第36話 私たちが全てを変える

 軽くなった体で、半ば転がりながら最前線へと舞い戻る。キイの『ブースト』がかかった状態では、地面を蹴る力を制御するのも一苦労だ。


「皆さんお待たせしましたああああ! あと避けてくださああああい!」


「ちょちょちょ、何が起こってんの……ってレオナ!? 休んでないとダメじゃん!」


 至極当然の反応を見せるイリーゼたんをよそに、私は右足で急ブレーキをかけて停止する。進む力が強すぎるなら、その分止まる力もかなりのものだ。危うくまた怪我するところだった……。


「色々とツッコミどころはあるんだけどさ……怪我は大丈夫なの?」


「それこそ色々あって、怪我自体はすっかり治りました。もう一緒に戦えますよ!」


 そこをツッコまれても詳しい説明はしづらいので、勢いでごまかす。

 急に『実は私はP.R.I.S.M.プリズムで、あなたの敵だったみたいです』なんて言っても、余計な混乱を招くだけだ。ただでさえ命の危機から帰って来て、怪しさ満点なのに。


「とにかく……たたかえるのであれば、いっしょにたたかいましょ。レオナもそのためにもどってきたのでしょ?」


「もちろんですよ!」


 後衛にいたクロエちゃが冷静に場を収める。彼女も冒険者としての、冒険王女としての『芯の強さ』を得たのだと思い知らされる。

 今はクロエちゃの小さな体が何よりも大きく見える。あれほど巨大だったバイソン型なんて目じゃないくらい。彼女の頼もしさがそう錯覚させているのかもしれない。


「また吹き飛ばされることがないよう、防具を厚くしておきますね。さっきの戦闘を見るに、機動力自体はイエスマンの効果で担保できているようなので、これで問題ないと思われます」


「おおっ、ありがとうございます!」


 続いて、ミレイユ様が『ナイト』で私の全身に鎧を纏わせる。感覚的にはいつもの倍以上の重さだが、ブーストがかかっている分動き自体にはなんの支障もない。

 これにイエスマンが上乗せされれば、逆にいつもより速く攻撃を繰りだせるだろう。


「原因は分かりませんが、とにかく無事でよかったです……。レオナさんがいなかったら、もう自分はどうしようかと思ってたので! うあああ……!」


「ちょっとフウカ、いきなりハグなのー!?」


 さっきベッドで見たのと全く同じ表情で、フウカはスライムで包むように私に抱きつく。そのまま流れで胸に顔を埋めて、わんわんと泣き始めてしまった。

 まあ……フウカらしいといえばらしいのかな。よしよし、私はちゃんと戻ってきたぞー……!


「――さあイリーゼたん、私に『指示』をください!」


 次に彼女が放つ言葉に、今後の行方全てが懸かっている。この世の理さえもねじ曲げて、望んだことを何らかの形で叶える『イエスマン』を発動させる鍵だ。イエスマンは一度使ったが最後、指示を完遂するまで力に肉体を操られ、こちらの意思など無視して暴れ回る。

 そして今回の事件で、この力が使い方次第ではであると、文字通り身をもって理解した。理解してしまった。


 それにもかかわらず、私は『呪い』ともいえる力のスイッチを、あろうことか自身の『最推し』に握らせようとしている。いくら王都を護るためとはいえど、望んだ未来を到来させる力を、を、最愛の人になすりつけているわけだ。


「レオナ……」


「覚悟はできてます! あなたの言葉一つで全てが変わるのも、望んだ未来がやってくるかどうか、分からないなんてのも! それでも……絶対に勝ちましょう。もうこれ以上P.R.I.S.M.ヤツらの好きにさせないために!」


 『俺』は一度死んだんだ、もう死ぬことに恐怖なんてない……わけじゃないけど、フツーのヤツよりは何千倍も心の準備ができている。この戦いで仮に私が死んだって、みんなや王都の住民が生きていればそれが『望んだ未来』だ。

