第50話 一時休戦、一緒に潰そう

 キイは毒の雨などもろともせず、持てる力の全てでこちらへ向かってくる。戦況的には私たちが圧倒的に有利なはずなのに、恐怖と焦燥に駆られる……ヤツの気迫がそうさせているのだろう。

 しかしここまで弱った彼女の攻撃は、決して対処できないわけではない。前衛で戦うことの少ないクロエちゃでも、しっかり目で追って避けられるほどだ。


「今のあなたは生命を維持させるので限界なはず。そのやせ我慢もいつまで続くのかしら?」


「冒険者を、根絶やしにするため……!」


 余裕綽々のカトレアと、満身創痍のキイ。二人の間に存在する圧倒的な『実力差』は、いくらあがいブーストしても埋まることはない。腐った床がただ赤く染まっていくだけ。


「――P.R.I.S.M.プリズムとやらがなぜそこまで冒険者を敵視するのかは分かりませんが……『最弱』である私たち相手にこのザマでは、その目的も達成されないでしょうね。だから和解を持ちかけたというのに、強情ですねぇ……」


 カトレアはキイがその命を懸ける意味を見いだせず、肩をすくめる。本人的には情けをかけているつもりなのだろうが、それを聞いた彼女の表情はより一層険しくなり、歯を食いしばって睨みかかっている。


「それか、とか……」


「黙れええええっ!」


 キイは口内に溜まった血をカトレアに吐きかけながら、和解の道を断つ。どうやらP.R.I.S.M.が冒険者を憎む理由については、本人もよく分かっていないようだ。

 ということは、彼女はただ組織の上層部に利用されているだけなのかもしれない……!


「待ってキイ、冒険者を倒すっていうのは誰かから指示されたことなのか!?」


「『獅子座ししざのレオナ』ともあろう者が……まあいいでしょう。他の皆さんに周知させるためにも、軽く話しましょうか」


 キイは視線を私からカトレアに移し、アイコンタクトで何かを訴える。受け取り手も意図を察したようで、指を鳴らして『ポイズン』の使用をやめる。

 全身を蝕む毒は一瞬で消え去り、キイも自身の免疫力を強めブーストすることで元の状態へと戻っていく。


「ふぅ~……あっ、そんなに身構えないで大丈夫ですよ。そもそも今キイが暴れても、またアノ人に毒を注入されるだけですし」


「ふふ、置かれた立場をちゃんと分かっているようですね~。私がいる限り、あなたがこのギルドを落とせる確率はゼロですからね」


 自身の一現性能力ワンオフをちらつかせながら、キイのことをにこやかに威圧するカトレア。うわ、ガチャ画面で出てくる時と同じ表情だ……その顔で『確率はゼロ』とか言うな! 前世での爆死の記憶がフラッシュバックして、毒を食らっていないのに気分が悪くなる。


「――いちいち言わないでいいですから。とりあえず簡単な説明をするなら……キイは『冒険者を倒す』ということを、周囲から教えられて育ってきた。ただそれだけです」


 ただれた腕の皮膚を驚異的な回復力で治しながら、彼女は自身の境遇からくる行動原理を語る。ここでの『周囲』というのは、P.R.I.S.M.内で彼女の所属するチーム・レインボウのことだろう。その連中から冒険者への敵意を刷り込まれてきたってわけだな。

 ある意味でコイツはチーム・レインボウの『イエスマン』ということになる。予感通り、やはり私と重なる部分があったようだ。


「なるほど。ならばキイは、レインボウというヤツらのいいなりとゆーこと、ですわね」


「姫様だからって調子に乗るなよ小娘! レインボウのみんなは身寄りのないキイを拾ってくれて、一緒にいてくれた……キイにとっての『全て』なんだよ! だからを倒すことが、みんなへの恩返しなんだ!」


