スライマーズ・ハイ

第19話 水着回

「それそれー! 今日はバチバチじゃなくてバシャバシャだよー!」


 例のクエステットから一週間ほどが経ち、俺たちは海へとやってきていた。

 俺とイリーゼたんが出会った、このパーティーのルーツといっても過言ではない場所だ。

 そして……俺の真正面には天使がいた。


「あはは! めっちゃ楽しーねっ!」


 その海水をすくう、細くしなやかな指の動きと連動して、ストレートの金髪とバストサイズ『84』が軽く揺れる……。黒のビキニを華麗に着こなす、あの『水着イリーゼたん』という天使すぎるギャルが。


 謎の声の正体は、未だ手がかりすら掴めていない。本来ならこんな所で遊んでいる暇などないのだろうが、ただ闇雲に追っても仕方がないし、眼前の事実に比べれば、そんなものはどうだっていい。


「本当に楽しいですー! まあ、水遊びしてるのは私たちだけなんですけどね」


 ――というわけで全員で話し合った結果、イリーゼパーティーは『遊べるうちに遊んでおこう』という冒険者パーティーにあるまじき、ゆるゆるな方針でやっていくことにしたのだ。


 俺とイリーゼたんは、ベタに水のかけ合い。

 クロエちゃとミレイユ様は、砂でお城を作っては壊しを繰り返していた。元第六王女は王族に対してそこまで恨みがあるのか、怖すぎるよ。

 そしてフウカはというと、スライムをパラソルとビーチチェアの代わりにしてくつろいでいた。彼女はインドア派であり、クエストがない時は極力体を休めておきたいそうだ。


「へいレオナ! 戦闘でも水遊びでもよそ見は禁物だよ、あーしのお水攻撃を食らえー!」


「ひゃっ!? もう、だったらこっちもー!」


 ――俺は今、この世界の……元いた世界も含めて、誰よりも幸せを噛み締めている自信がある。

 なんたって、最推しであるイリーゼたんと、こうして水遊びができているんだぞ!? 彼女の屈託のない笑顔を独り占めしながら、お互いに水をかけ合う。一言で表すなら……最高すぎるーっ!


「四人とも、本当にお元気ですね……。ですが、疲れを溜めないようにしなければ。皆さ〜ん、少し休みませんか〜?」


「「「「はーい!」」」」


 フウカに休憩を促され、俺たちは彼女のもとへ集合。熱を帯びた肌をスライムで冷やしながら、しばしの休憩タイムへ移る。スライムは『体に密着する保冷剤』といった感じで、涼しくて気持ちいい。


「フウカはあそばなくていーんですの?」


 燻製にしたバイソン型のお肉をつまみながら、クロエちゃは何気なくフウカへと問う。

 小学校低学年の子どもというのは、遊びに対しては無尽蔵のスタミナを誇る。クロエちゃからすれば、なぜそんなに休んでいるのか気になるようだ。


「ええ、自分は大丈夫ですよ〜。海で遊ぶなんて柄じゃないですし、それに泳げないんで……」


 その証拠に、フウカは五人で唯一普段と変わらない服装でここまで来ている。

 イリーゼたんは言わずもがな、レオナは白のビキニ、クロエちゃはなぜかスクール水着風のものであり、ミレイユ様に至っては『ナイト』で作ったビキニアーマーである。


 なんで王城からスク水を持ち込んできたんだ? そもそもなんでこの世界にスク水に類するものがあるんだ? 思考を巡らせていった結果『もともとスマホゲームの世界なのであってもおかしくない』とムリのある解釈をするしかなかった。


「そーなんですのね。まー、たのしみかたはひとそれぞれですものね」


「ええ! レオナさんのかわいらしいお姿を拝めるので……うふふ……」


 一気に肝が冷えた感覚がしたが、その気持ちは分からないでもない。だって推しなんだもんね。俺だってイリーゼたんを間近で拝むために水遊びをしてたもん。直接触れ合うかどうかで、本質はそこまで変わらないのかもしれない。


「それにしても、ここ一週間クエストを受けていませんが……お金の方は大丈夫なのでしょうか?」


 しばらくして、ミレイユ様がリーダーにクエストについての質問をする。元来マジメな性格で、ずっと騎士団としての生活を送っていた彼女は、まだ『何もしない』という時間に慣れていないようだ。


「その辺は大丈夫だよー! この前のクエステットの報酬金が、まだ八割も残ってるからねー。でも、そのうち軽めのクエストには行こうかなって思ってるよー! 心配ありがとね!」


 あの弱小ギルドで軽めのクエストが舞い込んでくるかどうかはさておき、クエステットの報酬の豪華さに驚かされる。やはり『五人専用』だなといった感じだ。


「五人で過ごして、まだ八割も残っているのはすごいですね……あれ? 海の方からスライムが?」


 ふと海を見ると、大量のスライムがぴょんぴょんとこちらの方へとやってきていた。一体、フウカは何をしようとしているんだー?


「いやいや、アレは自分じゃありませんよ! ほら、杖も持っていませんし」


 フウカの一現性能力ワンオフでもないとなると、いよいよ大量発生の原因が分からなくなってしまう。もともとスライムが海に生息しているモンスターだとすると、水遊びをしていた俺たちに敵意を向けているのかもしれないな。


「フウカ! あれらはどう対処すればいい!?」


「すみません、こればかりは……海からスライムが、しかも大量に発生するなんて事例は、前代未聞なんです!」


 この前のバイソン型の件は、遠隔で一現性能力を使っていたヤツがいたからこそ起こった事象だ。

 しかし今回は『スライム』を使っていないにも関わらず、本来現れることのない海にスライム大量発生した……。


 一現性能力はその名の通り、世界で一人しか扱えないの能力だ。だからフウカの他に『スライム』を使える人間は存在しないわけだ。だからこそ、今回の異常さが際立つ。


「とにかく倒すしかないっぽいね! じゃあ、ここはあーしが一気にやるよ!」


 イリーゼたんのガントレットが白から橙へと色をつけていく。彼女の一現性能力である『サンダー』で、海のスライムたちを一度に無力化させる作戦のようだ。

 砂浜を爆走し、やがて大量のスライムたちと対峙する。海面にガントレットを叩き込もうとした瞬間、事件は起きてしまった。


「ひいいいいやああああーっ!」


「イリーゼたん!? どうしたんですかー!?」


 彼女のただならぬ悲鳴を聞き、四人はすぐさま海へと向かう。そこには、なんとも直視しがたい光景が広がっていた……。


「スライムに触っちゃダメ! 水着が……ー!」


「「「「ちょ、待ってそれヤバいヤバいヤバい!」」」」


 その場にうずくまりながら、イリーゼたんが腕だけを伸ばして俺たちを制止する。従来のスライムには見られなかった性質を持つそれらに、幸か不幸か、水着だけ綺麗に溶かされてしまったようだ。


「許せない……!」


 イリーゼ・リルファバレルを推す者として、俺はスライムたちを……そして少しだけ期待してしまった自分自身も、絶対に許せない。イリーゼたんを安全な場所へ避難させながら、俺は彼女の尊厳とビキニのために復讐を誓うのだった。

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