超大型×大量発生

第31話 離れないために

 今見ている景色が夢か現実か、未だ判断がつかない。

 あの感触は果たして本物だったのか、己の五感が信じられなくなってくる。


「レオナ……ハグは嬉しいけどぎゅってしすぎ……」


「ああっ、すみませんイリーゼたん!」


 みんなから注がれる視線を見るに、おそらく現実なのだろう。あるいは見えているみんなごと、全てが錯覚なのかもしれない。そもそもグラクリ自体がフィクションなわけだし。

 まあ、この辺りのことは深く考えてもしょうがない。置かれた状況で精一杯生きていく、ただそれだけだ。


 ――でも、少しくらいなら欲張ってもいいのかなって。

 今まで『推し』としてしか見ていなかったイリーゼたんのことを、今は本当に自分のものにしたくなってしまっている。前世では新婚生活を妄想したりもしていたが、それは冗談半分、リアルへの諦め半分であって、心の底から思っていたわけじゃない。


 でもは、レオナとして生まれ変わった。性格や思考までもが変わったわけじゃないけど、前世が男だということを、考えなくてもいいとも思いだしている。

 そしてそれが『推す立場』としていかに愚かな考えなのかも、十分に理解している。


 だけどさ、こうして触れ合えるところまでこぎつけられたんだよ? 私はもう『俺』を捨ててでも、イリーゼたんのことが好きで好きでたまんなくて、誰にも渡したくなくて、何があっても彼女を離したくなくて……!


「――はい、ボーっとしてないでさっさとかえりますわよ。こんなところにいつまでたってもいたくありませんもの、つづきならいえでやってくださいまし」


 クロエちゃがその小さな手をぱんと叩き、私たちは一気に現実に引き戻される。耳に届いた空気の振動が二人のことを揺らし、顔を真っ赤にしたイリーゼたんから一度離れる。こちらの方は言うまでもなく、耳まで熱い。


「そういやクロエちゃん、その服どうしたの? バチバチにかわいいねー!」


 髪色とお揃いの、黒のドレスに身を包んだクロエちゃ。こうして見ると、やはり彼女はジェニスヴォード王国の王女なんだなと、改めて感心する。小さな身体に合わないドレスに着られているわけではなく、むしろ着こなしてみせているのだから。


「ついさっき、みんしゅーのまえでスピーチしましたの。『わたくしはサマンサおねーさまとおなじ、ぼーけんおーじょになる』ってね」


「賛否両論ではあったが、ミレイユが仲間であると知った瞬間に安堵の声が聞こえていたな。彼女やイリーゼ、フウカ、そしてレオナの力を借りて強くなるのだぞ! そして我のように『誰かの憧れ』となれるよう……とにかく期待してるぞ、我が妹よ!」


「うんっ!」


 姉妹同士の微笑ましい会話に心温まりながら、私たちも家へと帰る準備をする。荷物が落ちないようにしっかりと保持して、イリーゼたんからの指示を待つ……。


「ブンモオオオオッ!」


 ――突如外からバイソン型モンスターの荒々しい鳴き声が耳に入る。まさか王都にバイソン型が!? もしあんなヤツに暴れられたら、住民たちの命が危ない!


「全員で行くぞ!」


 第三王女が先陣を切って、王都内で最も人気の多いであろう噴水広場へと向かう。まずは避難をさせて、その後にバイソン型と戦闘に移るといった作戦だろう。

 逃げ惑う住民を王城へと非難させつつ噴水広場へと足を踏み入れる。そこに広がっていた光景は、なんとも理解しがたいモンスターたちの姿だった。


「こんな体長のバイソン型など……聞いたことがないぞ! それにもいるだと!?」


 最高峰のギルドに所属する第三王女ですら、このような状況に遭遇したことはないらしい。正真正銘、明らかな異常事態であるということだ。


「バイソン型が大量発生……アイツの仕業なのかな」


 イリーゼたんがそう小さくつぶやく。私たちは以前、バイソン型が大量発生するというクエステットを受けた。その際、安全圏から『バイソン型を呼び出す』一現性能力ワンオフを使う女の存在が確認されたのだ。こちらからは声しか聞けず、謎が残る結果となったが……とにかく『ライバルを減らす』ために行ったらしい。今回もその一環なのだろうか。


 しかし、あれほどまでに巨大化させられるのか? 一応フウカの『スライム』は、大量のスライムを一体化させることで大きなスライムを作り出しているが、当然バイソン型は一体化などできない。ヤツとは別に『巨大化させる』一現性能力がいるわけだが……。


「いや待てよ。『P.R.I.S.M.プリズム』にそんなヤツがいたような……」


 P.R.I.S.M.とはグラクリ内にある謎の組織であり、主にメインストーリーでプレイヤーを妨害してくる存在である。確かメイン三章辺りに『ものの倍率を操る』ヤツがいて、自身を巨大化させて襲いかかってきたような記憶がある。かなり昔に攻略したから、もう断片的にしか覚えていない。


「レオナさん、何か知ってるんですか?」


 私のひとりごとに反応したフウカが、神妙な面持ちで聞いてくる。考えすぎかもしれないが『なぜそんなことを知っているのか』という疑念も含んでいるようにも思えた。


「その、噂でなんか聞いたことあるなーって。ものを大きくさせる一現性能力……みたいな」


「なるほど。つまり元凶は二人以上いる、というわけですね」


 あっぶねー……それっぽくごまかせたからよかったけど、今度からついつい口走らないようにしなくちゃだな。一応記憶喪失だってことになってるわけだし、ゲームで見たのある光景を目にしても平常心を保つんだ……!


「倒すべき敵の数など把握せんでも、現れたモンスターを倒し尽くせばよい! では……生き残れる自信と、死んでも民衆を護り切る覚悟のある者のみついて来い。もしここで立ち止まったとしても誰も咎めん、無謀な戦闘を避けることも冒険者として重要なことだからな」


 第三王女は決して強制はしない。そして後続私たちもその歩みを止めない。

 いざ勝てる自信があるかと聞かれると、微妙な回答しかできないけど……私とイリーゼたんが揃いさえすれば、どんな戦いにだってからな。


「バッチバチに勝つよ、レオナ」


「――はい!」


 もう絶対にイリーゼたんのことを離さない。絶対に離れない。

 だってこの私だけが、真にイリーゼたんの所有物イエスマンなのだから……!

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