第27話 取り残された俺と冒険王女

 窮屈な馬車に揺られ、俺たちは三半規管をいじめ抜かれる。まるでこれも拷問の一環といわんばかりに、騎士団長の女は荒々しい運転で王城へと向かう。うぅ、頭痛い……。

 こんなの、イエスマンならものの数分で飛んでいけるのに……いや、そっちもそっちで嫌なんだけどさ。


「みんなだいじょーぶですの!? ちょっと、もーすこしスピードをおさえてくださいまし!」


「心配ご無用です! 王女様は責任をもってワタシがお守りいたしますので!」


 前方から微かに二人の声が聞こえる。クロエちゃの制止もむなしく、俺たち四人はより一層もみくちゃにされてしまう。これじゃ取り調べを受ける前に死んじゃうって!

 クロエちゃと冒険を続けるには、王城にて無実を証明するしかないというのに……。


「あの、騎士団長さん! もう少しゆったり運転してくださいませんか!? このままでは、うぐっ……!」


 ――ヤバい、頭が揺れている状態で話しかけたから、吐きそうなんだけど! 口内を満たしていくそれは、感覚的にとても再び飲み込める量ではない。

 こうなったら扉をちょっと開けて戻すしかない、みんなどいてくれー!


「んん、んんー!」


 両腕を右にスライドするジェスチャーをし、扉の前にいるイリーゼたんに少しだけスペースを空けてもらう。言葉で意思疎通できないからか、彼女に意図が全然伝わっていない。


「え、どうしたのレオナ? まさかここから脱出するつもりなの!?」


「ううん! んん、んー!」


 胸の前でバツ印を作りつつ、全力で首を横に振る。しかしそれが仇となり、口内はさらにバイソン型モンスターの成れの果てで満たされていく。ああもう、鼻の方にも侵入してきたじゃん。


「どうしたんですかレオナさん、明らかに挙動がおかしいですよ。具合でも悪いんですか?」


「うん! うん!」


 フウカを指差し、今度は中身が暴発しないようにゆっくりと肯定する。さすが俺のことを推してくれているな、体調不良だということを言い当ててくれるとは。それを聞いたイリーゼたんとミレイユ様も慌てて俺の方に体を向け、心配の眼差しを送ってくれた。


「とにかく一度馬車を止めてもらうしかないか……一度休憩時間をくれ、体調不良者が出た!」


「犯罪人の具合など知らんわぁ! 王女様を誘拐したバチが当たっただけであろう、そのまま苦しんでおけ!」


 客観的に見れば俺たちが全部悪いとはいえ、話が通じないヤツだな。ちょっと吐くために一旦止まるくらい許してくれよ、そろそろ限界なんだけど……!


「レオナ……もしかして吐きそうなの!? 待って、こんな狭くて揺れる所で吐いたら地獄絵図になっちゃうから!」


「はぁ!? お前、さっきの朝ごはんが戻りそうなのか!? なんてもったいないマネを……飲め! 全部胃の中に抑え込むんだ!」


「んんんんー! ん、んんんー!」


 吐かないよう首ではなく手を横に振り、飲み込める状況にないことをアピールする。もう下手に飲もうとすると、かえって暴発しかねないラインにまで達してるんだよ!


「とにかく、休憩させなきゃ本格的にマズいことになるって! すみませーん、のは可能でしょうかー!?」


「「リーダー、多分その案はダメなヤツです!」」


 ――二人の言う通りだ。イエスマンの効果が発揮してしまい、俺の体は勝手に扉へと吸い寄せられ、爆速で駆ける馬車から投げ出されてしまう。


「「ああ、レオナさーん!」」


「しまった、あーしが言っちゃったからだーっ!」


 あれだけのスピードで飛ばしていた馬車は当然急には止まれず、どんどん遠ざかっていく。満身創痍の俺は、ただそれを見送ることしかできなかった。


「とんでもない目に遭ったな……」


 一人になったおかげで、当面の問題は解決した。今はとりあえず馬車が通っていた道沿いで、騎士団長から拾われるのを待っている。しかし待てど暮らせど、例の馬車はやって来ないのだ。

 さて、ここからどうやってイリーゼたんたちと合流しよう? 数時間経ってもここまで戻ってこないことを見るに、そもそも俺は王城へ連行しなくていい存在らしい。


 容疑者の一人を逃がしていいって、あの騎士団長はどれだけテキトーな考えで動いているんだ? 意味が全く分からない。

 なんとかしてヤツの意図を探ろうとしていると、後方から異様な殺気が……それを感じた次の瞬間には、首筋にナイフを突きつけられていた。


「――見つけたぞ。貴様が我がとパーティーを組んでいる者だな?」


 こちらを威圧せんとする、低く鳴り響く声。あまりの恐怖から後ろを振り向く余裕もないので、誰のお姉さんかすら分からない。ただの人違いかもしれない。それなのにこの人ったら、問答無用で容赦なくナイフを這わせてくる!


「い、いきなりですね……せめてお名前を聞かせてくれますか?」


「ふん、この声だけで分からんか。弱小ギルド所属らしい無礼な振る舞いだな」


 急にナイフで襲うヤツの方が無礼でしょうに……なんだぁ? フツーの人なら声だけで判別できるような、有名な人だっていうのか?

 無茶言うなよ、俺はこの世界に来てまだ一か月しか経ってないし、グラクリゲームでもお前みたいな声をしたキャラは実装されていないんだぞ?


「すみませんね、弱小ギルドの所属で。しかしその弱小にも……少なくとも私は、あなたのことを何も知りません。自己紹介からしてくださいませんか?」


「――確かに、ここは国の中でもとびきりの僻地だものな。知らない者もいるか……。我の名はサマンサ・。国内最高峰のギルド所属の冒険者であり、同時にこの国の第三王女でもある。いうなれば……『冒険王女』というヤツだ!」


 ――おいおい、だからあの馬車がいつまで経ってもやってこないのか!? 俺は第三王女様から、なぜか直々に処刑されるってことなのかああああっ!?

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