第16話 勝利宣言は本当に勝利宣言

 俺たちは王都の上空を素通りし、繁華街や別の冒険者ギルドなども通過する。下からたくさんのヤツらに好奇の目で見られていたが、俺たちがいなかったら、バイソン型が町に突っ込むかもしれないんだからな?

 だから後で感謝を……仮に俺たちがこのクエステットをクリアしたら、パーティーの名前は広まったりするのか? まあ、クロエちゃとミレイユ様がいるから広まりはするか……。


「皆さん、そろそろ湿原地帯が見えてきましたよ!」


 青みがかった視界ではその全容を確認することはできないが、前方には一見すると海のような光景が、確かに広がっていた。これが例の『湿原地帯』か……。


「あそこには演習で何度か来たことがありますが、想像よりもかなり足場が悪いです……気を引き締めていきましょう!」


「「「はい!」」」


 騎士団長としての経験から、ミレイユ様が的確なアドバイスをくれる。そんな彼女が言及するくらいだから、よっぽど地面がぬかるんでいるんだろうな……。


「さすが『きしだんちょー』ですわね! それにしても、こんどはしっしんしてないんですのね?」


「ええ、なんとかー! 結局は気の持ちようです!」


「それでこそミレイユ・メルルリですわねー……っていたいいたい! きゅーにしめないでくださいまし!」


 抱きかかえる腕に力が入ってしまったようで、クロエちゃのお腹が締め上げられてしまう。自由な状態にある脚でじたばたするも、当のミレイユ様は『失神しないこと』に集中するがあまり、主の声が聞こえていないようだ。心なしか、目もイっちゃっているように見える……。


「ミレイユさん、クロエちゃんの顔色がヤバいことになってるってー!」


「……というか、そろそろ地面にぶつかるー! フウカ、スライムをみんなの体にくっつけて! 皆さんも一応、手で頭を守っててください!」


「わ、分かりました! えいっ……!」


 フウカは杖をなんとか前方へと振ると、直後に視界が青みがかって、全身にスライムが密着する。これで地面に激突しても大丈夫だ!


はひはとありがとほへへはっひひはほこれでバッチリだよおおおお!?」


 フウカにスライムフィルター越しの感謝の意を伝えたところで、ぷにぷにとした装甲に衝撃の波が走る。同時に、再び上空へと浮き上がってしまう。


ふぉっはそっかふはひふははへへふんはスライムが跳ねてるんだ!」


 確かフウカの『スライム』は、その場を規則的にぴょんぴょん跳ねる習性があったはずだ。

 一度地面についてしまった今、スライムは俺たちが中にいることなんてお構いなしに、一生上下するってことじゃん!


ふーはフウカひーいいふぁいひんふへタイミングではいふぉひへして!」


「んん、ふひへふムリです~! ふへは杖がへはは手からははへへ離れてへへはひんへふ消せないんです~!」


 なんて言ったかはよく分からないけど、とにかくスライムが解除できないっぽいな。というか、こっちの言葉はちゃんと伝わったのね……って、このままずっと揺らされるってのかよー!

 密閉空間だから空気も薄いし、最悪の場合窒息死もありえる。一体どうすれば……そうだ!


「――ほほははこのままふっへんへほい突っ込んで来いはいふぉんバイソンはは!」


 俺は辛うじて見える視界を頼りに、ここに突撃してくるとされているバイソン型モンスターの動向を確認する。どうやら真正面から、おびただしいほどの数がやって来るらしい……。

 目には目を、モンスターにはモンスターを。纏ったスライムが剥がせないのなら、バイソン型からの突進で、少しずつ削り取ってやればいい!


 『衝撃が来ること』を覚悟して待つというのも、これはこれで怖すぎるもんだな。バイソン型との激突まで三、二、一……ゼロ!


「「「「「ひゃああああーっ!」」」」」


 痛みこそ全く感じないものの、突進により吹っ飛ばされた衝撃と、周囲のスライムが削られたことによる空気の流入を肌で感じる。よし、作戦大成功だ!


「ぷはぁー! あーしたちが倒すべきバイソン型に、逆に助けられるとは思わなかったねー!」


「ほんとーですわよ……ひっ、おめしものがきったねーですわ!」


「クロエ様、釣られてお言葉遣いも汚くなっております!」


「皆様、本当に申し訳ございませんでした! もうスライムを出したまま杖は手放しません!」


「本番はここからです。アイツら、私たちを明確に『敵』として認識したみたいですから」


 ぬかるんだ茶色と緑色にやっとの思いで脚を下ろし、ようやく俺たちイリーゼパーティのクエステットが幕を開ける。

 ミレイユ様の言った通り、湿原地帯は想像以上に足場が悪い。こうしてただ立っているだけで、地面に埋まってしまいそうな錯覚に陥ってしまう。


 そんな状態で、あれほどの数以上のバイソン型を相手する……だけど不思議なことに、今の俺にはこのパーティーが負けるイメージは全くつかない。

 イリーゼたんやミレイユ様が戦闘経験豊富だから? クロエちゃの『スコール』やフウカの『スライム』が、汎用性の高い一現性能力ワンオフだから?


 ――答えはそれらに加えて、だ。


「――ねえレオナ。バイソン型って、ステーキにしたら美味しいと思う?」


 敵視されたバイソン型の群れを、こちらも敵視し返す。僻地の弱小ギルド発、イリーゼ・リルファバレルのパーティーがその名を轟かせるための、恰好の相手を見据えて……。


「どうでしょうね……一つだけ言えるのは、ライノ型一昨日のよりは何倍も美味しいと思いますよ?」


「いいねー、じゃあ数週間は食べ物に困んないわけだ……みんな、バッチバチに勝つよ!」


「「「「はい!」」」」


 イリーゼたんは右手のガントレットに電気を流しながら、高らかに勝利を宣言する。

 ――なんで勝つか分かるかって? 俺は、最推しの言うことならなんだって聞ける『イエスマン』だからなー……!

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