冒険王女

第25話 王女様、お城へ帰りますよ

 この世界に転生してから、大体一か月が経った。

 今ごろリアルでは二学期が始まっていて、俺の机には花瓶でも置かれているんだろうな。グラクリの連続ログインボーナスも受け取れないし、毎朝推しを愛でることも……。


「おはよーレオナ! そろそろクエスト行っちゃう?」


 ――いや、こればかりは今の方が何倍も愛でられるんだよな。

 金色の髪を揺らしながら、前世からの最推しであるイリーゼ・リルファバレルたんが二階から駆け下りてくる。うん、今日も推しがかわいい!


「おはようございますイリーゼたん。すみません、私のせいで皆さんにまで恥ずかしい思いをさせてしまって……」


 一週間前に起きた『スライム大量発生事件』で、俺は全裸の状態で冒険者ギルドに突っ込んでしまった。すぐにフウカがスライムで姿を隠し、家から着替えを持ってきてくれたものの時すでに遅し。ギルド内はなんともいえない空気に包まれ、全員の顔が真っ赤に染まっていった。


「もう大丈夫だよ。それよりも、あの女の人の方で話題が持ち切りだから」


 スライムを悪用したあのエロ女は実は冒険者であり、そのエピソードを聞いた時には床を転がるほど爆笑していたようだ。結果としてヤツの欲求まで満たしてしまったのかよ。

 なお、クエステットの報酬金は彼女が喜んで自腹を切ってくれた。本当に自身の快楽のためだけに国中を巻き込んだアホである。どんな処刑が下されるのかと思っていたら『逆にギルドに縛りつけた方が安全』という理由で、今はカトレアの手伝いを勤しんでいるらしい。


「それじゃクロエちゃたちも起こして、まずは朝ごはんにしましょうか」


「おっけー。あーしは三人を起こすから、レオナには料理をお願いしよっかなー?」


 彼女のリクエストに従い、イエスマンはゆっくりと貯蔵庫に引き寄せられる。一週間外に出なかったからなぁ……何か残ってるのかな?

 パーティーの食事担当は、料理の練習も兼ねてクロエちゃがメインで、そしてミレイユ様が保護者として一緒に行っている。俺がキッチンに立つのは、ライノ型のステーキを作って以来だ。


「バイソン型のブロックがあと少しだけ……よし、ちょうど五人分ありそうだな」


 朝食を確保できることに、ひとまず胸をなで下ろす。お肉以外は特に食べられそうなものはなかったので、お昼以降はお店で色々と買い込んでおかなきゃだ。

 キッチンに移動し、いよいよ調理開始……というところで、コンコンと扉を叩く音がする。


「あれ、朝からお客さんかな? でもそっちに行けないんだよな」


 来客対応をしようにも、俺の一現性能力ワンオフがそれを許してくれない。仕方ない、ここはみんなに任せよう!


「皆さん、誰か来ましたー! 私はイエスマンで動けませんので、誰か出てくださーい!」


「なんですの……あさからおきゃくさんだなんて、クエストのいらいですの? とにかくわたくしがでますわ」


 目をこすりながらクロエちゃが玄関へと向かう。背伸びしてノブを掴み、力いっぱい扉を引く姿がなんともかわいすぎる。やっぱりクロエちゃも推せるな、つい応援しちゃう……。


「よいしょっと。なにかよーですのー? って、うそでしょ……!?」


「ど、どうかしたんですか!?」


 明らかに焦りが見える彼女の後ろ姿と、震える声。そんな状況を前にしても、俺は調理の手を止められない。本当、イエスマンってこういう時にはとことん使えないな!


「クロエちゃ、状況を説明してください! 私は今動けませんが、イリーゼたんやミレイユ様ならなんとかできますので!」


「うるさい! 貴様らがだと、王都の住民たちがそう証言しているのだ!」


 ――だとすると、玄関先にいるのは王国の従者か!

 クロエちゃ自身が『王城を逃げたい』と願ってクエストを依頼したとはいえ、俺たちのやったことは『ジェニスヴォード王国第六王女の誘拐』だ。嗅ぎつけられて当然……むしろ今までやって来られなかったのが奇跡に近いのかもしれない。


「わたくしはぜったいにもどりませんわ! そもそもわたくしは『だいろくおーじょ』、かわりがごにんもいるじゃないですの! ソイツらでもうやまえばよろしくて?」


「まずい、王女様は奥の女に洗脳されているのか……っておい! まさかその包丁で、王女様を殺めるつもりじゃないだろうな!」


 えぇ、いきなり俺に飛び火がー!? そんなわけないだろ! なんで俺がこんなにかわいくて仕方ないクロエちゃを、そんな酷い目に合わせなきゃならないんだ!


「違いますから! 私はただ朝食を作っていただけです、別にクロエちゃ……王女様を殺めるつもりなんてございません!」


 俺は行動を制限されているなりに、ブロック状のお肉をさらに細切れにして『いかにも調理してますよ』というアピールをとる。ほら、ちゃんとした用途で包丁を使ってるだろ! これ以上あらぬ疑いをかけるな!


「なにやら朝から騒がしいですね。誰ですか、ボクの優雅な目覚めを妨げるのは……ってクロエ様がああああっ!? それにその鎧は……騎士団長のものじゃないか!」


「これはこれは、ミレイユ・メルルリ騎士団長ではないですか。勝手にその役職を放棄し、ワタシのような若手にチャンスを与えたことだけは、評価してさしあげますよ」


 そうか。クロエちゃと同時にミレイユ様も王城を離れたことで、必然的にジェニスヴォード王国騎士団のトップの座は空席になった。そして彼女が後任に選ばれたってわけだな。


「――から手を離せ。そのお方はボクの主であり、そしてかけがえのない仲間だ!」


「誰が悪に堕ちた騎士の言うことなど聞くか! さあ、お城へ帰りますよ……いや、お前らも王城に来るんだったな。第六王女を誘拐した、この極悪犯罪人どもがぁ!」

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