第49話 本領
「おや、怒りに任せて突っ込んでくると思っていましたが……こうして冷静に戦況を判断するのは、さすが『チーム・スフィア』のトップと言わざるを得ないですね。記憶喪失でも根っこは変わらない、というわけですか」
どうも
ということは、ヤツは自身の一現性能力に気づけないまま私に
「――あっそ。いくら懐かしがっても、ソイツはもうどこにもいないよ」
それを踏まえて、私は
あくまでも私は私で、俺なりに好き勝手に、この体を使ってグラクリ世界を生きるんだ。
せっかく一度死んで、出会うはずのなかった『最推し』と出会えたのだから。
「――なるほど。アナタはレオナさんであって、レオナさんではないと。まあいいでしょう、アナタが不完全になったおかげでスフィアは実質的に崩壊、イリーゼ・リルファバレルの存在なしではまともに一現性能力すら使えなくなったわけですからね。他チームからしてみれば僥倖というものです」
おいおい、思っていたのと違うぞ。オリジナルはイエスマンを使わずじまいだったんじゃないのか!? そうじゃないと、ハナからイリーゼたんの指示なんて聞けないだろ!
「まるで以前の私の方が強かったみたいな言い方だな。私の一現性能力は『イリーゼたん専用』なのにさ」
「実際そうだったから言っているんですよ。今のアナタはイエスマンの本領を発揮できない、いうなればただの雑魚です。それを証明するためにも、お次はアナタの大事な大事なイリーゼを手にかけてみましょうか~?」
このままイリーゼたんにまで瀕死の重傷を負わせるわけにはいかない。なんとしても食い止めないと!
だけど『全員無事でクエストをクリアする』のと『キイを倒す』ことは両立し得るのだろうか……? どんな無茶なお題でも何かしらの方法で解決してきたイエスマンだが、その解決方法は『なんか思っていたのと違う』ものばかりだ。それゆえに指示の条件を増やしすぎると、ほぼ解決していないも同然の結果を突きつけられる。
だからこそイエスマンは扱いが難しく、決して間違えられない……しかもその舵を自分自身ではなく、イリーゼたんに握らせている。一つの行動で二人が破滅に陥ることだってあるのだ。
「――イエスマンの明確な弱点、そこを突こうとするのは合理的な判断だと思います。ですがそれは私の前では通用しない。本領を発揮できないのはあなたもですよ。ね、クロエさん」
「ギルドちょーのワンオフ、おてなみはいけんですわね」
特に打ち合せをしたわけでもないのに、クロエちゃはカトレアの呼びかけだけで『スコール』による暴風雨をギルド内に降らせる。既に原型を留めていないそれが一気に崩れて、腐っていく。それはキイの素肌も例外ではなかった。
「これはまさか……毒!?」
「その通り。今この瞬間から、あなたの全身には毒が回りました。あとは私から言わないでも分かりますよね?」
「常にブーストによる回復を強いられる……確かに本領は発揮できないですね」
おそらくカトレアはあの一瞬で、クロエちゃの降らせた雨に自慢の『ポイズン』で毒を仕込み、それをキイの身体に付着させたのだろう。毒の存在など当然知らないキイはそれをモロに食らい、まんまと弱体化してしまったわけだ。
それにしても、私たちには毒が付かないよう調整できるのがすごいな。要は雨の軌道や飛び散り具合をしっかりと見極めているってことだろ? バケモノか何かなのか?
「――取り引きをしませんか? あなたの全身を蝕む毒を取り除く代わりに、病床に伏した町民やミレイユさんを快復させる……どうです、決して悪い話ではないと思いますが」
そんな完全に優位に立ったカトレアの出した提案は、まさかの『和解』だった。なぜそのまま倒しにいかないんだ? もしかしてこのやり取りも『想像の外からの攻撃』の一部ってことなのか?
「そんなことして、一体キイになんの意味があるのです? アナタの毒は確かに強力ですが、その進行の速度よりもブーストによる免疫力が上回った場合、キイの完全勝利というわけになりますが〜?」
「そんなもの、体内の毒を別物に変えてしまえばいい」
「ちっ……!」
彼女はいつものおっとりとした言動をとる『ギルド長』としてではなく、淡々と自身の一現性能力を操る『冒険者』として振る舞う。普段優しい人が珍しく怒った時のような、そんな威圧感と空気感に包まれる。
「アナタの言い分は分かりました。どうせこのまま戦いを続けても、多種多様の毒を入れられて消しての繰り返しですからね。それでも……」
キイは口内に溜まった血を吐きながら、黄色のボブカットをかき上げて歯を食いしばる。まさかコイツ、毒に構わず戦う気か!
「それでもキイはP.R.I.S.M.として、チーム・レインボウの一員として! アナタたち冒険者を沈める使命がある! この程度の痛みなんて、いちいち構ってなどいられない!」
ヤツはもう自身の実力の半分も出せないだろう。それでも組織やチームのために、その身を犠牲にしてでも突っ込んでくる……その姿が一瞬だけ自分と重なったような気がして、私は思うように拳を固められずにいた。
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