北の国へ…波乱の予感
誰の前であろうと、好きだ!付き合ってくれ!と猛アピールしてくるカンヘルに対するアルさんの空気はピリリとしていて、いつも隣で見ている僕は、ヒヤヒヤするばかりで…
今回の視察がどうなる事か…
出発前から心配しかない。
山を2つも越えなくては行けない北の国、ニアラソル王国との交流は殆ど始めてに近いらしく、護衛の数もいつもより多めだ。
今回の目的として、我が国との貿易を取り付ける役割をアルさんが担っている。氷を届けてくれる商人が時々、北の王国から来るので、その商人から聞いた話によると、ニアラソル王国は、冬の季節が一年の殆どを締めているので…活動的な事はあまり出来ず、逆に何を生業にしていいのかが分からないと言っていた。
北の王から書面での相談を受け、我が国と交流すると共に知恵を借りたいのだそうだ…文面の言葉の使い方は丁寧で、温厚な雰囲気だったと、アルさんは言っていた。
家に籠る人々が、編み物や織物の技術を高めているとも聞いたので、元お針子の僕は少し楽しみにしていた。
僕は、右筆官として同行することになるが、アルさんから、一つだけ頼まれていた事があって…
晩餐会に、ドレス着用で参加して欲しいと…この僕に。
書面に書いてあったらしいのだが、北の王国の慣習らしく、晩餐会には女性同伴が必須なのだと、それは、別に奥様で無くても良く、単に宴に花を添えて欲しいという意味合いだと。
ただ、どのような国なのか情報が少なく、べランジュール王女は、もちろんの事、女性を連れて行くのは少し心配で、更には、アルさんの…希望も見え隠れする結果…僕へ女装のご指名。
アルさんが、僕を右筆官へと王に推した時に、理由の一つとして挙げたのだが、危険を伴うかもしれない外交に女性が、必要な場合は、僕を役立てるという…例の話。
本当にそんな役どころが回ってくるとは、思ってもみなかった。
そして、何故だかアルさんは、僕のドレス姿を気に入っているようで。
先日、やはり男だとダメなのか…と思って少し残念な気持ちを零したところ、慌てて言われたのが
「女性であれば良かったのに…では無い!リュカが、ドレスを着ると、その事を恥ずかしそうにしているのが、たまらなく可愛いんだよ…まるで夜露に濡れた花のような色香も漂う。俺の腕の中に抱かれている時みたいに恥らう姿が、平常時に見れるんだ!誰にも見せたくないのに、ドレス姿を人から見られる事を恥じるリュカを…俺は見たいわけで…葛藤と欲望とが混ざる…」
ちょっと言ってる事が意味不明過ぎて解釈が難しかったが、僕の女装が好きなちょっぴり変態さんなんだ…な、という事だけは理解出来た。
好きな人に言われては断れないので、国交の為でもある筈…と自分に言い聞かせ、渋々ドレスを荷物に入れた。
アルさんから貰った、城下町デートで着た、腰から裾までがストレートでシンプルなデザイン。
出発当日は、クロードさんが奥さんと共に見送ってくれた。
最近、かなり僕が仕事を覚え、こなせるようになってきたので、当初のクロードさんの目的通り、彼の仕事を減らし、クロードさんは、念願だった奥さんとの時間を持つことを叶えた。
この間なんて、手を繋いで散歩しているのを見かけた。
新婚みたいに仲良さげだった。
クロードの奥さんが何やら紙袋を渡してくれる
「リュカさん、どうぞ。行きがけに食べてくださいね」
中をそっと除くと、香ばしい匂いのする手作りのクッキーだった。
先日、クロードさんが奥さんの手作りクッキーをあまりに絶賛と自慢をしてくるので、僕も食べたい!と言っておいたのだ。
御礼と共に受け取った。
王子は馬車に乗り僕もそこに便乗する。
両脇は、護衛の騎士が守る形で。
「なんで、カンヘルが一緒なんだよ」
