第46話 最弱

 ミレイユ様が足止めしている間に、私たちはあてもなくギルドから距離をとる。しかし逃げてばかりでは状況は何も解決しない。逆転の一手を、誰の相談もナシに編み出さなければならない。


「まさか騒ぎの元凶が、あれほどまでの強さを誇っていたとは。全滅せずに帰ってこれただけでも御の字ですねぇ」


「なにのんきなこと言ってるんですかギルド長。私たちまで死んでいたのかもしれないんですよ!?」


「いやいや、それはないでしょうよ~。あなたがいる限りはず、ですよね?」


「――ええまあ。しかしあの場面で真っ向からぶつかれば、甚大な被害が出ると判断したので、共に逃げることにしました」


「ふふ、正解ですよ」


 褒めているかどうか微妙なラインのカトレアの意見を、容赦なく切り捨てる一人の女。あのキイと互角に戦える一現性能力ワンオフを持ったヤツなんて……あっ。

 あの時ちょうどカトレアの体で隠れていたのか、私たちは彼女の存在に気づけなかった。冷静に考えれば一人だけいたじゃないか。 『一現性能力を模倣する一現性能力』の持ち主が……。


「あー! お前、あの時のヤツかよ! エロ女!」


 ソイツはかつてフウカの『スライム』にタダ乗りし、自身の欲望のために町をスライムまみれにした正真正銘の変態……もとい『コピー』の一現性能力を操る女だった。


「エロ女とはなんですか! 私はただ『女性が耳まで真っ赤にして恥ずかしがる姿』が見たいだけの、至って健全で純真な冒険者ですよ!」


「しっかり不健全で不純なド変態だよ! ……でも、今はそんなあなたの手も借りたいほど緊迫した状況なんです。力を貸してくれませんか?」


 目には目を、ブーストにはブーストを。圧倒的なパワーとスピードで襲いかかるキイに対抗するのに、ソイツと同等に渡り合える存在は非常に大きい。問題はこの女がすんなり私たちと協力してくれるかどうかだが……。


「――そりゃあ、やるだけやってみますよ。間違いを犯した私を拾ってくださったギルド長への恩もありますからね。となると、ここから引き返して視界にヤツを収めなければ」


 なるほど、ある程度キイに近づかなければコピーできないのか。そういえばあの時も茂みに隠れて私たちの近くにいたな。

 しかし、キイにバレないように接近できるものなのか? ヤツはこちらを探すために、当然視力もブーストしてくるはず。先に気づかれて急接近されたらほぼ詰みだ。それに……。


「向こうが速すぎて、こっちからは姿んだもんね。せっかく近づけても……ごめん、変態さんがコピーできるかは分かんないね」


「いや『変態さん』ってなんですか~! 確かにイリーゼパーティーとは名前も言わずに戦いましたけど! 私はケイプ・ファララビア……まあ、この際覚えていただかなくても結構ですよ。どうせあなた方は『変態』とか『エロ女』なんて呼び方しかしないんですから」


「べつにそんなことないですわ、


「もっとひどい!?」


 毒の一現性能力を持つカトレアを差し置いて、誰よりもドス黒い毒を吐いたのはまさかのクロエちゃだった。先日から心置きなく冒険者として活動できるようになったからか、言葉遣いに反してなかなかぶっ飛んだ内容を言い放つ時があるんだよな。王女時代に抑圧されていた反動か?


「もう、じょーだんですわよ。きょーりょくしてくれてありがとーございますわ。ではわたくしは、わたくしなりのワンオフでみなさんをサポートしますわね!」


 すると風が吹き荒れ、一帯を豪雨が襲う。全てクロエちゃの『スコール』によるものであり、彼女曰くこれがサポートになりえるらしい。


「あめにちゅーもくしてくださいまし。もしキイがこちらにむかってくるとしたら、あめのうごきがすこしブレるはずですわ!」


「ふう。元王女様は無茶な注文をするのですね。ですが雨よりも頼るべき存在がいるはずです。それのおかげで今もこうして対策を立てられているのですから……」


 カトレアはクロエちゃの頭をぽんぽんと撫で、その身を翻す。ガチャ画面でも、ギルドにいた時でも見られなかった、いつになく鋭く光る紫色の眼。その姿はまさに『ギルドの長』そのものだった。


P.R.I.S.M.プリズムというのは、どうやら冒険者を倒すための組織らしいですが……となると、残りの方々はどう思うのでしょうね?」


「――完全に『やる気』ですね、ギルド長」


「所属してもらっているあなた方のこともありますからね。それに、ケイプさんはお相手の絶望する顔を見たくはないのですか?」


「見たいか見たくないかで言えば、圧倒的に見たいですね。おそらく顔を真っ赤にして、負け惜しみでもするんでしょう? うふふふふ……」


 カトレアはおそらく『想像の外からの攻撃』を思いついたのだろう。エロ女と何やら不穏な会話を交わしながら、立ち止まる私たちを横切り、ギルドに向かってゆっくりと歩きだす。

 キイに一現性能力の詳細がバレていない二人だからこそ、すぐに結論にたどりつけたのかもしれない。だからといってプランが固まっていないヤツを置いて戦地に戻るのは……。


「皆さんは帰る間にゆっくり考えておいて大丈夫ですよ、私が最弱ギルドうちの冒険者さんは一現性能力にまとまりがなさすぎますからね……でも、それを最高効率で操るのが、ギルド長である私のお仕事ですから! じゃあ皆さん、行きますよ~!」


 ――機は熟した。

 『最弱』である私たちが個の力を合わせて抗い、そして勝利する。未だ不明の一手によって。

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