第24話 TSの功罪

 緑色の柔らかなスライム越しに、女の欲望に満ちた声がする。その表情は外からはうかがい知れないが、おそらく口角をあげてニマニマとした笑顔を、フウカへと見せていることだろう。


「随分と余裕そうですね。追い込まれているというのに、まだ自分に勝てる気でいるとは!」


「ええ余裕ですよ。今私たちを囲っているのは、私の作り出したスライムなんですからね~!」


 女がそう言うと、ドーム状のそれはみるみる縮みだす。強制的に距離を詰められることで、お互いに相手からの攻撃が避けづらくなる。

 しかし『倒す』のではなく『辱める』のが目的な女にとっては、むしろ絶好のシチュエーションが形成されていくわけだ。


「これで私の手により、恥辱に歪むあなたのかわいらしいお顔が見られる……。だけどもう少し焦らして、食べごろになるまで遊ぶの……!」


「あまり舐めないでください。自分はあなたの何百倍もスライムを扱ってきたんです。これしきの攻撃など、スライム使いオリジナルにとっては造作もありません!」


 フウカは女に向かって力強く言い切ると、ドームを覆うように、水色のスライムが音もなく形成されていく。そして相変わらず、視覚情報はシャットアウトされたままだ。

 なるほど。フウカは縮小していく緑のスライムを一旦消滅させて、広々としたスペースで戦おうというわけか。となると、俺も余計なリアクションをしないようにしなきゃだ。


「あなたの策には乗りません……はぁっ!」


 フウカの怒りつつも、どこか落ち着きのある叫び声とともに、ドームが大きく揺れる。残念ながら女には攻撃が当たらなかったようだが、これでスライムの壁を壊せる!


「おっと、どこを狙っているのですか? 私はこっちですよ。さっきの高速移動を真似てみました……どうです、初めてにしては上手いでしょう?」


「さすが他者の一現性能力ワンオフをコピーできるだけはありますね。まさか、ものの数十秒でモノにしてくるとは」


 両者ともに一歩も退かないスライム対決。それでも、フウカの方が一枚上手だ……!


「「――作戦通り」」


 ドームの中から二つの声が聞こえる。フウカだけでなく、女の方も何か策を張り巡らせていたのか!? 近づこうにも、外側にある水色のドームの存在を知られてはまずいので、俺は立ち往生するしかない。


「――なっ! さっき杖で壁を壊しにかかったあの一瞬で、!」


「大正解で~す。しかし杖で小突いて壊そうとするなんて、スライム使いだけあって用意周到ですね。しかし、スライムが飛び散りやすくしたんです。今は袖のみですが、次は全て溶かしちゃいますよ~!」


 壁に触れたら服が溶けるというところまではなんとなく予想がついていたが、その壁の『壊れやすさ』まで操ってくるとは思わなかった……。

 あくまでフウカの恥ずかしがる表情を見るためだけに、あの脳内エロ女はそこまでの応用を利かせてくるのかよ!


「呆れましたよ。あなたったら、本当にしょうもないことのために戦っているのですね。もう一現性能力のムダ遣いとしか言いようがありませんよ」


「しょうもなくありません! 私はかわいらしい女の子が、耳まで真っ赤にしながら恥ずかしがる姿を『芸術』だと思っているだけです!」


 うるせえド変態、この世全ての芸術に謝れ!

 性癖のためにスライムを使って、国中に迷惑をかけるんじゃないよ。お前のせいで吹けば飛ぶような弱小ギルドに、大量のクエステットが押し寄せてきたんだからな?


「さて、そろそろ本気で辱めてさしあげましょうか! 痛くはしませんので、その辺りはご安心を~!」


「いくら正面からスライムで襲いかかろうと、自分には全く効きま……違う、後ろか!」


 内部はどんな様相を呈しているかは分からないけど、とにかくフウカが裏をかかれたようだ。

 とにかく助けに行かなきゃ……この際、彼女の作戦がだなんて言っている場合じゃない。ただ蚊帳の外で、フウカのことを応援するだけじゃダメなんだ!


 ――待てよ。スライムの壁なんだから、少しずつちぎっていけば壊せるんじゃないか?


「そうと決まればやるしかねええええっ!」


 まずは水色のスライムに両手を食いこませ、全力で左右に引き裂いていく。柔らかいのに硬い壁になんとかヒビを入れ、今度はそこに腕を突っ込んでさらに壊しにかかる。

 さすがフウカといったところだ、これをぶっ壊すの、とんでもなく骨が折れるよ……それだけこの作戦に懸けてたんだな。その気持ちをしっかりと受け止めて、俺も一緒に戦うよ!


 人ひとり入れるスペースを確保し、俺はノータイムで隙間に見える緑色の壁へと突入。ちょうど真正面で陣取っていた女の顔面に向かって、俺は銀色のガントレットを構えて接近する。


「なんで……なんであなた、恥ずかしげもなく近づいて来れるのですか~!?」


 ――残念だったなエロ女。服を溶かされたくらいじゃ、一ミリたりとも恥ずかしくないんだよ! そのまま勢いを落とすことなく、迷いなく左腕を振り抜く。


「これでも食らえ! イリーゼたんの……黒ビキニのうらみいいいいっ!」


「かはっ……!」


 パンチをモロに受けてよろける女に、少々残酷だとは思いつつも二発目のアッパーを放つ。女性を殴るなんて、前世じゃ絶対にしなかったけど……今回ばかりは許してほしい。


「もう一発、これはフウカ仲間の一現性能力を悪用されたことへのうらみいいいいっ!」


 緑色の壁を突き破り、女は皮肉にも全てを溶かされた状態で石畳に打ちつけられる。できるだけそっちの方向を見ないようにしつつ、俺はフウカのもとへ駆け寄る。


「フウカ、大丈夫だった? 怪我とかない!?」


「じ、自分は大丈夫ですけど……レオナさん、服がっ……!」


「ああ、私も大丈夫だよ。別にそういうの気にしないし」


「レオナさんがよくても、自分は気にしちゃうんです~!」


 フウカは顔を真っ赤にしながら俺の姿について触れる。どうやら恥ずかしがるのは、自分が服を溶かされた時だけではなかったようだ。俺もイリーゼたんとお風呂に入った時にそんな感じになったから、フウカの気持ちはめっちゃ分かる。

 でもまあ、スライムの壁を通過した時に服は全て溶けきってしまったからな。このままギルドに帰るわけにもいかないし、どこかで服を買って……あっ。


 ――レオナはここに残って。


 このイリーゼたんの指示を遂行したってことは、元々あった指示である『最短ルートでバチバチに行く』方が適用されるわけで……。


「「ってことは、このままクリアでギルドに戻るんじゃ……ひゃああああ!」」


 ようやく宙を舞うのにも慣れたと思っていたのに、今度は全裸で飛ばされるのかよおおおおっ!

 やがてギルドにはフウカと身ぐるみを剥がされた俺が打ちつけられ、そのあまりの恥ずかしさに、イリーゼパーティーはしばらく外を出歩けなかった。

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