馬車の中で開口一番に文句を言ってくるアルさんは、一応密やかに話をしてくる
「仕方ないですよ、べランジュール王女のお墨付きで、腕前は確からしいです。人を惹きつける能力だけはありますから、北の王国でも役に立つかも知れませんよ?」
「アイツの手は借りたくない…いつも懲りずに、リュカに告白してくるのが…腹立つ」
「大丈夫、僕は彼には全く惹かれてませんから」
その言葉にアルさんは、僕の頬に手を添え…顔が近付く。
その時、外から
「リュカ〜愛してるよぉ〜俺が外を守ってるから、安心して座っていて」
と大きな声が聞こえた。
途端にアルさんの眉間に皺が刻まれる。
「ほんと、アイツ…やだ」
僕は思わずクスッと笑ってしまったので、馬車の窓のカーテンは閉じられ、笑ったお返しとばかりに、唇が塞がれる事となった。
3日かけて、山を2つ越え、無事にニアラソル王国に辿り着いた。
既に僕はかなりの疲労感を感じていた。
とうのも、道すがらも、ここぞとばかりのカンヘルの僕への猛攻というか、告白攻めは凄くて、周りの騎士達は失笑しつつも、カンヘルを応援しているし、段々とアルさんの機嫌が悪くなるのを宥めるのが大変だった。
皆で王宮を目指す…
空は厚い雲で覆われ、雪が止む気配は無い。
僕は、初めて見る雪を場所の窓から眺めた。天から白い塊が次々に降ってくるのが不思議で
「すごいですね、綺麗…」
思わずため息が漏れる
「雪を見ているリュカが綺麗だよ」
相変わらず、キザな人だ。
「カンヘル達、護衛の人達、寒くないのかな、大丈夫だろうか…」
「まぁ、カンヘルは風邪でも引いてくれたら、あの口が大人しくなって助かるが…確かに寒いだろうな、着いたら温かいスープでも出して貰おう」
カンヘルを含め、護衛騎士の事など知らない!とかならないところが、アルさんの優しいとこ、やっぱり好きだな…って思う。
出迎えてくれたのは、遠くから見たら熊かと思う容貌の…
大きなお腹で、フサフサの毛皮を着込んだ老紳士は、頭にも毛皮を被っている。
「ようこそ、我が国へ…わしはニアラソル王国の王、イザーク・ルト・ニアラソル」
「王自ら、わざわざ出迎えてくださったのですか?私は、アルビー・カーライル・クレメンテ・サレールシュタインです」
アルさんが王族のオーラを出している。
改めて、王子様なんだと分かる名乗りに、僕は隣で姿勢を正した。
「隣にいるのが、私の右筆官のリュカ・ファナンです。今夜の晩餐会には彼と出ますので」
「彼?女性ではないのですか?」
「ええ、私の右筆官は、ドレスも似合いますので、外交には、いつも彼を共にして、晩餐会にも伺っております、何か問題がございますか?」
「いえ、ドレスを着て参加頂けるなら、良いのです…確かに女性で無くてはならないという掟はございません故。リュカ殿は、それでも大丈夫ですか?」
僕は急に振られたが、しっかりと答えた。
「ええ、大丈夫です、王子と共に…いつもの事ですので」
いつもって何だよ…と自分でも思ったけれど、アルさんと話を合わせなくては…と必死だった。
一通りこの国の官僚達と会談した後で、通された部屋に着くなり僕はアルさんに文句を言う
「なんなんですか?僕がいつも女装してるみたいな…」
「まぁまぁ、晩餐会でいきなり…よりは良かれと思って。それにね、遠い遠い東の国では、男性か女性か分からない中性的な人物を神のようだと例えるそうだよ」
「あんまり嬉しくないです。僕は、男らしいと言われたいので」
「でもなぁ…本当にリュカのドレス姿は、魅力的なんだけど」
「はいはい、分かりました、お約束ですし、ちゃんと着て行きますから、ご心配無く」
「着替えは、俺がしてあげるから、ほらここにおいで」
「えっ?はい?ご冗談を?」
