第12話 最後の一人

「匿名で出してきた依頼主が、まさか王女様だとは思わないじゃないですか~!」


 カトレアは頭を悩ませながら、クロエちゃとミレイユ様のレベルカードを作成していく。

 二人を冒険者にするも地獄、しないも地獄。ならば眼前にいるクロエちゃの機嫌を損ねないよう、ギルド長が選んだのは『する方』の地獄だった。


「申し訳ございません……どうか王女様のわがままをお許しください。ジェニスヴォード騎士団長、ミレイユ・メリルリが後ほど責任をもって、この冒険者ギルドを解体しないよう国とかけ合ってまいります!」


 国からしてみれば、クロエちゃは二人の冒険者俺たちに誘拐されたことになっているわけで。それを防げなかったミレイユ様にも、相応の責任がのしかかるのか……。

 そんな覚悟を決めた彼女の震える握りこぶしを、クロエちゃは両手で優しく包むのだった。


「――ミレイユはなんにもわるくないですわ。わるいのはぜんぶわたくし……『だいろくおーじょ』のせーかつをすてたんですの。これくらいのせきにん、しっかりとりますわ!」


「王女さ……いや、! ボクはあなたの護衛として……命を懸けてあなたをお守りいたします!」


 二人にあった『王女と騎士団長』という主従関係の形が、少しだけ変化を見せる。両者の間にあったのようなものが取り払われて、クロエちゃもミレイユ様も眩しい笑顔を見せている。ああ、かわいいなぁ……。


「――お待たせいたしました。こちらが冒険者の証である、お二人のレベルカードです……」


 カトレアはさっきのミレイユ様の何倍も震えた手つきで、一枚ずつ桃色のレベルカードを手渡す。これで私たちのパーティーに二人が加わり、四人体制となったわけだ。


「なんか、すごいことになっちゃたけど……二人とも、あーしのパーティーにようこそ! あーしはイリーゼ・リルファバレル、これからよろしくねー!」


 リーダーであるイリーゼたんが新入りを歓迎する。えっと、この流れだと俺も何か言った方がいいよな……というか俺たち、かなり悪目立ちしちゃってるじゃん。当たり障りのない一言を添えつつ、イリーゼたんの家に移動するように話題をもっていこう……。


「私はレオナ・イザリドロワです。イリーゼたん、お二人の歓迎会はどうします?」


「そうだなー……イマイチ思いつかなかないから、一旦家に帰って休もうかな! ついてきてー!」


 ふぅ……作戦成功、ひとまずイリーゼパーティーはギルドを後にする。朝早くから厄介な一現性能力ワンオフで二度も空を舞ったことで、イエスマンの効果が解除してもなお、体は重く感じた。ただ近くの家に向かっているだけなのに、途方もない距離を歩かされるように錯覚して……後ろに誰かいる!?


「あ、あれー……?」


 後方から視線を感じて咄嗟に振り返ってみたが、そこには誰にもいない。どうやら気のせいか……。


「どーしたんですのレオナ。うしろにだれかいたんですの?」


「いえ、見ての通り誰もいなかったみたいです。一瞬、視線を感じたんですけど……」


 結局視線の正体は不明のまま、俺たちは家へとたどり着く。心にもやもやを残したまま家の中に入るのは嫌なので、俺はもう一回後ろを振り返ってみる。


 ――そこには、巨大な杖を構えた一人の女の子が立っていた。急に人が現れたというのに、疲れのせいで大きなリアクションはとれなかった。


「「あ」」


 水色のボブに、黒のメッシュが一筋。これまた水色の瞳は、完全に俺だけを向いている。もしかして、さっきの視線の正体はコイツなのか……?


「えっと、私に何か用ですか?」


「そ……そうです! じじじ自分は、あなたに……おおお、お話がありましてぇ!」


「一旦落ち着いてください!」


 何やら俺に用があるという彼女は、話し方が明らかに挙動不審なものとなっている。初対面だし、特別怖がられるようなこともしていないはずだ。


「レオナだけに用があるなら、まあーしたちは先に中入ってるねー」


 この話に関係のないイリーゼたんたちはそそくさと家の中に入り、窓からチラ見し始める。一応気にはなってるんだな……。


「――では気を取り直して。レオナさん!」


「は、はいぃ!」


「じ、自分はですね……。あなたのその銀色の髪に、深い青色の瞳に…………! さっきギルドに飛んできた時に初めてお見かけして、こんなに美しい方がいるんだ、って……! そ、それだけですううううっ!」


 伝えた言葉の恥ずかしさからか、彼女はそれだけを言い残し走り去ろうとする。俺は咄嗟にその細い手首を掴み、逃げられないように……自分でもなんでこうしたのか分からなかった。


「ちょっとちょっと、待ってくださいよ!」


「じ、自分は伝えるべきことはもう全て伝えました! もうつきまといませんので、迷惑もかけませんので~!」


「大丈夫です、迷惑だとも思っていませんし……!」


 俺がイリーゼたんたちを推しているように、この子もレオナの見た目を推しているわけだ。その気持ちに無理やりふたをして、苦しまないでほしい……。


「――もしよかったら、私たちのパーティーに入りませんか?」


 リーダーであるイリーゼたんになんの断りも入れず、独断で口走ってしまう。窓の方をちらりと見ると、明らかに慌てた様子の彼女が映っていた。

 グラクリのゲームシステムがこの世界に反映されていると考えると、パーティーの最大人数は五人のはずだ。せっかくあと一枠の空きがあるのなら、俺は手を差し伸べたい。


 俺がイリーゼたんに拾われたように。今度は『推される側』として……!


「はい……! 自分は、フウカ・ムウカといいます! なにとぞ……よろしくお願い申し上げますうううう!」


 ――こうして、イリーゼ・リルファバレルのパーティーが結成されたのだった。

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