 だからこそ、自分から死にに行くなんてのはごめんだ。イエスマンのをいくために、私は私自身を踏み台にして『最良の未来』を掴むためにあがくんだ。


「……おっけー。じゃああんなヤツらなんてさっさと倒して、全員無事で終わろう! バチバチに行くよー!」


「「「「「おー!」」」」」


 こうして、イリーゼパーティーはまた一つ世界の行方を変えた。

 これにて、レオナ・イザリドロワとイリーゼ・リルファバレルは共犯となった。


 ――いくら全てが敵に回ろうとも、二人でいれば何もかも変えられるから。


「いくよレオナ!」


 私とイリーゼたんは、猛進してくるバイソン型の群れに真っ向から立ち向かう。そして先頭を走ってくるヤツの角を、私は左腕のガントレットで、イリーゼたんは右腕ので粉砕する。


「「せーの……はああああっ!」」


 一瞬で前列のヤツらが怯み、その隙に二手に分かれて他の個体の角も折りにいく。ブーストのおかげか、軽く拳を振っただけで角は発泡スチロールのように破壊されていく。

 私たちを無視して王城へと向かうヤツらは『スライム』の壁で行き先を塞ぎ『スコール』による暴風でこちらまで引き戻す。ミレイユ様は壊れた防具の付け替えをしつつ、逃げ遅れた住民を避難させている。


「ほう、たった五人で群れを抑え込むとは。しかしあの短時間で、レオナが戦線復帰できるとは到底思えん……バイソン型もフツーのサイズになっているし、何か関係があるのだろうか?」


 視界の隅で、第三王女が上空から戦況を確認しているのが見える。あんな大怪我をした直後にここまで動けるとなると、さすがに怪しまれるよなぁ。

 もしも怪我の快復と、バイソン型のサイズが急に小さくなったのと関連づけられたら……私がこの事件の黒幕として怪しまれる可能性が出てきたな。アイツにとってはってことか。

 キイのヤツ、最後にとんでもない爆弾を残して去っていきやがった……!


「――どりゃああああっ!」


 彼女への怒りをひたすら角にぶつけていく。何が貸し借りゼロだ、全然こっちのマイナスじゃん! また冤罪をかけられてたまるか!


「「ああもうー! ……ん?」」


 あれ、なんで今ハモったの? もしかして私の他に、キイのせいで痛い目に遭ったヤツがいるとか……あっ。


「今の声さ、バイソン型を呼び出してるヤツだろ! ちょっと、一時休戦!」


「――なんだ。こっちは途中で裏切られてムカついてるんだ! ヤツがなぜかブーストを解除したからな……」


 やはりコイツも被害者だったようだ。ここにきて共通の敵ができるとは思わなかったよ。こちらがキイの手助けを受けたことを悟られないよう、慎重に対話を試みる。


「なあ、もうやめにしないか? これだと湿原地帯の時と何も変わらないじゃん。結果はもう目に見えてるでしょ? しかも今回は第三王女とファーランドもいる。もうそっちに勝ち目はないって」


「ちっ……! 確かにオレの一現性能力ワンオフだけでは、王城を攻め落とせるかは微妙なところだ。今度こそ墜とせたと思っていたのだが……まあいい。真に倒すべき存在が生まれたからな」


 彼女はそう言い残し、あれほどいたモンスターは跡形もなく消え去る。墜としかったというのは、おそらくP.R.I.S.M.として見られている私のことだ。この前言っていた『ライバル』もそれと同様だろう。


 ――結果は引き分け。なんとも後味の悪い終わり方ではあるが、私たちは五人全員が無事の状態で、向かってくるバイソン型ヤツらを倒しきった。最良の未来ではないにせよ、とにかく王都だけは護れたわけだ。


 いつの間にか体も元の感覚に戻っており、ブーストが解除されたのを実感する。私たち五人は足並みを揃えて、王城へと戻るのだった。

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