嫉妬の結末…
次の日は、織物と編み物の見学をさせて貰えるというので、街の一軒の民家を訪ねる事になった。
案内してくれるのは、厚手のコートから伸びる細く白い手が印象的な、飛び上がる程の美女で…真っ直ぐで長い髪をさらりと動かし、笑顔でアルさんに話しかけている。
案内役なんだから当たり前なんだろうが、二人が笑顔で話す度に、チクッとする胸と葛藤していた。
彼女がアルさんの腕に触れると、とても嫌な気持ちになった。
仕事に集中しなければならないのに、どうしても二人のやり取りばかりが気になる。
二人の方を見ないように心がけると、何とか平常心を保てるようになった。
編み物をする女性達の手は驚く程、滑らかで速く、あっという間に編み上がっていく。
会話をしながらも休まない手元は、ずっと眺めていられる光景だった。
織物も初めて見たが、織り機と呼ばれる機械を使って、糸を渡し寄せる事で布が出来上がっていく、複雑な糸の掛け方をしているので、一度で覚えるのはとても無理そうだった。手順もあり、リズミカルな動きは見ていてとても気持ちいい。
すると、一人の女性が僕の持ってる手帳のパンデピスの刺繍を見て
「とても美味しそうですね」
と言ってくれる
「僕が刺繍したんですよ」
と言うと凄く驚かれた。こちらの国でも、こういう手芸的な物は女性の担当なんだろうか…
「リュカは、何でも出来て可愛くて賢くて、最高なんですよ!俺の想いはなかなか受け取って貰えないんですけど…」
カンヘルが急に話に割り込んできた。女性がクスッと笑って
「それは、頑張ってください」
と言ってカンヘルを励ましている。カンヘルとだと、男同士の恋愛が普通では無いという所は、すっとばかさせる…愛情がどうかという所に焦点が当たるのが不思議だった。
彼の人柄というのか…それには感心する
「リュカ、大好きだよ」
ぐっと手を握られてしまった。
割といつになく真剣な目で告白してくるカンヘル、冗談の中に本気が混じっているのは僕にも分かった
「僕は好きじゃないので、ごめんなさい」
恒例のやり取りだ。ガックリと項垂れるカンヘルに、見ている女性からは、笑いが起こる。振られてもめげないでね〜なんて、声を掛けて貰ってる。
「リュカ行こう」
アルさんから声がかかった…今のやり取りを見られていただろうか…
夜はまたアルさんと同室だと言う事に少し緊張する…
「リュカ…昼間、またカンヘルから告白されてた…しかも手を握られて」
いつもなら、笑って返すのだけど、僕も昼間の綺麗な女性とアルさんのやり取りが浮かび、突然、余裕の無い心が出てくる
「アルさんこそ、案内してくれた美女と仲良さげに話してたじゃないですか…腕触れてたし…」
「リュカ、俺はカンヘルと君の話をしてるんだけど…案内の人が綺麗かどうかなんて、俺にはどうでもいい」
お互いが引かないと、どこまでも平行線だと分かっているのに、僕は苛立ちが抑えれず
「もう、寝ます」
上着とシャツ、スラックスを手早く脱ぎ捨てると、置いてあるガウンに着替え、さっさとベッドに潜り込んだ。
一晩中…アルさんの事が気になり、何度も寝返りを打ち、寝息に耳をすませていたけど…
もしかして声を掛けてきてくれるのでは…と思ったのに、結局そのまま朝を迎えた。
初めての喧嘩…僕は、引かなかった事を少し後悔していた。
僕は昨日の民家に再び出向き、アルさんは、あの麗しい案内人を伴い、他の場所へ行くという。
その事に、苛立ちは更に募る…
別にアルさんが美人に弱いとかじゃないのは分かってる、それならべランジュール王女の方がもっと美しい。
でも、今回は…なんていうか、女性の方にアルさんへの思惑を感じるというか、好意が透けて見えるから…嫉妬してしまう。
そこまで考えて…ハッと気付く。
カンヘルの事に対するアルさんの
僕には、気持ちは無いと何度も説明しているのに止まない嫉妬と、抑えられない気持ちは、今、僕が持っているのと同じだ。
今夜はちゃんと話をしようと思った。そして、昨日の僕の態度も謝らなくては。
そう思っているのに、夜遅くなってもアルさんはなかなか部屋に戻って来なくて、深夜に帰ってくると、少しお酒の匂いをさせていた…
首元に…口紅の跡…
僕の頭には血が上り、悲しみが押し寄せてきて、それは怒りを越えていく。
涙がボロボロと零れてしまう。
「アルさん…やっぱり、僕とじゃダメなんですね」
「リュカ…何で泣いてる?」
「口紅ついてますよ、案内人の彼女の」
直視出来ない、赤い印は、昨日見たのと同じ口紅の色。
お針子だったから、刺繍糸で様々な色の区別をしてきた僕には、分かってしまう。
「確かに…抱きつかれたけど」
正直に話してはくれたのだろうが、抱きつかれたんだという事に…物凄くショックを受けている自分に気付く
「アルさんのバカ!変態!女タラシ!お酒なんて呑んできて!僕は、僕はっ…謝ろうって待ってたのに…」
涙声で苛立ちをぶつける。
「ごめん、リュカ…昨日の俺が嫌で…醜い嫉妬心を少しでも晴らそうと思って…お酒を。でも、彼女とは別に何も無いよ」
「嘘だ!味わって来たんだろ?彼女の事も酒と一緒に!」
次々に飛び出す言葉は、自分の物じゃ無いみたい。
僕は、アルさんの服に手をかけ、ボタンを外した。自分がしている事の判断が出来なくなっていて、シャツの前をはだけさせて、証拠が無いかと探すように…素肌に触れた。
されるがままのアルさんは
「リュカ…愛してるのは君だけだよ」
甘い言葉を言われても、悲しみは治まらない。
「アルさん、僕…こんな気持ち辛い…もうヤダ、わか」
「別れるとか、絶対無いから」
真剣な目のアルさんから、僕の言葉は、
僕の言葉を封じた唇から受ける深い深い口付けは、お酒独特の苦味と甘みの混ざる味がした。
お互いの嫉妬心をぶつけるみたいな、いつもとは違う、言葉じゃなく、身体に聞いてるみたいに相手の気持ちを確かめる行為が始まってしまった。
自分達の寝室では無い場所で行ってしまっている背徳感に加え、求めると返して貰え、激しく求められる事で、僕とアルさんは互いを確認するかのよう…
こんなにも切なくて、確かめたくて求めてしまう熱い感情は、初めてで。
今までの穏やかで甘いのとは違う。
欲望を追いかけるような身体と心は、僕の羞恥心と理性をどこかに置いてきたらしい。
次々に訪れる快楽に浸り、漏れる声が次第に…声帯の機能が狂ったみたいに、悲鳴のようになったのが僕の耳にも届いた。
途端にバタンと扉が開いた音がして
「今!リュカの悲鳴が!…あ?え?」
裸のまま触れ合う二人、何をしてるのかは明らかな光景だったろう…
「カンヘル、そういう事だから。悪いけど、リュカは俺の。分かるだろ?扉を閉めろ。邪魔だ」
見た事ない程のドヤ顔もとても美しいアルさんは、カンヘルが扉を閉めると、こちらに向き直った
「あー、スッキリした。これでカンヘルの事は解決。さぁ、愛しいリュカ…お酒も冷めたし、ここからが本番だから、覚悟して」
恐ろしい事を言われた。
そして、嫉妬する事の意味の無さを朝日を浴びながら知る事となる。
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