第35話 レオナ・リブート

 こうやってボーっとするのなんて、一体いつぶりだろう。少なくとも、この世界に転生してからは一度もないはずだ。

 だってさ、イリーゼたんと行動をともにしたり、五人でクエステットをこなしたり……ほんの一か月ちょっとの間に、前世では絶対に経験できないことばかりしてきたのだから。推したちとの共同生活に、気を抜ける瞬間なんて一秒たりともない。


「さて、何かやれるかなぁ……」


 今はただ白い天井だけを見つめて、この状況下でも何か力になれないか模索しているところだ。戦線に復帰しようとも、ここから立ち上がることすらままならない。何度かチャレンジしてみたが、やはり脇腹への激痛でベッドに送り返されてしまった。

 ここまで深刻だと、誇張抜きで本当に何もできないかもしれないな……。


「じゃあもういっそ寝る……いや、うるさすぎて絶対ムリだもんなぁ」


 外では巨大なバイソン型モンスターの第二陣が、王都へ向けてどんどん進攻している。窓の所まで行けないので、戦況がどうなっているかというは全く把握できない。

 とにかくバイソン型の悲鳴にも似た鳴き声と、何かがドスンと落ちる音ばかり聞こえてくる。だから一応優勢ではあるのかな……?


 まあ、このようにデカすぎる音のせいで眠りを妨げられるわけだ。そうでなくても『外で戦闘が起こっている』という恐怖で、感覚が研ぎ澄まされるというのに……。


「うあー、無力感ヤベぇー……」


 あーあ、今までは『なんだってできた』のになぁ。

 といっても、それはイリーゼたんがいてこそなんだけど……。私はあくまでも彼女の言うことをという一現性能力ワンオフを持っているだけで、私自身が特筆して強いわけではない。

 イエスマンイリーゼたんサンダークロエちゃスコールのような安定した火力も出せなければ、フウカスライムのような汎用性も持ち合わせていない。ミレイユ様ナイトによるサポート性能も皆無だ。


 ――イリーゼ・リルファバレルからの指示を、なんらかの形で叶える。

 得られるのは指示に沿った結果だけで、そこに至るまでの過程はどれだけめちゃくちゃでもお構いなし。それこそ本人が満身創痍の状態になっても。本当、ピーキーだよなぁ……。


 そんな自身の一現性能力を憂いたのも束の間、扉が開く音がして、ゆっくりと誰かがこちらへと近づいてくる。一瞬パーティーの誰かとも思ったが、戦闘中の音が変わらず外からドンパチと聞こえてくる。となると、向かってくるコイツは敵である確率が高い! こんなまともに戦えない状態で、どう切り抜ければいいのだろう……?


「あ~、いたいた。アナタがイエスマン……『獅子座ししざのレオナ・イザリドロワ』なんですね。初めまして~!」


 なぜかというべきか、というべきか。聞いたこともない二つ名つきで彼女は挨拶を寄こしてきた。

 活発な印象を抱かせる黄色のショートカットに、自信に満ち溢れているかのような黄色のつり目。初めて会ったはずなのにはっきりと見覚えのある風貌と、聞き慣れている声。それもそのはず、コイツはだからだ。名前は確か『キイ』!


「お前は……いや、P.R.I.S.M.プリズムはどうして王都を襲うんだ? こんなことをして、一体何になるってんだ!?」


「あら? アナタもじゃないですか~。まさか、忘れちゃったんですか~!? 他チームのキイでも知っているくらい、P.R.I.S.M.内では重要人物だっていうのに。イチから教えて差し上げましょうか~?」


 ちょっと待て、何を言っているんだこの女は? 私……というよりレオナが、冒険者の敵であるP.R.I.S.M.の重要人物、だって? じゃあ私は、イリーゼたんのになるのか……?


 理解と心の整理が追いつかない。もし彼女の言うことが事実だとしたら……私の魂が乗り移る前のレオナは、一体P.R.I.S.M.でどんな活動をしていて、どれほどまでに強かったのだろう?

 手がかりとなるのは『獅子座』という二つ名だが、私の知っているグラクリには、そんな描写も設定も匂わせも存在しなかった。単に忘れているだけかもしれないが、ここまで思い出せないなんてこともないだろう。


 ――いや、そんな変えられない過去のことなんて考えるのはやめだ。キイの言う通り、レオナ・イザリドロワという人間はP.R.I.S.M.の一員だったのかもしれない。

 だけど今はそうじゃない。レオナの体を借りた私は冒険者として、そしてイリーゼたんの所有物イエスマンとして……ずっと彼女の側で生きていくんだ!


「もし仮に私がP.R.I.S.M.だとしても、私にはその時の記憶が全くない。だから、お前の言っていることも何一つピンときていない。だけど私はお前らのように、王都を襲うことは絶対にしない……!」


「――あっそ。まあ、別のチームに変に肩入れなんてする必要ないし、いっそこのままでいいかもですね~。P.R.I.S.M.はわけだし。互いが互いを利用し、蹴落とし……そしてたった一チームだけが頂に行く。もちろんキイたちのことですけどね~! そんじゃ~!」


「ちょっと待てキイ! 勝手に話を終わらせるんじゃ……えっ、!?」


 すかさず脇腹に手を当ててみると、バイソン型の攻撃をモロに受けてできた傷が、完全に塞がれていた。それだけでなく、全身の痛みがまるで嘘だったのように感じなくなり、さっき戦っていた時と遜色なく……むしろそれ以上に体が軽い。


「なるほど……私に『ブースト』を使ったんだな」


「そゆことです。闇雲に出してもらったバイソン型をデカくしたところで、相手にイエスマンがいたんじゃ、どうしようもないですからね~。ヤツはキイとも、そしてアナタとも別のチームなんです……続きは言わないでも分かりますよね~?」


 ――蹴落とせ、と。勝負を諦めたキイは私に鞍替えしたわけだ。どれだけ虫がいいヤツなんだとは思うものの、ブーストなしではここまでの快復は見込めなかった。その点では貸し借りゼロである。王都を護れるのであれば、彼女の案に乗らない手はない。


「そんじゃ、今度こそキイは帰りますね~。バイソン型にかけたブーストは解除しといたんで、もうフツーに倒せると思いますよ~!」


 足早に去っていくキイを呆れながら見送り、私も王城の外へ出て戦況を確認する。あれほど脅威だったバイソン型の群れも、かろうじて遠くに小さく見えるほどの、かわいいものとなっている。本当にブーストを解除しているとは……キイのヤツ、本格的に蹴落とすつもりらしいな。


 ――さて、さっさとイリーゼたんのもと勝ちに行こうか!

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