「冗談では無いよ…そもそもリュカの部屋は、ここだよ?リュカと俺は同室。君は、俺の右筆官なんだから、当然だろ」
あっけに取られる僕の服のボタンに手をかけ、脱がしにかかるアルさんを止める
「ちょ、待って、本気ですか?なんか怒ってます?」
いつもより、強引なアルさんに怖気付く
「だから、本気だって…じっとしなさい。そりゃ、あれだけ我が恋人への愛の言葉を聞かされ続ければね?道中は拷問かと思ったよ」
室内は薄暗く…灯りとなるのは蝋燭と暖炉の光だけ。
暖炉の灯りに照らされるアルさんの顔は全く笑って無い…嘘だろ。
暖炉の火と嫉妬心が重なって見えた。轟々と燃えている。
一枚一枚剥ぎ取られる服…
ただ普通に脱がされているだけで、身体に触られる訳でも無く、単に着替えを手伝って貰ってるだけと思いたいのだけれど、違うのは、アルさんの左右に揺れる瞳。僕の身体を這う視線。
見られているだけなのに、身体中が反応している。
指先は固まるのに、身体の芯はぐらつく。
「まだ、です…か?」
耐えきれず、声を掛けたが
「リュカを見てると、怒りも収まるよ」
そう言われると…
「僕は、アルさんだけですよ?」
少しでも早く服を着せて貰おうと言葉を伝える
「もっと言って…」
「好きですよ…そして、早く服を着せてください」
「リュカぁ…仕方ないなぁ、ほら、袖を通して」
機嫌も戻ってきたようで、ホッとした。
ドレスの後ろのボタンを一つ留める度に、背中に口付けされるので…
その度にビクンとなる僕。クスクスと笑うアルさんに
「くすぐったいんですってば」
やっといつも通りの会話になる。
後ろから抱きしめられると
「本当に…俺のだから、リュカは」
熱の篭った言葉が耳に添えられた。
晩餐会が開かれているという広間の扉を開けると、沢山の男女が正装でテーブルを囲んでいて、立食形式なのか、手に持つグラスを傾けながら、談笑している。
窓の外は雪景色なのに、この広間はとても暖かいので、相当暖炉の火を炊いてるのだろう。
僕らが一歩進むと、視線が集まるのが分かった。やっぱりドレス姿の男なんて可笑しいに違いない。俯きかけるが、自信満々のアルさんから
「堂々と行こう、大丈夫」
声をかけてもらい、前を向いた。
向こうから、地を揺らさんばかりの勢いでイザーク王がやってくる
「これはこれは、先程のリュカ殿ですか?確かに…アルビー王子の言われた意味を理解しました」
僕達の周りには、沢山の人が集まってくる口々に僕のドレス姿を褒めてくれ、不思議な気持ちになっていた。
「シンプルで清楚なドレス…私も着てみたいです」
確かに晩餐会に参加している女性のドレスは、どれも豪奢でレースや飾りが沢山ついていて、腰回りもわざと膨らましている、確かにそれに比べれば、僕のドレスはかなり飾り気は無くて逆に目立つ
「僕でも、ドレス…似合うなら…」
男性もそんな事を口にする。
閉鎖的な国だとばかり思っていたのに、なんという順応性だろうか…
「我が国は、伝統とか習慣は大切にしてますが、外を知らないと思われるのが嫌な人間が多いので、どんな事も受け入れる気持ちを持っていますよ…もしかしたら、今後はリュカ殿みたいにドレスを着る男性も現れるかも知れませんね」
最後に朗らかに笑う王妃から言われた言葉は、印象深かった。
繋がる大地に、線は無いが国の境は存在していて、色々な人々の考えがあって、僕は知らない事ばかりで。
僕とアルさんの事を禁忌のように思っているけど、もしかして…そうじゃないと思って貰える可能性もあるのかもしれない…この国の人のように、受け入れてくれる…甘い考えかもしれないけど、少しだけ未来が明るくなった気がした。
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