第23話 キミの『推し』として

「真剣に考えを巡らすその表情、いいですよ~! ここからスライムに負けて、恥辱で歪む姿……ああ~、興奮が止まりません~!」


 勝負はまだ始まってすらいないというのに、ヤツは俺たちが負ける所を想像して、悦に浸っている。とことん趣味が悪い女だな……。

 一度被害に遭ったイリーゼたんは身をよじりながら、声にならない声を上げて縮こまる。女はそれを目ざとく評価し、さらに顔をニヤつかせている。


「お前……!」


 さすがに最推しを辱められては黙っていられない。ペースを乱されながらも考えを整理していると、突如視界の隅で水色の髪が揺れる。それを認識した瞬間、フウカは一気に女との距離を急激に詰めていた。


「足元にスライムを仕込んで、地面を滑るようにして接近したのですね。さすが使い手オリジナルですね、そんな応用を利かせてくるとは」


「それはどうも、あなたからのお褒めの言葉はいりませんけどね」


 二人のゼロ距離でのやりとりを、取り残された俺たちは見守ることしかできない。あまりに予想外のできごとで、奇しくもフウカと女だけが『隔離された状態』となっている。


「――このまま一対一で戦いましょう。自分の『スライム』を悪用したいだけであれば、他の四人の一現性能力ワンオフなんて気にする必要はないはずです。そうでしょう?」


「わざわざ最初の獲物になりにきた、ということですね。いいでしょう!」


 女は左指をぱちんと鳴らし、緑色のスライムを巨大なドーム状にして二人を囲う。こちらからは内側が完全に見えないとなると、戦況が何一つ理解できない……。


「おっと、これでは青髪さんのかわいらしい声があなた方に聞こえませんね。少しだけスライムの壁を薄くしましょうね。あ~……どうですか、聞こえますか~?」


 視覚情報は据え置きで、幾分か声がクリアに聞こえるようになる。あくまでも女はスライムによってフウカを辱めるために戦うようだ。

 仮に前世の俺なら、こんな夢のようなシチュエーションを目の当たりにしたら興奮しっぱなしだっただろうが、今は違う。体が変にうずくこともないし、彼女をそんな目には遭わせまいと血を上らせている。


 ――待てよ、こちらに声が聞こえるということは。


「フウカ! スライムの中は大丈夫!?」


「ええ、自分はなんともありません! 今のうちに皆さんは逃げてください!」


 フウカと女がスライム内で戦闘する間に、俺たち……特に破壊力を伴う一現性能力を持つ、イリーゼたんとクロエちゃをできるだけ遠ざける。彼女がとるであろうこの作戦は、確かに効率的なものではある。


 ――それでも。


「フウカだけを置いて、そんな薄情なことはできないって!」


 頭ではそうすべきだと分かっているのに、同意とは逆の言葉を口走ってしまう。一体なぜだ、フウカが大切な仲間だからか?

 いや、理由なんてものはどうだっていい。俺はここから離れたくないし、離れてはいけないのだと。そう勝手に心の中で結論づけてしまっているんだ。たとえそれが、最悪の道をたどることになっても……。


「――分かった、アイツを倒すまで。あーしは、レオナとフウカのことをちゃんと信じてるからね。クロエちゃん、ミレイユさん、行くよ!」


「「はい!」」


 ありがとうイリーゼたん。後退したくても、絶対に退けないようにしてくれて……!


「ちょっとリーダー、一体何を考えているんですか! レオナさんもなんで……?」


「そんなの私には分かんないよ。とにかくフウカのことを一人にさせちゃダメだって思ったんだ。キミの『推し』として、私はキミの行方を見守る義務があるんだ、って」


「レオナさん……! そうですよね、推しにはいいところを見せてこそですよね! あなたには声しか聞こえないですけど!」


 くぐもってはいるものの、彼女の声色が一気に明るくなって聞こえる。いやー分かるよ、俺もイリーゼたんのためなら、もうなんだってできちゃうもん。そのせいでみんなを巻き込んじゃうこともあるけど……それでも俺は『イエスマン』という一現性能力を誇りに思っているよ。


 ――だからフウカも、自分の一現性能力と俺への思いを誇りに戦って!


「なんと、パーティー内でそのような間柄だとは。その予備知識を押さえておくと、恥辱の声もより深みを増しますねぇ~! 脳が快楽で潤ったような感覚がして、たまりませんよぉ~!」


 うわ、キッショ……そこまで興奮されるとドン引いちゃうって。なに一人で勝手に盛り上がってんの? めっちゃ怖いんだけど?


「それ以上余計な口を叩くようでしたら、快楽ではなく血で潤してやりますよ。あなたの行った、度重なるスライムへの冒涜……唯一のスライム使いであるこのフウカ・ムウカの手で、きっちり清算させます! ご覚悟を!」


 石畳を駆ける音が微かにして、スライムのドームが大きく揺れる。ついにフウカとコピー女の、一対一の決闘が幕を開けたんだな!


「いいですねいいですね~! その鬼気迫った表情、杖の扱い、スライムを射出する速度まで……使い手の威厳をひしひしと感じますよ!」


「本当に、いちいち神経を逆撫でする言い方をされるのですね。今度はあなたの喉元に射出して、その減らず口でも塞いでやりましょうか?」


 怒りが頂点に達しているからか、フウカはいつになく野蛮な手段で決着をつけにかかる。『服を溶かす』にしても『窒息させる』にしても、凶悪性が高すぎると思うんだけど……むしろ窒息の方が冒涜感ない?


「そう! 私にもっと怒り、恨み、非難してくださいな! そうやって恥辱へのボルテージを貯めていくのですよ……。緊張の糸がぷつりと切れるように、、服の繊維とあなたの戦意を溶かしきって、全てをぐっちゃぐちゃにするその瞬間まで……!」

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