始めての視察
いよいよ、右筆官としての僕の仕事も始まった。
まずは、東の隣国であるエルメリア国への視察に付き添う事になった。
今回は昔からの交流のある場所なので、危険は少ないとの判断で、数人の護衛と僕とアルさんのみ。
クロードさんは居ないし、僕の仕事は、アルさんのサポートと記録が主な仕事となる。
特に東の隣国は、べランジュール王女の祖国でもあるので、何度も行き来があるのだろう、とても落ち着いた雰囲気だった。出迎えてくれる官僚達も、和やかで、口々にべランジュール王女の様子などを聞いてくる。王女が慕われていたのが分かり、何となく嬉しくなった。
こちらの国は、国土の大部分を海に面しており、大きな港があり漁業が特に盛んで、我が国との貿易は干した魚などの海産物が多い。
一方の我が国サレールシュタイン王国は、山々と森に囲まれた地形の為、林業を主な生業としている。建築物の技術が発展しており、木材加工のみならず、技術輸出を行い、色々な国へ出向いている。
山の斜面を利用した農業にも力を入れ始めていて、より多くの民が飢えたりなどしないよう、仕事や農作物の豊潤を目指しているところだ。
山の斜面を田畑にする案は、アルさんが、他国から持ち帰った物だと聞いた。
新しい事への挑戦は、受け入れる側の協力あっての物だから…と、アルさんは、説得には時間がかかったんだよなぁ…と渋い顔をしていた。
今後は今まで培ってきた建築技術を活かして水路を整備する計画があり、東の隣国には、かなり昔に水路を整備しかけたが断念したという話があって。
その経緯についても教えて貰うのが今回の目的だった。
アルさんは、日中も忙しく情報収集に動き回り、次々に挨拶に来る官僚達の相手をし、夜には華やかな晩餐会へと出席をした。
僕はそれについて回りつつ、つぶさに記録していった。
アルさんに買って貰ったペンと手帳が活躍する。
結局、僕の手帳には、アルさんと食べたパンデピスの絵柄の刺繍をした…
これも思い出深い物だし、見る度に暖かな気持ちになれる。お腹は減るけどな。
僕は、隣国の王と歓談するアルさんの横で、これがべランジュール王女の父上なのか…と、ぼんやり考えていた。
アルさんの口からは、王女との仲睦まじいエピソードが次々に出てきて…
王女とそんな事していたのか?と僕は一瞬にして嫉妬の炎を燻りかけたが、よくよく聞いていると…
あれ?その
やっとその意味に気付いた。
話のほとんどが僕との事を王女との出来事のように変換しているのが分かって。
逆に恥ずかしくなり、一人コッソリと赤くなったのだった。
やっと晩餐会がお開きになり、完全に夜更けになっていた。
アルさんに呼ばれていたのを思い出し、訪室すると、ベッドに座って寛いでいるアルさんの側に立った
「何か御用ですか?」
「いや、単に
僕の手を握って、下から覗くと、心配そうに聞いてくれる、自分も相当疲れているだろうし、僕なんかよりも何倍も仕事をしていたのに、気遣ってくれるアルさんは本当に優しくて…少し涙ぐみそうになった
「ありがとうございます。疲れましたが、新鮮な事ばかりで、とても刺激されましたよ」
正直な気持ちを話す、僕にとって、始めて国を離れるという体験は、緊張と驚きの連続だった。
「そうか、良き経験になるだろうと思っている」
「アルさんこそ、疲れてないですか?かなりの人数とお話されてましたから…」
「そう、もう、疲れた…人と話し過ぎて俺の口が死にそう…リュカが癒してくれないと、明日は誰とも話せないよ」
目を閉じて、顔をついっと上に向けてくる。凄い理由を付けて甘えてくるアルさん。
これって…僕から…しろって事だよな。
「まだかなぁ…」
すぐに催促が入る。
僕は心を決めて、唇に軽く触れた。
何度もしても慣れない行為は、いつも僕の胸の鼓動を速める。
「もう少し濃いやつ。じゃないと襲うよ?」
リクエストと脅しが共存している。
