第34話 一応生きてるみたい

 背中が何かに強く打ちつけられた感触だけがして、意識が薄らいでいく。もう立ち上がれる体力も気力もない。それでも、あのバイソン型を退けられただけよかった、かな……。


「……さん、レオナさん!」


 この声、もしかしてフウカか……?

 彼女からの呼びかけが聞こえるってことは、私はまだ死んでいないらしい。あくまでで、思うように立ち上がれなければ、周囲を確認できる余裕もない。


「――フウカ、なの?」


 精一杯の力をふり絞り、さっきの呼びかけになんとか返事をする。そのままゆっくりとまぶたに力を込めて目を開けると、そこにはちゃんと声の主であるフウカの姿があった。

 ちゃんと出せたかも分からない私の声を、彼女はしっかりと聞き取ってくれたようだ。


「よかった……生きてる……!」


 危うく折れてしまうほどの力強さで杖を握りしめて、その場で大粒の涙をこぼす彼女。杖……そうか、背中を打ったのはスライムだったのか。いくら軟らかいスライムとはいえ、衝突した際の激痛は免れない。それでも硬い地面に激突するよりは何倍もマシだ。もし彼女のカバーが間に合わなかったら、私は本当に死んでいたんだな……。


 そして彼女の奥にかろうじて見えた景色から、どうやらここが屋内であることを悟る。白い天井からして、恐らく医務室の類……となると、今まで私はベッドに寝かされていたのか。


「ここまで運んでくれてありがとね。フウカのおかげで本当に助かったよ……」


「いえいえ、運ぶの自体はスライムでちょちょいのちょいですよ。レオナさんこそお疲れ様でした。あれだけのバイソン型を相手に、ずっと躍動されてて……」


 別にそんな『躍動』って褒められるほど活躍してないでしょうに。イエスマンの効果で一時的に空を飛べたりはしたけど、私自身はそこまで強くない。最後の方はイリーゼたん任せだったし。


「そういえば、あのバイソン型たちはどうなったの?」


「一応全て討伐しましたよ。ただ、まだ安全とは言い切れませんね。湿原地帯の時のように、例のヤツが再びバイソン型を呼び出す可能性がありますので……ひとまず待機している状態です」


 なるほどな……そこまで含めてヤツらの作戦ってことだろうな。とにかく私たちの気を休めないようにして、安全圏からじわじわと戦力を削っていく。実際にそうなのかは知らないが、心身ともにかなりのダメージを食らっているのも確かだ。


「――そっか。またヤツが呼び出してきたら倒さなきゃだね。こっちも根気強く対応して、向こうに諦めさせるしか……くうっ!」


 立ち上がろうとした瞬間、脇腹に今まで味わったことのない激痛が走る。吹っ飛ばされた時に、角をモロに受けたところだ……。


「ダメですよレオナさん、あなたはちゃんと休んでてください! バイソン型は自分がスライムでなんとかしますから、レオナさんはこのまま絶対安静でお願いします……」


「でも! 私にできることとかない!? なんでもいいからさ!」


「レオナさんは大怪我を負っているんです、戦いに出向くのはまずムリですよ。こんなことを推しに言いたくはないのですが、今のあなたにできることは、何も……」


「――そうだよね、困らせちゃってごめんね」


 冷静に考えれば当たり前の話で、こんな状態のヤツは戦線に出たところで足手まといにしかならない。思うようなパフォーマンスができないどころか、周りにも気を遣わせてしまう。気持ちだけで戦えるほど甘くはない。

 今の私にできることは何もないんだ。それが客観的な事実であり、私の『弱さ』だ。それにここにいた状態で使える一現性能力ワンオフも持ち合わせていない。ただベッドで大人しくしていることしか、私には……。


「ごめんね、ごめんねっ……!」


 あまりの無力感に打ちひしがれて、私まで涙を流してしまう。上手く持ち上がらない腕でゆっくりを拭いても、涙はどんどん溢れきて、追いつけない。そのまま手のひらで目元を抑えてやっとといったところだ。


「大丈夫ですよ。自分たちがレオナさんの分までしっかりと戦いますので。あんなバイソン型、自分のスライムで全部吞み込んでしまえばいいんですから」


 超巨大なモンスターには、超巨大なモンスターをぶつければいい。一現性能力についてもう少し話し合える時間があれば、また違った戦法でヤツらを退けられたのかもしれないな。


「あー……確かにそうかもだね。第三王女様が先陣を切っちゃったから、思うように使えなかったわけだ」


「まあ、そんなところですかね。さすがに皆さんを溶かすわけにはいかないので……」


 そういえば、スライムってものを溶かせたんだっけ。あのエロ女が服を溶かして回っていた感じで、バイソン型のことを呑み込み、内部で溶かしてしまえるのか……いやこわっ。


「既に第三王女様や皆さんには、このスライムを用いた作戦について共有しております。ですので、レオナさんはゆっくりと体を休めてくださいませ。自分にとって、レオナさんは『推し』であり、大切な『仲間』ですので……こんなところで離れ離れになるわけにはいかないんです!」


 フウカは込み上げてきた想いを、言葉にして私に全部ぶつける。ぐしょ濡れになった顔を近づけて、ほぼゼロ距離で。そこまで私のことを想ってくれているのだと実感すると、たちまちお揃いになってしまう。死にかけたからかな、どうも涙腺がゆるいみたいだ……。


「ブオッ! ブオオオオンッ!」


 医務室まで聞こえてくるほどの大音量の鳴き声がして、ヤツらとの戦いが再開する。私はそれに参加できないけど、その分みんなのことを信じよう。イリーゼたんには迷惑をかけちゃうなぁ……。


「――では行ってきます。絶対に勝ってきますから、安心して待っていてくださいね」


「うん。フウカなら絶対やれるよ……ちゃんと信じてるから」


 杖をぎゅっと握り直す彼女の背中を見送り、私は白い天井へと視線を移し、改めてベッドに体を預けるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る