第26話 下げて上げて下げる女

 俺たちは国から『クロエちゃ第六王女を誘拐した極悪犯罪人』として扱われている。

 あと数時間もすれば王城で処刑されるだろう。クロエちゃを連れ去ったのはクエストの一環だといくら主張しても、眼前の現騎士団長があの調子なら、聞く耳を持ってくれないと思う。


「さあ来い犯罪人ども、お前たちを連行する!」


「ボクはどうなってもいい……その代わり今すぐクロエ様を解放し、冒険者としての活動を継続させてくれないか? それがクロエ様の意志なのだ!」


 自らはどうなってもいい、だからクロエちゃを自由にさせてやってほしい。役職こそ放棄しても、ミレイユ様は王女を守る存在として振る舞う。その眼差しは鋭く、騎士団長は一瞬だけ怯む。


「うるさい! とにかくお前ら二人と、もう二人仲間がいるはずだ。隠れてないで出てこい!」


 ビビっていないことをアピールするかのように、女はイリーゼたんとフウカのことも探し出す。フウカに至っては完全にとばっちりだが、五人でクエストをこなしている様子を目撃されたってわけだな。


「おはようございます、朝から騒がしいですね……えぇっ!?」


「一体何があったの……ちょっとあなた、クロエちゃんをどこに連れてくつもり!?」


 奥の部屋からフウカとイリーゼたんも合流し、容疑者全員が出揃う。しかしこちらからしてみれば、パーティーメンバーの一人が知らない女に攫われそうになっている、という状況だ。


「それはこちらのセリフだ! 聞けば、お前らは王女様を洗脳し、冒険者としての人生を歩ませているようじゃないか。一体どれだけの行いをしたのか、本当に分かっているのか!?」


「え? いや、フツーに冤罪なんですけど……とりあえずクロエちゃんが嫌がってるんで、腕を離してください。その後にでも誤解を解きましょうよ」


 このままではラチが明かないと判断したのか、女はがっしりと掴んでいたクロエちゃの腕を離し、手ぶらとなった腕を組んで玄関に陣取る。やっぱり見逃す気自体はないみたいだな。

 猛ダッシュでこちら側へと駆け寄るクロエちゃを四人で守るように囲い、騎士団長と相対する。こちらだって穏便にことを進めたい、血が流れるなんてのはもっての外だからな……。


「お前がリーダー格の金髪の女か、アホどもをまとめているだけあって話が早いな。さあ王城へ来い、そこでしっかりと誤解を解い取り調べしていこうなぁ?」


「――誤解がないように、お願いしますよ?」


 結局、王城まで連行されるハメになってしまうのだろうか。こちらの主張が通るとは到底思えないが、だからといって冤罪が証明されるチャンスもそこにしかない。一か八かで行くしかないか……あれ?


「どうしたのレオナ、ちゃんと冤罪だって証明しなきゃ!」


「そうしなきゃいけないのは分かっているんですが、キッチンから出られないんですー!」


 そうか、イエスマンの効力で俺はんだ! となると、一刻も早く料理だけ作って……ええい、このまま焼けばなんとかなるだろ!


「おいお前、この状況でなぜ料理を始めるんだ! 自身がどんな立場に置かれているのか分かっているのか!?」


「すみませんー! これが私の一現性能力ワンオフなんですー! 今は調理が終わるまで外へ出られないので、どうせなら取り調べもここで行ったらどうですかー?」


 左手でフライパンを振りながら、さりげなく女に揺さぶりをかけてみる。こういった時に少しでも俺たちに有利な点を作っておかないと、確実に四人仲良く処刑されてしまう。クロエちゃを助けるためにも、変なマネをしないよう意識を女に向けつつ、お皿にバイソン型モンスターのサイコロステーキを盛る。同時に、イエスマンの効果も切れて体の自由が利くようになる。


「――おい、皿が五つしかないじゃないか。ワタシの分はないというのか?」


「どうしてあなたの分も!? それに、私の一現性能力の効力はもう切れましたので、もう王城へ行けますよ……?」


 なんだコイツ、いきなり極悪犯罪人扱いしてきた上に、朝ごはんまでいただこうだなんて。ジェニスヴォード王国は、ミレイユ様の後釜がこんな図々しいヤツでいいってのかよ。


「本当にどうしようもないアホだな。せっかく用意した食事がもったいないであろう、しっかりといただいてから向かうぞ。ほら、いただきます!」


 五人分の朝ごはんを急遽六等分し、いつもより窮屈な机でいただく。家中を包み込む異様な緊張感で、味は全くといっていいほどしなかった。柔らかくて四角いお肉を、ただ咀嚼して喉を通しただけだ。


「ごちそうさまでした……なかなか美味かったぞ。お腹も満たせたことだし、さっさとお皿を洗って王城へ向かうぞ! 銀髪、早く手伝え!」


「は、はい!」


 さっきまでの威勢はどこへやら、ただの育ちのいいヤツになってしまっている。手際良くお皿を洗う彼女の手指には、いくつもの切り傷が見えた。やはり腐っても騎士団なんだな……。


「これでよし! さあ王女様に極悪犯罪人四名ども、ワタシの馬車でさっさと王城へと向かうぞ! 途中で脱出しようなどという、愚かな考えは捨てることだな!」


 一種のギャップというか、第一印象が最悪だっただけに、今のコイツの指示になら割とすんなりと従おうという気にさせてくれる。まさか朝ごはん一つでここまで変わるとは。コイツもお腹空いていたのかな……?


 いらない同情をしかけたところで、俺たち四人は狭い馬車へと押し込められる。肝心のクロエちゃはというと、女がしっかりと守るようにすぐ近くに座らせている。やはりこちらに奪還の隙を与えてくれないか……。


「左右の確認よし、それでは……出発進行おおおお!」


「「「「――ひゃああああっ!」」」」


 急発進した馬車は揺れに揺れ、俺たちはもみくちゃにされる。いくらこちらに誘拐の容疑がかけられてるからって、ぞんざいに扱うのにも限度があるだろ! ちょっとだけお前のことを見直した時間を返せー!

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