第20話 柔らかくて固い意志

 俺たちはビーチから距離をとり、とりあえずいつもの服装に着替える。その間、フウカが杖を勢いよく振り下ろし、一匹の水色のスライムを作り出す。目には目を、スライムにはスライムをだ。

 ソイツは瞬く間に、海にいた緑色がかった有象無象を飲み込んでいき、やがて一体化していく。さすがスライムを操る一現性能力ワンオフといったところか、順当にフウカ製の方に軍配が上がる。


「よし……これで消滅させれば、と。もうどこにもいませんね」


 ひとまず服を溶かされるという脅威は去ったが、肝心の『スライムの大量発生』の原因は何も分からない。専門家であるフウカですら前代未聞のできごとらしいので、理屈で考えられることではなさそうだ……。


「とにかくギルドへ行きましょう! 他の冒険者の皆さんに、情報の共有をしないと!」


「そーだね、行こう! 服を溶かされたらみんなもまずいだろうし!」


 イリーゼたんの海水浴はまたも中止となり、俺たちもしばしの息抜きから現実に引き戻される。彼女の『行こう』という一言にイエスマンの効果が上乗せすることで、イリーゼパーティーは一気に冒険者ギルドへと突き動かされていくのだった。


「そうですか、とうとう海にもスライムが現れたのですね……」


「『海にも』って、他の場所でも大量発生してるんですか!?」


 既に『スライムの大量発生』という異変自体はカトレアの耳に入っていたようで、ヤツらの分布が一段階広がったという形となる。

 もはや自然発生したとは考えられないほどにスライムに浸食されているが、だからといってスライムを操る一現性能力という可能性もない。謎は深まるばかりだ……。


「ええ、もう既に五人専用クエストクエステットとしての依頼がこんなにも。このギルド内で五人の固定パーティーを組んでいるのはあなた方だけですので、できれば助かるのですが……」


「「「「「全ての現場に!?」」」」」


 一週間前のバイソン型といい、クエステットには何かと『全て』という単語が添えられがちらしい。また過酷なものになりそうだと、机に山積みにされた依頼書たちが物語っている。


「ええと、ちょっと失礼しますね。ざっと依頼書を確認してもよろしいでしょうか?」


 この膨大な量のクエステットに、意外にもフウカが乗り気になる。原因がスライムによるものだけあって、彼女なりに何か思うところでもあるのかもしれない。


「……なるほど。住民からのクエステット依頼を、片っ端から受注しているのですね。一見すると大量に思えますが、目撃地が一緒のものもあります。ほら、これとこれとか」


 フウカは異変の山から、二枚の依頼書をピックアップして机に置く。見ると、確かにどちらも商人の暮らす町である『イブラス』中心部での目撃情報となっている。大勢の人がパニックとなってしまった結果、目に見えるクエステットの依頼数が跳ね上がってしまったようだ。


「であれば、ボクたち五人でもカバーできるかもしれませんね!」


「そうと決まれば、あーしらでやるしかないね! 依頼書はレオナに任せるから、最短ルートでバチバチに行くよ!」


「「「「はい!」」」」


 再び体の制御を一現性能力に奪われ、俺たちはギルドから外に突き出される。すぐさま大量の依頼書の内訳を確認し、その中で最も効率の良さそうなルートは……。


「やはりイブラスでの目撃情報が多いです! まずはそこへ!」


「おっけー!」


 ルートが決まったことにより、俺たちは遥か東側に吹き飛ばされる。こっちは王都や湿原地帯のある方角だから、この間上空を素通りした、あの繁華街の正体がイブラスか。


「うぅ、やっぱり飛ばされるのは慣れないです~! でも、今度こそ杖から手を離しません……今回のクエステットは、自分にかかってますので!」


 いつになく意気込むフウカは、既に手首をスライムで固定して準備万端といったところだ。


「かなりやるきですわね。おめいをかぶるのがいやだからですの?」


「そ、それもありますけど……スライムを扱う者として、そのスライムでという事実が、自分は許せないんです。たとえ自然に発生したものだとしてもね……」


 俺とは動機が違えど、フウカも今回の件が許せないようだ。杖をぎゅっと握りしめた彼女の意志が、手首を覆ったスライムがわずかに揺れることで表面化した。


「――そろそろイブラスに着きます! ミレイユさんは念のため『ナイト』で鎧を作ってください……『スライム』!」


 瞬間、イブラス中心部にそれまでとは一線を画す大きさのスライムが現れる。それがクッションとなって、俺たちイリーゼパーティーは無事に着陸完了だ。

 周囲には海にいたヤツらと同じ、緑色のスライムたちが規則的に跳ねている。一匹として乱れないその動きは、まるでフウカが最初に俺たちに見せた光景のようだった。


 ――この世に同じ一現性能力が二つ以上存在するなんて、それこそありえない話なのに。


「そもそも、わたくしたちはスライムにかてるんですの? イリーゼの『サンダー』は、ヤツらにはきかないんですのよ!?」


「それに関しては、自分が操ることで消滅させていくので大丈夫です。皆さんは住民の避難をお願いします! できるだけ一箇所に固めて、はぐれないようにしてください!」


 フウカは着陸用のスライムを隣に誘導させながら、四人に的確な指示を出す。あくまでもスライムの処理は一人で行うつもりのようだ。

 住民を避難させる視界の隅で、両手で杖を構える彼女の凛々しい姿が映る……。


「――さあかかってきなさい。このフウカ・ムウカが、世界で唯一のスライム使いとして……責任をもって消滅させます!」

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