 仲間への思いを剥き出しにして、とってつけた敬語もやめて。彼女は快復した全身を躍動させ、ブーストによる超スピードで私の背後をとる。後ろを振り返った時には、キイは私の顔目がけて脚を振り上げていた。


「しまった、もう遅いか……あれ?」


 全てを諦めて目を背けたものの、ヤツの蹴りはいつまで経っても顔には到達しない。これも『全員が無事で帰る』というイエスマンの効果によるものなのか? おそるおそる目を開いて状況を確認すると、


「これってまさか……!?」


「ええ、そのまさかですよ。ただいま戻りました」


「ふ、フウカ~!」


 そう。私を寸前で守ってくれたのは、イリーゼパーティーの五人目のメンバーであるフウカ・ムウカその人だった。これまで使っていた木製のものとは違い、艶のある銀色の杖を携えている。おお、確実にグレードアップして帰ってきたんだな!


「遅くなってすみません。でもなんとか間に合ったみたいですね!」


「フウカ……なぜお前がここに戻ってこれた!?」


 確かに変な話だ。あの時フウカは瀕死の重傷を負って、一度キイに攫われた。傷の治りはブーストによるものだとしても、彼女は形式上P.R.I.S.M.に所属することになったはず。どうしてすんなりとここまで帰れたんだ?


「P.R.I.S.M.っていうのは本当に不思議な組織なんですね。モンスタアのヤツらに『キイに襲われた』って言った途端、すぐに解放してくれましたよ。チーム間でかなりギクシャクしているようですね」


 ああ~……確かにキイは『超巨大モンスター襲撃事件』の時に、チーム・モンスタアのヤツを利用して、かつ途中で見限ったんだよな。私を快復させたのもモンスタア陣営に痛手を負わせるためだし。

 つまりキイは自身の行動で恨みを買い、本来であれば脅威であるはずのフウカをみすみす復活させてしまったわけだ。自業自得というか、レインボウ陣営から利用されている分かわいそうというか……とにかく不憫であることは確かだ。


 コイツのしてきたことは到底許されることではない。また、これから先もチーム・レインボウとして悪さをさせるわけにもいかない。だけど人生をやり直す機会も与えられないまま、キイを倒してしまうのは憚られる。少なくとも私にはできない……。


「――なあキイ。一緒にP.R.I.S.M.をぶっ潰さない?」


「はぁ? 何言ってるんですかレオナさん、なんでそんなマネを……」


「とか言いつつ、レインボウ以外のチームは潰す気じゃん? だったら一緒にやった方が効率良くない?」


 自分でも危険な誘いであることは分かっている。だけどこれくらい大胆にいかないと、コイツはカトレアの毒で今度こそ即死だ。


「だからキイ、お前もこのギルドで冒険者にならない? 他のチームのヤツらを一通り倒して、それからレインボウへの恩返しについて考えればいい。私はさ……こんなところでお前に死んでほしくないんだよ!」


 敵に感情移入するなんておかしい、そんなこと私が一番分かっている。みんなからの視線が冷たい。なんでソイツを許すんだ? なんで庇うマネをするんだ?

 そんなの直感的に、私がコイツを護らなきゃいけないと思ったからで……そうか、イエスマンの『全員無事』って指示には、キイのことも入っていたんだな……!


「確かに魅力的な意見ですね。倒すべき敵が一致しているなら、アナタ方と協力して倒すのもアリかもしれません……ギルド長、それでもいいですか?」


「――いいでしょう。私はキイさんのギルド入りを歓迎しますよ。裏切るようなら、全力で毒を注入すればよいだけの話ですしね。それでは我がギルドの一員として、精一杯クエストをこなしてもらいますね~」


 こうして、最弱ギルドとキイは一時休戦。私たちの目的はひとまず『レインボウ以外のチームを壊滅させる』こととなった……。

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ゲーム世界にTS転生した俺は、最推しの言うことならなんだって聞ける 最早無白 @MohayaMushiro

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