第48話 ブーストの方向、そして軌道

「ひい、ふう……ちょっと、キイ一人相手に七人がかりでくるつもりですか? それってズルくないですか~?」


 キイは指差しで敵の数をカウントしつつ、その人数差に対してぶーぶー愚痴を垂れる。そうやって不満そうに顔を膨らませても、こちらとしてはお前に合わせる義理はない。


「ええ、P.R.I.S.M.プリズムにとってはズルかもしれませんね。しかしウチはこの国で最弱のギルドでしてねぇ、今いる戦力をかき集めなければ、あなたを下せないんですよ」


「なるほど、雑魚どもが群がっているだけでしたか。それなら安心ですね……アナタ方の攻撃など無視して、一人ずつ確実に倒していけばいいのですから」


 コイツからしてみれば、私たちが束になって襲いかかったところで、なんら脅威でもないのだろう。それもそのはず、仮に『自然治癒する速さ』をブーストすれば、理論上どんな一現性能力ワンオフによる一撃も耐え切られてしまう。ヤツは実質的に不死身なのだ。


「――と、いうわけで。まずは誰から沈めましょうかね~? まあいいや、さっきと変わらず鎧のアナタからにしましょうか。そろそろアナタ方をおちょくるのも飽きたので……?」


 その言葉の直後、キイは一瞬にして消える。ミレイユ様とファーランドが二人がかりで拘束していたというのに、当然のようにそこから抜け出してくるとは……さすが『ブースト』といったところか。


「「どこへ行った!?」」


「はいはい落ち着いて、キイはここですよ~」


 キイはギルドの入口側に陣取り、わざわざ私たちの正面に姿を現す。挑発のつもりか、あるいは狙いがあってものなのか。未だ全容の見えない『ヤツの想像』はどんな結論をはじき出すのだろうか……。


「表情からして、今まではかなり手加減していたようだな」


「騎士団あがりもナメられたものですねしかしロープが千切れたわけでもなければ、ミレイユさんの鎧も全く弾けていない……なぜだ?」


 ファーランドの言う通り、キイは『自身の身体能力を上げた』ことで拘束をブチ破ったわけではないようだ。となると、ヤツがブーストさせたものは……。


。力を『負の方向』にも増幅できるってわけだ」


「正解、さすがレオナさんですね~。もしかしてP.R.I.S.M.としての記憶が戻ってきた、ってことですか~?」


「不正解、相変わらずそんな記憶はないよ」


 なんたってこっちは転生したわけだからな。元の『レオナ・イザリドロワ』の人格はここにはいない。きっとどこかで転生でもしてるんじゃないかな? 私みたいにさ。


「あらら、外れちゃいましたか。それにしてもさっきはキツかったなぁ……うわ、ロープの跡がついてるじゃないですか~! とりあえずコイツを消して、と」


「跡が消えた……あの時レオナがすぐ戦いに戻れたのも、それのおかげってことなんだ」


 イリーゼたんは綺麗に元通りとなったキイの腕を見て関心しつつ、冷静にヤツの一現性能力の一端に触れる。何も考えないフリースタイルで戦うためには、ヤツの情報を少しでも頭に入れておく必要があるからだろう。


「ええそうですよ~。ブーストのちょっとした応用で、そこにいるアナタの従者も快復させたんです。少しくらいは感謝してくださいな、リーダーさん?」


「そりゃどーも。でもそれとはこれとは別だから」


「分かってますよ……なるほど、


 そんな宣戦布告を軽く流しながら、キイは何か目で追いだす。ブーストされた視力で何を見ているかは見当もつかないが、それがヤツの一手に繋がることは確かだ。


「――もらった。まずはミレイユの首を……なにっ!?」


「残念でしたね~。誰もあなたのブーストには追いつけない、とでも思ってましたか?」


 ミレイユ様の側でキイとケイプは拳を交える。二人以外は視認することすらできない速さで、私たちの戦いは静かに始まっていた。高速移動の副産物である爆音が遅れて響き、ギルドの床が勢いよくめくれ上がる。


 マジかよ、これがブースト同士による超スピードバトルってことかよ……!


「なぜアナタがキイの速さについてこれるんですか!?」


「敵にそんなことを教えるとでも思っているのですか~? 甘い!」


 ケイプは忠実にコピーした一現性能力ブーストで、持ち主にボディーブローの応酬を浴びせていく。しかし直接攻撃は全くの無意味、それはコピーした彼女が一番よく理解しているはずだ。

 それでもケイプは打撃をやめない。そうか、二人は今『パンチの速度』と『治癒の速度』を競っていて、互いが互いに行動をロックしているのか!


 だとすれば話は早い、このまま私たち全員でキイを叩けばいい! ほぼ同じタイミングで飛び出したイリーゼたんとともに、拳を振り抜く構えをとりながらヤツのもとへ駆ける……!


「――まさかブーストを対策されるとは思いませんでしたが、それでも甘いのはアナタ方の方ですよ。さっき前もって言ったじゃないですか、キイは『本気でいく』って……ぐふっ!」


「「「なにっ……!?」」」


 あろうことかキイはケイプからの一撃を、それまで規則的に続いていた『ブースト同士がぶつかり合うタイミング』をズラしたのだ。

 そして強引にこじ開けた隙を突き、キイは容易にミレイユ様の背後をとって、鎧越しに彼女の骨を砕いていく。確実に『折れた音』が、半壊したギルド中に響き渡る。


「くぅ……ぶふぁっ……!」


「ミレイユ様ぁぁぁっ!」


 銀色に輝く騎士の鎧を、血液の赤がすこしずつ侵食していく。キイは事務的な表情を浮かべながら床に転がったそれらを本体ごと雑に蹴飛ばし、次の獲物を探すべく目を光らせる。


「おい……いや待てよ、どうなってるんだ?」


 私は衝動的にキイに怒りの矛先を向けるも、すぐさまある異変に気づき思考を整える。決して仲間を足蹴にされたことを許したわけではない。しかしここで我を忘れてヤツに突っ込んでいくわけにもいかない。

 私の一現性能力であるイエスマンで、このクエストを『全員無事でクリアする』ことは約束されている。しかし今はどうだ? フウカは形式上P.R.I.S.M.側に寝返り、ミレイユ様は瀕死の重体。決して『無事』で済ませていいような状況ではないはずだ。


 だとすると、ケイプがミレイユ様の治癒力をブーストし速めて……ダメだ、その隙に全員やられるのが目に見えている。本末転倒だ。

 クソ……もういくら頭で考えたって分からない、既に決まりきったゴールへとたどりつくには、私たちは一体どう動けばいいんだよ……!?

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