第40話 現実から真実に

「はい、記憶喪失はおよそ一か月前からですね。まるで魂が別人のものになったかのように、上手く過去が思い出せないんです」


 直近の事件の容疑が晴れたことで、私も割と肩の力を抜いて回答できた。そして今回は『記憶喪失』というテーマの都合上、さっきのように詰められる心配もない。どれだけ質問されても、そもそも答えを知らないので嘘もクソもないのだ。


「一か月前か。割と最近のできごとなのだな。そしてそれ以前の記憶はない、と……。だとすると、時期からは何も判断できそうにないな」


 第三王女は顎に手を当てて、次なるアプローチを模索している。対する私も質問にどう答えればいいかが掴めず、お互いに難しい顔をして悩んでいるわけだ。


「魂が別人に……では、貴様が『記憶喪失である』と理解できたのはいつだ? それと、理解できた原因は何かあるか?」


 なるほど、今度は時期ではなく原因から探っていくわけか。それにしても分からないものは分からないのだが、手がかり自体は掴めるかもしれない。


「それも一か月前ですね。海で倒れているところをイリーゼたんに拾われ、質問を受けているうちに記憶喪失だと実感しましたね」


 まあ、転生だからそもそも喪失する記憶すら持っていないんだけど……ん?

 私的には『記憶喪失ではない』と思っているのに、なぜかライルさんが『嘘である』とみなしてこない。


 そりゃ、この体はもともとレオナのものだから、彼女からしてみれば事きし実なんだけどさ。

 詰められないに越したことはないけど、少しだけ違和感を覚える。


「意思疎通自体はできるとなると、どうやらレオナとしての記憶だけが抜け落ちているようだな。かなり不自然だが、今はそう考えるしかないだろう。また手詰まりか……」


 思うような情報が入手できず、第三王女は悔しさを滲ませる。

 私からしても過去のことは知っておきたかったので、彼女の気持ちはよく分かる。未だレオナ・イザリドロワという存在は謎に包まれたままだ。


 しかし、いずれは全て思い出して、これまでヤツが犯したであろう罪を償わねばならない。それが今の私にできる精一杯のことであり、私がこの世界に転生した理由になり得るのだと思う……。


「――これ以上、レオナについて深掘りできる要素もなし……どうやら質疑応答はここまでのようだな。結構な時間をとってしまって申し訳ない。ライル、王城の外まで案内してやってくれ」


「はい! 王女様の命であれば!」


 第三王女の右腕こと、黒服のライルさんについていく形となる。テレポートを使えば一瞬なのに、なぜわざわざこんな手間を?

 王女の不自然な判断について考えを巡らせていると、意外にもライルさんがこちらに話しかけてきた。


「――まずは質疑応答、ご苦労だった。我も影より貴様の回答に耳を傾けていたが、一度しか嘘を吐かないとはな。見かけによらず、ここまで芯の通った女だとは思わなかったぞ」


 なんだ、これは一応褒められているって扱いでいいのか? というか、私ってそんな嘘をついてそうな見た目をしてるの!?


「あ、ありがとうございます……それにしても、まさかあの部屋にもう一人いたとは思いませんでしたよ。しかも嘘が分かる一現性能力ワンオフだなんて」


「当たり前だ、我は影に生きる者だからな。気配を消してこそ、王女様の右腕として尽力できるのだ。一現性能力についてはな……コイツのおかげで、我は王女様に拾われたのだよ」


「拾われた?」


 さっきの質疑中に、あの二人は私とイリーゼたんのような関係だとは感じていたが、ここまで要素が一致するとは。グラクリ世界は狭いのかもしれない。


「ああ。我はもともと冒険者を志していた。親も夢を応援してくれてな、何代も前から大切に保管していたという、透命石クリアストーンを託してくれたのだ」


 レベルカードを作るための透命石が、まさかそこまで貴重なものだとは。あの時イリーゼたんが出してくれたのって、実はかなりのギャンブルだったんだな……。結果として彼女の目標の一つである『パーティー結成』にこぎつけられたから、一応判断ミスではなかったと信じたい。


「我は皆の期待を胸に、王都のギルドにてレベルカードを作成してもらった。しかしそこに書かれていた一現性能力は『トゥルー』という、対象の嘘を見抜くだけのものだった……!」


 不憫な扱いを受けた過去を思い出してしまったのか、ライルさんは声を荒げてしまう。マズい、思いがけず掘り返してしまった……。


「申し訳ございません、まさかライルさんにそんな過去があったとは知らずに……」


「構わんよ。我は貴様について何も話していないのだから、このような事故は起こって当然だ。むしろ説明もなしに感情的になりかけた我が悪い」


 そういう指示があったとはいえ、さっき嘘をついただけで銃を突きつけてきた人とは思えない。本来の彼女はこんなにも優しい方なんだな。


「それからというもの、我は冒険者として最も重要といえる一現性能力を腐らせた状態でクエストに挑むこととなった。当然こんなヤツをパーティーに引き入れてくれる物好きはいないし、我について来てくれる者もいない。我はいつしか、王都ギルド内で一人浮いた存在となったのだ……」


 彼女のトゥルーは、人のついた嘘に反応する一現性能力だ。その性質上、言葉を発さないモンスター相手では何も効果がなく、冒険者としての強みは全くない。言い方は悪いが、そんなヤツをパーティーに引き入れてクエステットに行こうとは到底思えないし、他の冒険者たちの判断も間違ってはいない。だからこそ、ライルさんの心を締めつけていたのか……。


「そんなある日、失意に満ちた我が出会ったのが『冒険王女』ことサマンサ・ジェニスヴォード第三王女その人だった。王女様は我をとして拾ってくださり、パーティーにも加えてくださったのだ! 本当に、感謝してもしきれない……!」


 今度は手のひらで目元を覆いながら泣き出してしまった。あんなに怖かった第一印象から、ここまで感情豊かな人間が予想できるだろうか。少なくとも私にはムリだ。


「ちょ、落ち着いてください! 王女様のすごさは十分伝わりましたから!」


「そうか、貴様も王女様が好きか~! もしかしたら、このために我に案内させたのかもしれないな。どんなに悲惨な過去だって、たった一つのきっかけで変えられる。突きつけられた現実は、やがて誰にも譲れない真実へと変わっていく……陰ながら応援しているぞ、レオナ!」


 最後に彼女にどん、と背中を押され、私は勢いよく王城の外へと出される。眼前には、待ちくたびれた様子の四人がいた。


「もうー、めっちゃ時間かかってんじゃん。でもあーしの拘束が解かれたってことは、ちゃんと無実を証明できたんだね!」


「王都を護れたのはレオナさんのおかげでもありますからね。第三王女様もその点を理解した上で取り調べを行ったのでしょう……とにかく、おかえりなさいませ!」


「も、戻ってきてくれて……本当によかったです……!」


「これにていっけんらくちゃく、ですわねー!」


 みんな……そうだった、私はただ『レオナ』の贖罪をするためだけの存在じゃない。れっきとしたイリーゼパーティーの一員で、この四人とクエストに向かうんだ。P.R.I.S.M.プリズムを倒すのなんて、その合間合間でいい。

 そしてイリーゼたんと、ずっと一緒にいられるのなら……グラクリ世界に転生した理由は、これから自分の手で作っていけばいいんだ!


「……じゃあ、とりあえず帰りましょっか」


「「「「うん!」」」」

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