第21話 スライム対スライム
戦場をフウカ一人に任せ、俺たちはイブラスの住民を避難させる。
スライムというものに対して、彼女なりの矜持があるのだとしても、本当に一人であの数を相手するつもりなのか? とにかく、まずは住民全員を一刻も早く安全な場所へ逃がさねば……。
「ねえ冒険者さん、私たちは助かるんですよね?」
「ええ、きっと大丈夫ですから……はぁっ!」
ミレイユ様の『ナイト』で装備したガントレットで追手のスライムを退けながら、住民を町の外れにある建物にどんどん入らせる。屋内なら幾分かは安全だろう。
「こっちにいたひとたちは、ぜんいんひなんさせましたわ!」
「こちらも全員済みました! ボクはここで住民の皆さんを守りますので、リーダーたちはフウカさんのもとへ急いでください!」
「おっけー! 服を溶かされないように慎重に行くよ!」
住民全員の避難を済ませ、俺たち三人は再び中心部へと戻る。
そこには、右手で杖を振り下ろして巨大な一匹のスライムを消滅させるフウカの姿があった。
「お疲れ様です。ひとまず目についたスライムは全て操って、跡形もなく消滅させました。早く次の現場へと行きましょう」
いつものおどおどした口調の彼女とは違い、言葉にしがたい芯のようなものが入っているように聞こえた。案外、怒らせたら一番怖いタイプなのかもしれない。
「ここから近いのだと王都ですね。こちらも目撃情報が多いです」
俺は依頼書に目を通し、ここの次に依頼の多い王都を指定する。
同時に『最短ルートをたどる』というイエスマンの効果により、空に浮かび上がる……わけではなく、今度は陸路で現場へ向かうようだ。
「――こちらもかなりいますね。住民は避難済みのようなので、このまま戦いましょう」
王都へ着くと、フウカは息一つ乱さずにすぐさま戦闘に移ろうとする。なに、今のフウカって疲れとか感じないの? もうハイになっちゃてるじゃん。
「フウカちゃんの気持ちは分かるけど、ムリしちゃダメだよ」
「ですが、スライム使いの自分が責任をもって片づけないと……!」
イリーゼたんの言い分も、もちろんフウカの言い分も理解できる。どちらの味方でもあるからこそ、俺やクロエちゃたちは何も言いだせない。今はイリーゼたんが続ける言葉に、全てを委ねるしかないんだ……。
「……めっちゃ偉いね。だけど落ち着いて聞いて。周りを見た感じ、住民たちは全員避難してる。あーしらが今焦る必要はないんだよ。だから、フウカちゃんはこっちに来るヤツらを確実に消滅させて! それまでは体力温存!」
「確かにリーダーの言う通り、自分の動きとしてはそれが一番効率的なのかもしれませんね。目が覚めました。あくまでもクエステットを成功させるために、この力を使わせていただきます!」
あれほどまでの量のスライムが、場所を問わず自然に発生するとは到底思えない。人為的なものと考えていいだろう。
しかし誰が、なんのために? 仮にフウカをおびき出すためにスライムを一斉に放ったのだとしたら、スライムたちは絶対にこちらへと向かってくるはずだ。わざわざ避難者を襲う理由が見いだせないからな。
――この仮説が合っているかなんてのは分からない。一応、待ち構える拠点は避難所の前にしておこう。
「ミレイユ様、王都の避難所はどこですか? そこを守るようにしてスライムと戦うのがいいかと思うのですが」
「住民の避難所は王城内のパーティールームです。出入口は正門の一箇所のみですので、スライムが押し寄せるとしたらそこだと思われます!」
ミレイユ様の先導で、全員で危険性の高い正門前に向かう。その道中、ゆっくりと跳ねながら進むスライムの群れを、フウカは的確に消滅させていく。俺たちの読みは間違っていなかったようだな。
正面に巨大な門が見えたところで方向転換し、スライムを待ち構える態勢をとる。緑色のそれらがだんだんと一点に集まっていくにつれ、彼女の杖を握る力が強まっていくように見えた。
「さあ来い。自分の『スライム』でこのクエステットをクリアし、王都の住民も守ります!」
一体化した巨大スライムに対して、フウカは全力で杖を振り下ろす。はめ込まれた水色の丸い宝石が眩い光を放ち、眼前の緑を軽く凌駕するほどの質量を持ったスライムを呼び出す。
「「「「うおおおおー! めっちゃでかい!」」」」
俺を含め、残りの四人はまるで幼稚園児のような感想を叫ぶ。突如現れたそれは、パーティーから語彙力を奪っていった。
「――これで終わりです!」
スライム対スライム、どちらが飲み込んでいったのかは言うまでもない。彼女の一振りで視界には薄い青のフィルターがかかり、フウカ・ムウカの勝利を裏付ける最良の証拠となった。
「これで王都のスライムは、全部片づけられたのかな?」
「スコールでかぜをふかせてみても、はっぱしかまいあがりませんわね。もーいないとおもいますわ!」
やった! となると、次の目的地はどこがいいだろう? 依頼書を繰りながら目撃情報の多そうな箇所を洗っていると、ある女の声がこちらに語りかけてくるのだった。
「喜んでいらっしゃるところ申し訳ありませんが……あなた方には即刻お家へ帰ってもらいます」
この前のバイソン型を呼び出したヤツとはまた別の、どこか妖艶な印象を抱かされる女声。
現時点で分かるのは、コイツがスライムを大量発生させた張本人であり、こちらに明確に敵意を向けていることだけだ。
「そんなことさせないから! どこに隠れてるか知らないけど、あーしらはお前を倒してクエステットをクリアするからね!」
「ちょっと怖いですよ〜。私はただ自分のために動いているだけだというのに、そこまで言われるなんて。クエステットなんてのはなんのこっちゃですが、私を脅かすようであれば、全力で潰します!」
すると目の前にあった茂みが勢いよく揺れ、中から一人の女性が現れた。
黒髪のストレートが目までかかっており、かなりの猫背。そんな見るからに負のオーラが溢れ出したヤツが、ゆらりゆらりとこちらへと近づいてくる。
そして、何やら意味深な言葉を俺たちに向けて吐くのだった。
「――あなた方の相手は、ある意味あなた方自身……嫌なら己を呪ってくださいね?」
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