第30話 二人だけの世界

「そういえば、なんであなたはクエストのことを知っていたんですか?」


「なっ、今さらそれを掘り起こすのか!? 王女様が『どうでもよい』と水に流してくださったじゃないか!」


 騎士団長改めファーランド・カイニスは明らかに焦り始め、すぐさま話題を変えんとする。せっかく許された雰囲気になったというのに、余計なことを聞いちゃったな……というか、コイツはコイツでまだ何か隠しているってのか?


「まあそう気を張らずに、正直に言ってみろ。どうせそれを聞いたところで、貴様への処遇が変わることもないからな。ほれほれ」


 第三王女はもう特に怒る様子などは見せず、ただ興味本位で聞いている。まるで俺の頼みを聞いてくれた時と同じようなテンションだな。基本的に人の話を聞くのが好きなのだろうか?


「王女様がそこまでおっしゃいますなら……。簡単に言えば『騎士団長』への憧れが高じたからなんです。ワタシはずっとミレイユさんのような騎士団長になりたくて、だからずっとあの人を目標に後を追っていた、というか……」


「ほう? それとクエストの把握に何の関係が?」


 第三王女が疑問に思うのもムリもない。この説明だけ聞けば、ただファーランドが信念を持って騎士としての業務をこなしていた、ということしか理解できないからな。クエストうんぬんの話はまだ全く出ていない。


「――なるほど、ミレイユさんのことをずっとつけていたんですね。だから第六王女様が王城を抜け出したのは、クエストによるものだということを把握していた……」


「察しが良いな。それこそお前らが噴水広場で集まっていた時も、ずっと陰から見張っていた。騎士団長ミレイユさんのようになるためには、彼女の一挙手一投足全てを分析する必要がある、とな!」


 やはりコイツはミレイユ様のことを後追いしていたってわけだ。

 最推しのことを『たん』付けで呼ぶ俺が言えることではないが、この女もなかなかにキショいな。いくら目標に近づきたいからとはいえ、やっていることはただのストーカーだもん。


「そうだったのだな。思っていたより全然しょうもなかった……それより、イリーゼたちの居場所はまだなのか?」


 第三王女は勝手に盛り上がって、そして勝手に盛り下がっている。自分から振っておいて露骨に『しょうもない』とか言っちゃうタイプなのかよ、もうパワハラだろ。


「申し訳ございません……ですがそうこうしているうちに着きましたよ、イリーゼ・リルファバレルたちはこの部屋におります」


 そう言ってファーランドは寮の一室の前で歩みを止める。扉にはこれといった特徴もなく、また位置的にも騎士に割り振られているであろうフツーの部屋なので、逆に分かりづらい。

 まだ完全にファーランドのことは信じきれないので、俺は一呼吸置いてドアノブを回し、ゆっくりと部屋の扉を開く。イリーゼたんたちは無事なのだろうか……?


 ――おそるおそるほの暗い部屋へと入ると、なぜかと目が合う。ぼんやりとしか見えない分恐怖もひとしおである。


「えっ、いやなにこれ……」


 まさかと思い残り三方の壁も確認すると、案の定びっしりとミレイユ様一色で囲まれていた。こんなイカれた部屋で寝泊りできるようなヤツは俺を除いて一人しかいないだろう。間違いなくファーランドの部屋ではあるが、彼女は騎士団長室というスペースがある。こんな呪いのような部屋を誰かに引き継がせたのか?


「えっと、実は騎士団長ですらないといいますか……イリーゼたちを連行するためには、自身を偉く見せた方がよいのかと思いましてぇ……」


 人差し指同士をつんつんさせながら、ファーランドは小さく縮こまる。朝の威勢は一体どこへやら。作戦がことごとく失敗し、もはや震えることしかできない小心者の騎士がそこにいた。


「ふはは、ここまでくると面白くなってきたぞ! ここまでがフリだったわけか、なかなかやるな!」


 第三王女は第三王女で、人間を面白いかそうでないかでしか判断できない状態になっているし、もう一人でイリーゼたんたちを探すしかない。ファーランドによって口封じをされているっぽいから、ただ呼びかけるだけじゃ見つかりそうにないな……。


「ミレイユ様ー! もしいたら私に『ナイト』を使ってくださーい!」


 まずは本当にこの部屋で拘束されているかどうか確認するため、ミレイユ様に一現性能力ワンオフを使わせる。『サンダー』も『スライム』も屋内で扱うにはかなりリスキーなものなので、消去法で鎧を装備させてもらう。


「重っ……いるのはいるんですね」


 あとは手探りで三人を探すのみ。暗闇に向かってひたすら手を伸ばしていき、感覚だけを頼りにどんどん部屋の中を進んでいく。

 そして奥の方に来たところで、指先が何かに触れる。これは……髪?


「ん! んんんー!」


「やっぱり口封じされてる、今助けますね!」


 ほとんど何も見えないながらも、これまた手探りで拘束を解いていく。髪……ということはこの辺に顔があって、口にテープのようなものが貼られている! コイツを剥がして……っと!


「レオナー! 来てくれたんだねー!」


「はい! 第三王女様の助けもあって、なんとか来れました!」


 数時間越しのやっとの再会に、俺たちは思わず抱き合う……って、ええええっ!? 割とすんなりと受け入れちゃったけど、最推しと、ハグううううっ!?

 サンダーも受けていないのに頭が痺れていく感覚。周りの音なんてなにも聞こえないし、薄暗くて滲んだイリーゼたんしかもう見えていない。


 ――ごめんねイリーゼたん。今はちょっと、なんにも考えられそうにないや。

 もしかしたら、もう会えないって思ってたから……。


「もうちょっとだけ……こうしてていいですか?」


「もち。あーしもレオナとこうしたかったから……」


 口をついて出たキショいリクエストを、彼女はすぐに受け入れてくれた。さすがイリーゼたんって感じだ……人目なんて気にもせず、たちは溶け合っていくのだった……。


 ――どれだけの時間が経ったのだろう。ほんの数秒か、もしくは数十分か。時間や感触、意識までもが曖昧になって、このまま一緒に死んでしまうんじゃないかって。


 やがて二人だけの世界から抜け出すと、既に拘束が解かれていたミレイユ様とフウカが。

 肩をすくめるファーランドと、彼女の頭を小突くサマンサ第三王女が。

 そして久しぶり黒のドレスを、窮屈そうに着こなすクロエちゃが。


 その誰もが呆れたような目で、私たち二人のことを見ていたのだった。

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