に異能力を使用した途端、アイツの異能力はミウリアのものになる)


 ウテナの異能力ではなく、別の人物の異能力を使って作った契約書の効果だ。その点に関する記述も小さくとはいえ載っているため、法律医に違反していない。


 詐欺師と名高い友人、ファルシュ・べトゥリューガーのアドバイスにより、無題に文章を冗長にさせ、言い回しを小難しくし、文字だらけの理解し難い契約書を作ることで、小さな記述に気付かせ難くした。文字の位置なども工夫したので、暫くは気付かないだろう。


(短慮で愚かで自己中心的。だからこそ、扱いやすい)


 廊下の窓の外からクオーレを一瞥する。


 もしも並々ならぬ努力で赤字を回避したとしても、長期的に利益を出すのは不可能だろう。資産に余裕があれば、長期的に赤字が出ても経営を続けることが出来るだろうが、彼の家が決して裕福ではないことは調査して分かっている。そして彼の資産が、長期的な赤字に耐えられるほどのものでないことも分かっている。


(面白い反応をしてくれるといいんだけど……)


 文化部棟に足を運び、己が所属している部室に足を運んでいる最中、【恋愛☆イデアギフト】の主人公とすれ違った。


 薄桜の髪。青藤色の瞳。スレンダーな体系。可愛らしい顔立ちだが、逸脱している訳ではなく、学年に一人はいるレベル。


(行方不明にするのは簡単だけど、一気に何人もの人間が行方不明になったら、色々と面倒だしなぁ……)


 行方不明者が多発すれば、転校させられる可能性はある。折角前世の友人達と生身で再会出来たのに、転校することになるのは避けたい──それに、身内がここで働いているため、この場所であまり事件を起こしたくなかった。


 後一五歩もしないでゲーム部の部室に辿り着くというのに、彼女はそこで足を止めてしまう。


 ふわふわとした焦茶色の髪。黒柿色の瞳。甘ったるい垂れ目。女性受けの良さそうな顔立ち。一九〇センチ未満の背丈。翳りのある雰囲気。


「あ、ウテナちゃ〜ん」


 間違いない。リューゲ・シュヴァルツだ。


「ご機嫌麗しゅう存じます、シュヴァルツ様。此度もミウリアに用があって、このようなところに訪れたのでしょうか?」


 面倒だと思いながらも、伯爵の子息である彼にきちんと一礼し、それから用件を訊ねる。


「このようなところって、キミが所属している部活の部室だろう? ヴォルデコフツォ家のお嬢さんにとっては、こんなところなのかもしれないけどさ」


 ゲーム部の部員でもなければ、そもそも文化部ですらない彼が、何度も何度もしつこく文化部棟に足を運ぶのはおかしいという意味で、このようなところと言ったのだ。決して、彼が言ったような意味合いではない。分かった上で言っているのだろう。「ヴォルデコフツォ家のお嬢さんにとっては、こんなところなのかもしれないけどさ」というのは、嫌味だろうか。だとしたら、ヴォルデコフツォ家の令嬢から見てもこのようなところなら、伯爵の子息から見てもこのようなところになるのろうし、嫌味にならない気がする。


「まあ、そんなことは置いておいて。ウテナちゃんの言う通り、ミウリアちゃんに用があってここに来たんだよね。ミウリンちゃん、いるかな? いるなら呼んで来て欲しいんだけど」


「ミウリアは今日は用事があるので、部に顔を出せないかもしれないと言っていました。いないと思いますよ」


 やや大きめな声でそう言うと、「いるかどうか一応確認してよ。この部室、部屋の音が全然外から漏れて来ないから、誰がいるのか分からないんだよね」と、部室の扉を指差され、ウテナは渋々部室の中に入る。


「いませんでしたよ」


「本当?」


 嘘だと思ったのか、強引に部室に入るが、キョロキョロ室内を見回してもミウリアらしき人物を見付けられなかったため、「本当にいないんだ」と呟き、渋々ゲーム部の部室から出て行った。


 ウテナが部室の扉を閉じたタイミングで、収納棚の下の方の戸が開き、そこからミウリアが這い出て来る。


 身長が一四八センチの小柄な少女といえど、人間が入ることを想定しない収納スペースに隠れるのは無理があったらしく、体に痛みを感じている素振りを見せた。


「大丈夫か?」


 ファルシュが問えば、「か、から、体が痛い、です……」と、予想通りの答えが返って来る。


 アインツィヒが作った機械を設置しているお陰で、室内の音が室外に漏れないようになっているが、室外の音は室内に聞こえるようになっているため、ウテナが発した大きめの声は、きっと室内にいるファルシュとミウリアには聞こえていただろう。


 だからこうして、身を隠していたのだろう。


「しっかし、お前、なんであの男に付き纏われてるんだ? 見た目が良いからか?」


 ファルシュの言う通り、彼女は見目が良い。


 ウェーブがかった白緑の髪は太腿まであり、彼女が動く度、優雅に揺れる。絹のような細く滑らかで、きちんと手入れをしているのか、繊細な光沢を放っている。見るだけで、柔らかな触り心地をしていると分かった。美しいという言葉では物足りない。これは宝玉よりも価値のある髪だ。この髪を見た後では、綺麗にカットされた宝石を差し出されても、陳腐に感じてしまうだろう。