僕は自分から勇気を出して舌を差し入れた。あっという間に頭がぼんやりと痺れてくる。
してるのか、されてるのか分からなくなってしまう。
好きな人に触れるのは、どうしてこうも、身体中が反応するのだろう。
何度も…なんなら、もっと深い所が合わさった事もあるのに、口付け一つ慣れなくて
「もう、勘弁してください…」
早々にギブアップした僕
「リュカは、いつまで経っても初めてみたいな可愛い反応してくれるから、俺の忍耐と理性が相当に育ってると思うよ」
美麗な顔を手で覆い、困ったように呟くアルさんは、僕におやすみと言うと、部屋へと返そうとしてくれるので
「アルさんもゆっくり休んでくださいね」
少しだけ名残惜しくて、その場に留まると
「リュカ…早く部屋に戻ってくれないと、俺の理性が…あと少ししか持たないよ」
「失礼しますっ」と僕は逃げるように部屋を出た。
流石に、べランジュール王女の国で閨事なんて出来るはずも無く、そこだけは、アルさんも同じ考えだったのだろう。
一週間程で視察は終わり、帰国する。
べランジュール王女に、アルさんと共に報告に行くと
「祖国の話が聞けて嬉しかったです、この国の発展に少しでも役に立てれるならば、更に心が踊ります」
と言ってくれた。
「べランジュール、いつでも祖国には、行けばいいからね。止めたりしないし、王も会いたがっていたから、里帰りに私の許可は不要だよ」
優しく言うアルさんに、べランジュール王女は、微笑んだ。
このお二人は、本当に美しく笑う。
「ありがとうございます、お言葉に甘えて、シャリファとまた、計画してみますね」
とても嬉しそうだった。
アルさんは、大事な事を言い忘れていたとばかりに続ける
「そうそう、そちらのブカレスラバ王から貴方との様子を聞かれ、困ったので、一応私とリュカとの話を貴方との事のように話したのだけどね。その時のリュカの顔が、怒りから赤面へと変わる様は大層見ものだったよ…嫉妬されるのがこんなにも快感だとは知らなかったよ」
聞いたべランジュール王女の目が輝いた。
「それはそれは、とても楽しそうな…私もニコラオス王にお目通りさせて頂く時にはシャリファを連れて、彼女の反応を楽しもうかしら…良い事を教えて頂きましたわ」
二人はニヤニヤしながら、物凄く楽しそうで、僕は若干引いた。さっきの王女の美しい笑顔は、どこへやら…
悪魔の会合みたいに意気投合している二人は、とても感覚が似てるんだよなぁ…
この場にシャリファさんが居なくて良かった。
次の視察の用意を忙しくしていると、僕の所へカンヘルがやってきた
「今回は、俺も護衛として参加するから、よろしくなぁ」
少し波乱の予感がする。
この間のネルソン卿への事に関しては、利害一致ゆえに、共同でお仕置きする二人を見れたが。
あれからは、また微妙な関係に戻っていると聞く。
そういえば…余りの
やはり、本気だった二人。
死なせる一歩手前まで
「リュカと旅行なんて嬉しいなぁ」
「いえ、仕事ですよ?お間違えなく」
僕の言う事など右から左でご機嫌な様子のカンヘル…本当に心配になってきた。
何も起こりませんように…と祈るしか無かった。
今回は山を2つ越えた北の国への視察だった。寒い地域なので少し装備も重ため。
毛皮のコートを着込むアルさんも、凄くかっこいい。見蕩れていると、カンヘルが僕に言う
「アルビー王子ばっかり見てないで、俺の事も見てくれよ〜」
「僕はアルビー様の右筆官ですので」
当然の事だと伝えるが、改めて右筆官の特権だと思った。
いつアルさんを見つめても、近寄って話しても咎められ無い…これって最高じゃないか。
そして、アルさんが先日の東の隣国での視察で僕を、会う人全てに右筆官だと説明してくれたので、僕にもそれが定着してきて、やっと名乗る事が出来始めていた。
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