第29話 『詰み』

 騎士団長の部屋は、書類が山積みとなった机に木製の椅子、安っぽいベッドのみといったシンプルな内装となっていた。無駄の一切ない、業務を行うためだけの空間。話を聞かない彼女の頑固さが、どことなく滲み出ているな。


「イリーゼたんたちはどこだ……?」


 念入りに奥の方まで確認しても、パーティーメンバーは誰一人いなかった。机やベッドを動かしたり、壁を押してみても手ごたえはなし。みんなはここじゃないのか?

 だが騎士団長はこの場所に陣取っていた……ここに俺が来ると踏んで、あえて待ち伏せをしていたってことになる。なんとしても俺とみんなを離したいんだな。なんでだ?


 まあ、フツーに考えれば『騎士団長室』なんてものがあるなら、そこが一番怪しいに決まっている。その判断は間違っていないし、実際に俺は部屋へと襲撃した。

 仮に俺が王城へと来れた場合に、ここで始末する予定だったのだろう。しかしなぜか。仕留めるつもりが、逆に仕留められそうになっているというわけだ。


「王女様! どうやらここにはいません、他をあたりましょう!」


「なにっ……ファーランド貴様、イリーゼたちをどこにやった! 口を割らなければ、この首をはね飛ばしても構わないのだぞ?」


 王女はナイフを皮膚に軽く押し当て、刀身をゆっくりと赤色に染めていく。その威圧感と行動に対する躊躇のなさに、傍から見ているだけの俺まで悪寒がして、文字通り身を切られた感覚に陥ってしまう。うわ、めっちゃこえぇ……。


「……お、お言葉ですが! あの冒険者どもが第六王女様を誘拐したというのは、事実でございます! いくらそれが王女様の依頼したクエストといえども、民衆の不安を解消させるには、こうするしかないのですよ!」


 確かに、騎士団長の言い分も一理ある。

 いくらクロエちゃが王都の住民に向けて『自分の意思で王城を抜けたのだ』と主張しても、それこそ俺たちにのではないかと、不安の種を植えつける結果となってしまう。

 だからこそコイツは諸悪の根源であるイリーゼパーティーを処刑し、クロエちゃにはこれまで通り『第六王女』として君臨してもらおうとしたのか……。


「――というのが、?」


「「えっ……?」」


 そう意見された第三王女はというと、冷静さを全く欠くことなく、さらっと言い訳であると決めつけていく。もはや王族にしかできない立ち回りズルだ。

 その返答は予想できなかったか、きょとんとする騎士団長を尻目に第三王女は言葉を続ける。


「貴様は一つ大きなミスを犯した。確かにクロエは我に憧れていて、冒険者への憧れを持っていた。だからそこのレオナや、護衛を務めていたミレイユ・メルルリ前騎士団長たちとパーティーを組んでいたわけだな」


「そ、そうですよ! ソイツらが結託して第六王女様を王城から逃がし、冒険者として活動させたのです!」


 いや、別にやらせてるわけじゃないんだけど……なんならあの子から『パーティーに入れろ』ってギルドで言ってたからね? こっちは受け入れただけだからね?


「そうだな。しかしなぜ貴様が、のだ? こちらから口に出したわけではないのにな」


 言われてみれば、なぜコイツがクエストのことを知っているのだろうか。一番近くでクロエちゃのことを護衛していたミレイユ様ですら、内容の一切を知らなかったというのに。


「それはっ……ヤツらのリーダーから聞き出したんですよ! まさか第六王女様が、このような手荒なマネをするとは思いませんでしたがね。それほど、あなた様への憧れがお強いんでしょうねぇ……」


「へぇ、あれほどこき下ろしていた極悪犯罪人イリーゼパーティーの言うことをすんなり信じるんですね……」


「うっ!」


 化けの皮が剥がれたな。朝のうちはこちらの言い分なんて聞く耳持たなかったというのに、それがたった数時間の間に、信用できる段階にまで至るというのか? まあ、溢れんばかりのイリーゼたんの魅力をもってすればワンチャンあるけど……それでも考えにくい。

 それに彼女を『受け答えができる状態』にしてしまったら、ほぼ確実に。待てど暮らせど馬車も何も来なかった事実を見るに、コイツの主張は滴る血液よりも真っ赤な嘘だ。


 ――イエスマンの存在自体が、コイツにとっての『詰み』だったわけだ。


「貴様がどこでクエストの事実を知ったかは、この際どうでもいい。クロエの意思こそ無視しているものの、貴様なりに民衆のためを思って行動したのだからな……とにかくイリーゼたちの居場所まで案内しろ、そうすれば命はとらないから」


「ううっ、うああ……申じ訳ございまぜんでじだぁ……」


 情けをかけられ、その場で泣き崩れる騎士団長。彼女の周りは大粒の涙と流れて行った血で、薄い赤に包まれていた。

 俺も第三王女も、さすがにこの状態から催促するほど鬼じゃない。しっかりと止血してから、俺たちは手を差し伸べる。


「申し訳ございません、取り乱してしまいました……。とにかく、この一件の責任は全てワタシがとります。当然騎士団長も辞職しますし、王都も去ります」


「別に責任はとらなくてよい、元はといえば、クロエがあんなクエストを依頼したのが悪いのだからな。しかし事件が明るみになった場合、民衆からの心象はかなり悪いだろう」


 国を護るとはいえ、コイツはかなり派手に暴れ回ったからな。命を預ける王都の住民からすれば、もっと波風の立たない穏便な解決方法で立ち回ってほしいだろう。危なっかしすぎるもん。


「そうだ、うちのギルドで冒険者としてやり直すのはどうですか? 直接護ってもらうのは怖いにしても、クエストを依頼するくらいの距離感なら、割とアリだと思いますよ。それに元騎士団長が二人もいるギルドなんて、かなり心強いですから!」


 我ながらよさげな案を出せたな。クエステット五人専用クエストを受けられるのがイリーゼパーティーしかいないような弱小ギルドなら、大歓迎されること間違いなしだ。


 そして肝心のパーティーは……まあ、テキトーにあのエロ女と組ませときゃいいか。

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