 深碧の瞳は、髪同様に宝玉よりも価値のある美しさを有しており、吸い込まれるような瞳というのは、まさにこのことだろう。ハイライトが灯っていないことなど些事だ。瞳を彩る豊かで長い睫毛は、見る物を惹き付ける魅力が詰まっていた。


 肌の色は白く、見るだけで柔らかいと分かり、触れれば心地良い温もりを与えてくれるのだろうと理解させられる。頬に添えられた桃色が、肌に気韻を与えていた。


 それらで構成される顔立ちは華やかで、物語に登場するお姫様を連想させられる。品のある可愛らしい顔立ちは、傾国という言葉が大袈裟ではないほど完成されていると言っても過言ではない。


 ウテナ達はもう一人傾国という言葉が似合うくらい見た目が整っている人物を知っているが、あちらが美人系なら、こちらは可愛い系だ。


 前述の通り、彼女の身長は低く、小柄で、華奢な体付きが可憐さを引き立てていた。出るところが出ているムチッとした体付きも相まって、妖艶さと儚さを持った美しい花のようであり、どことなく幻想的な、浮世離れした雰囲気を醸し出している。彼女がそこにいるだけで、まるで夢の中にいるのかと錯覚させられる何かがあった。あくまでも、黙っていれば。


 学園三大美少女に名を連ねているだけのことはある。


 リューゲが付き纏いたくなるのも理解出来てしまう見目の良さだが、どうにも納得がいかない部分があった。


 外見も一つの理由かもしれないが、それだけではない気がする。


「見た目の良さ以外にも理由がありそうな気がするんだよなぁ。なんとなくだけど」


 彼も思うところがあったのか、ウテナの意見に「掌を返す訳じゃないが、言われてみるとそんな気がするな」と言われる。


「リューゲ・シュヴァルツは、ミウリアのどこに興味を持ったのか、何か聞かされていない?」


「あ、分かりません。それらしいことを、毎度、仰ってはいますが……どれも、本当のこととは思えなくて……そのときそのときで、仰っていることが、コロコロと変わるのですよ……」


 ウテナの問い掛けに、ミウリアが弱々しく答える。毎度毎度言うことが違えば、どれが本当のことなのかいまいち判断し難いだろう。


「いっそのこと、被害届でも出すか」


 ウテナの提案に、それは難しいのではないだろうかと、ファルシュが微妙な表情を浮かべた。


「現時点じゃストーカー扱いは出来ないだろ。距離感近い奴の範疇に収まっている上に、いないと分かればその場は引き下がり、理由を付ければその場は引き下がるからな」


「まあ、そもそも全員後ろ暗いものがある身ですし……警察に頼りたくはないのですよね」


 ファルシュ・べトゥリューガーも、ミウリア・エーデルシュタインも、罪状は違えど罪を犯した者同士。それが表に露見しない自信はあるが、泥棒が空き巣に入られても警察に通報することが出来ないように、二人も警察を避けたい身分であることに変わりない。


 命が懸かっていれば別だが、そうでなければ頼りたくない。


「お前らと一緒にするな。私はまだ法を犯していない」


「「えっ」」


「そのあり得ないものを見るような目はなんなんだ」


「だってお前、法を犯すことをなんとも思ってないじゃん」


「詐欺師に言われたくねぇよ」


「前世でファミレス出禁になっている奴には言われたくねぇ」


「あれは小学生のときの話だから」


「ウテナ様は……人と人と思った上で、躊躇なく踏み付けにする御方ですし……法律などとっくの昔に気にしていないと思っていました」


「その言葉自体は否定出来ないな……法を犯さなくても済む世界にいたから、ヴォルデコフツォ家の令嬢という立場を使えば、如何様にも出来るから、わざわざ法を犯す必要がなかっただけだしなぁ」


 ある意味では、コイツの方が遥かに性質たちが悪いな──と、ファルシュは心の中で思った。床でへたり込んでいるミウリアに視線を向ければ、同じようなことを思っているのか、何とも言えぬ表情を浮かべていた。


「そんなことよりも、リューゲ・シュヴァルツのことだよ。リューゲ・シュヴァルツって、ゲームのパッケージに乗っていたキャラクターだよね? 公式サイトにも載っていた攻略対象キャラクターが、何でミウリアに……」


「現時点じゃ分からないと思います……」


「いっそのこと何かやらかしてくれないかな。そしたら宦官にする大義名分が出来るのに」


 宦官の意味を知っているミウリアは引いたような表情で、「宦官にする大義名分って……」と、呟いた。


「お前やっぱりガチ犯罪者だろ」


「失礼だな、エンジョイ勢だよ」


 犯罪者にガチ勢とかエンジョイ勢とかあるのだろうか。ミウリアは密かにそう思ったが、言ったら面倒臭いことになりそうだと過去の経験から察知し、何も言わずに「あはは……」と、微妙な笑みを浮かべた。


「あぁ、でも、最悪ミウリアが奪った異能力達を使えば、やりたい放題出来るよな」


「記憶も消せるし、誰にも邪魔されない空間も作れるし、ある程度の傷なら治せるし、相手が伯爵の子息っていうのが懸念事項だけどね」


「ああ、伯爵の子息っていうのは面倒だよなぁ」


 思考がナチュラルにおかしい二人の姿を眺めながら、ミウリアは今後のことについて思考を巡らせた。

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