アイツだ!
僕はクロードさんから仕事の引き継ぎをほとんど終えていた。
誓いの言葉を交わしてから、向かう方向が前だと分かったから。
まずは、執事としての仕事を理解し、こなせるようになった上で、政治や国について学ばなければ、とてもじゃないけれど、右筆官への道に入る事すら出来ない。
以前の僕ならグズグズ考えて、自信の無さを言い訳にしていたけれど。
それではダメだと思えるようになったのも、全てはアルさんのお陰…
そして、べランジュール王女とシャリファさんと共に誓ったから。
クロードさんに対しても、僕がアルさんに見合う人間にならなくては…という気合いが入っていた。
目の前で誓いの口付けをした事が、今もまだ恥ずかしい…
しかもアルさんの口付けが余りに長く、クロードさんからのストップが入った程だった。
それにしても、夜中に僕たちの誓いを見届ける為だけに、礼拝堂に蝋燭の火を灯し、待っていてくれていたのだと思うと、申し訳なくて、少しでも期待に応えなくては!と思うから。
「リュカ殿、この所の仕事への情熱は素晴らしい」
クロードさんが褒めてくれるほど、僕は前向きに取り組んでいた。
そして、彼からは教えて貰う事ばかりで、僕から教えられる事なんて無いと思っていたけど…一つだけあった。
先日の事、僕はクロードさんを連れてハンナさんの厨房へ行ったのだ。
いたく気に入ってくれたみたいで、宮殿内の食堂とは違う家庭的な料理が新鮮だ…と、「教えてくれてありがとう、また来たい」なんて言ってくれた。
クロードさんは、貴族の出身だそうで、上流家庭の育ちみたいだから、ハンナさんの大衆的な料理は、逆に新鮮味があったのだろう。
温かくて優しい味の家庭料理を得意とするハンナさんの料理は、食べた事の無いメニューでも何故か懐かしく感じられる。
しかも、宮殿の執事であるクロードさんに気軽に話しかけていて、僕は誰が来ても、態度の変わらないハンナさんを逆に尊敬した
「食べてくれる人は、皆同じよ!階級なんて気にしてられる程、暇じゃ無いのよ。美味しいと言ってくれたらそれだけで私の友達認定だわ」
と豪快に笑うところが最高だと、僕は、いつも思っている。
クロードさんも、ハンナさんの人柄に巻き込まれ、楽しそうに会話をしていた。
二人が仲良くしてくれると嬉しい。
今日は、書庫の片付けだと言うので、クロードさんに付いて廊下を移動していた。やっと宮殿内の部屋の場所なども覚えられたな…なんて思っていたら、目の前から、忘れられない人物が歩いて来た。
アイツは!
僕の尻を撫で、失礼な事を吐いた奴だ!
見つけた!と思った。
僕の方が隠れる必要など無いし、堂々としていようと、進んでいく。
すれ違う時だった
「おやおや、まだ居たんですか?」
ボソリと吐かれた毒言。
クロードさんも立ち止まる
「これは、ネルソン卿。リュカとお知り合いですか?」
空気がとても悪くなったのを感じ取った
「いや、別に…会ったことなど無いし、こんな子は、そこらに履いて捨てる程、居るだろ?知らないね」
嘘だ!尻を触ったくせに!さっきも僕だと分かって、まだ居たのか?と言ったよなぁ?喉元まで出た言葉をグッと飲み下した。
忙しいので…と嫌味な顔をニヤニヤさせてネルソンは去っていった。
クロードさんから聞くと、年齢は30歳程のネルソン卿は、ヴァンブルグ公爵の長男らしく、それを
そして、僕を執事からお針子へと勝手に戻した犯人は、多分…ネルソン卿だと。
彼の属するヴァンフルグ公爵家は、第一王子を推している一族なので、活躍する第二王子のアルさんを煙たく思っているのだ。
第一王子自身は、穏やかな人で…あまり前に出たがらない人なので、余計にネルソン卿の力が強まっているとの噂もあるらしい。
一通り教えてくれた後
「で?ネルソン卿からは、何をされたのですか?」
クロードさんは、いつものお茶目な雰囲気を封印して、執事然とした態度で僕に問いかけた
「少し前なんですけど…お尻を触られまして…色気で王子に取り入ったのか?と言われました」
あまりの気迫に押され、正直に答える僕
「まぁ、リュカ殿の色香にアルビー様がやられた事は真実ですけど、誘ったりなんて器用な事は、貴方には無理でしょう」
クロードさんは、眉間に皺を寄せ、考えている。
「アルビー様には私の方から報告はさせて貰います、良いですね?」
これは、僕に聞いてるのでは無く、決定事項になってるよな…と思ったけど、いつになく怖い顔をしているクロードさんに突っ込むなど、僕に出来るわけもなかった。
その数日後だった…
「リュカ、聞いたよ」
ビクッとなる僕…低音の声が怖い。
「いや、すまない、リュカが悪いのでは無いから…」
アルさんは表情を柔らかくして、心配そうに僕を見つめた。
「クロードさんから聞いたんですか?僕は、もう気にしてないですよ、腹が立ってるだけで、いつか、仕返ししてやりますよ!」
「リュカ、強くなったね、前は泣いていたのに…」
「そりゃ、僕は…いずれは、アルさんと共に活動する右筆官になるんですから、弱くては側に居ても邪魔になるだけです。それに一人じゃないですし、味方が沢山居てくれてるのも、今はちゃんと分かってますよ」
笑顔で答える事が出来て良かった。
すると、突然ギュッと抱きしめられる。この人は、すぐに僕を甘やかしにかかる
「リュカ…どんどん好きになるんだけど、俺はどうしたらいいんだ?」
「知らないですよ、そんな物好きはアルさん位だと思うので」
「俺だけで良いよ。でもね…ネルソンに関しては、悪い噂が多いから、いずれは捻り潰してやるよ…リュカのお尻を触りやがった罪は相当に重い…本当なら斬首刑にでも…」
怖い事を言う…しかも、目がなかなかに本気。
逆にネルソン卿が心配になるほど。
彼は、敵に回してはイケナイ人に恨みを買った訳だ。知〜らないっと。
数日後、ネルソン卿は名誉騎士に昇進?したそうだ…
どうやってしたのか分からないが…まぁ、王子の職権乱用なんだろう…割とアルさんは、したい事那覇関しては、ごり押しするタイプだと、僕は知っている。
そして、その力もあるという事を見せてくれたという訳だ。
あっという間の配属に、ネルソン卿は根回しする暇も無く…
更に、どうやら…
ネルソン卿には、アルさん自ら出向いて、指導する…と。
それはそれは、悲惨な結末が見えたな…と僕は思った。
しかも、何故か…普段はアルさんと仲の悪いカンヘル…というか、僕に好き好き言ってくるカンヘルをアルさんが勝手に敵視してるんだけど…
そのカンヘルまでもが、指導に参加すると聞いて耳を疑った。
これは、後からシャリファさんから聞いた話で。
めちゃくちゃご立腹のアルビー様は、僕が意外にもあっけらかんとしていたので、却って怒りを向ける先を無くして、カンヘルに八つ当たりしたそうだ…
そして、訳の分からないまま受けた八つ当たりの理由を聞いたカンヘルが、アルさんと手を組むことになり…
諍い果てての契りというか…
「リュカに何してくれたんだ!」
と、二人で叫んでいたらしい。
「麗しい二人に好かれて大変ですね…」と…これは、べランジュール王女の台詞。
なんか、皆んなして、面白がってる…
深刻にならずに済んだ事は、良かったと思った。
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