第11話 だいろくおーじょ

 ミレイユ様の案内で、俺たちはジェニスヴォード王国の中枢である王城へと足を踏み入れる。

 扉に乗って降ってきて、騎士団長と行動を共にする……本来なら秘密裏に行うべきクエストだろうに、否が応でも目立ってしまう。城門越しにこちらに視線を送る民衆がそれを物語っていた。


「こうなってしまっては、もう仕方ありませんね……さっさと第六王女様と謁見を済ませ、クエストを進めていきましょう」


「「はい!」」


 ミレイユ様からの小声での指示に、こちらも小声で返す。派手な装飾のされた廊下を慎重に進みながら、いざ第六王女様の待つ部屋へと向かう。

 それにしても、お姫様って六人以上もいるんだな。やはり跡継ぎを残すためなのか、それともグラクリ世界が特別ヤバいだけなのか。もっと前世で、世界史の授業をマジメに受けておくべきだったのかなぁ……?


「ここです。お二人はしばらくお待ちください、王女様を起こしますので」


 ミレイユ様は黒光りしている重厚な扉を三回ノックし、部屋の中からの返答も聞かないまま入室する。寝ていると判断してのものだろうが、だとしても不敬じゃない? まあ、これで許されているんだったらいいか……。


「王女様、冒険者のお二人が来られましたよ。起きてくださいな」


「――んん? ぼーけんしゃ……あー! きてくれたんですわね!?」


 分厚い扉越しに子どもの声が漏れ聞こえる。そんな大声を出しちゃうほど俺たち冒険者のことを待ってたの? 嬉しいような、責任重大なような……。

 やがて扉が開き、依頼主である第六王女様が俺たちを出迎えてくれた。


「よくきてくれましたわね! へきちのぼーけんしゃのために、じこしょーかいしてさしあげますわ! わたくしのなはクロエ・ジェニスヴォード、このくにの『だいろくおーじょ』ですわ!」


 ――現れたのは、およそ小学校低学年の年頃のお姫様……いわゆる『ロリ』だ。ふふん、と胸を張って自己紹介した勢いで、黒のツインテールが少しだけ揺れている。

 俺の知っているグラクリには、こういったロリ系の子は実装も、キャラの匂わせすらされていない。もうグラクリゲームとよく似た『別の世界』になってしまったわけだ。


 あとこれは絶対に口に出しちゃダメだけど、めっちゃかわいい……前世ではこんな妹がほしかったなぁ、ああクロエちゃ……。


「こら、シルバーのほー! わたくしのはなしをきーてるんですの!? あやしー……そーだ、わたくしのなまえをいってごらんなさい。ほんとーにきーているのなら、これくらいおぼえてあたりまえですものねー?」


「はい、クロエ・ジェニスヴォード第六王女様です! ばっちり覚えてます!」


「いいこころがけだけど、ねつりょーがすごいですわね……まーいーですわ、とりあえずおへやにはいりなさいですの」


 呆れ顔のクロエちゃに見惚れながら、俺たちも部屋へと入室する。

 最推しイリーゼたん準推しミレイユ様、そして『新推しクロエちゃ』。三人の推しに囲まれてしまい、俺は情緒が迷子になってしまう。なんとかして理性を保たねば……。


「――それで、王女様は冒険者のお二人にどんな依頼を? 護衛であるボクにすら詳細を話さないなんて、一体何をさせる気なのですか!?」


「それはね……わたくしを、ですわー!」


 ……ただの子どもの冗談だと、俺もあとの二人もそう思っていた。まさかそんなことのために、秘密裏にクエストを発注させるわけがない、と。


「それで、本当のクエスト内容を聞かせてくれませんか? 仮に暗号が用いられたものだとしましたら、申し訳ありませんが、解読は不可能でございます……」


「ちがーう! わたくしはほんとーに、しろからにげたいんですの! なにが『だいろくおーじょ』ですの、わたくしのかわりがあとんですのよ!? そんなばしょにいるりゆーなんて、ありませんことよ!」


 まさか本当に『逃げ出すため』のクエストだとは……。このままだと本人の希望とはいえ、俺たちは王女を誘拐することとなる。そしてもし実行に移してしまったら、俺たちの命はおろか、冒険者ギルドの解散も免れない。

 カトレアのヤツ、なんてものを押しつけてきたんだよー……!


「王女様のお気持ちも十分に分かりますが、さすがに城を出るというのは……。護衛としてどこまでもついていく所存ではありますが、どうするおつもりなのですか?」


「そーあせらないのミレイユ。だからこそ、ぼーけんしゃをこのへやによんだんじゃない。ほーほーはただひとつ……わたくしとミレイユが、こと、ですわー!」


「「「……ええええーっ!?」」」


 俺たち二人はもちろん、巻き添えにされたミレイユ様も同様の驚きを見せる。いやまあ、確かにゲーム上では、パーティーメンバーは五人まで連れていけるけどさ……。

 だからって、王女様と騎士団長を連れて行っていいわけがないじゃん! いくらクロエちゃ自身の頼みでも、できないものはできない……。


 ――そう心の中で結論づけた瞬間、俺の体はひとりでに動く。クロエちゃとミレイユ様の腕を掴むと、そのまま猛スピードで窓へと突進し、突き破って外へ出るのだった。


「ぎゃああああ! イエスマンのバカああああーっ!」


「そうじゃん、レオナの一現性能力ワンオフが……って、あーしも持ってかれるうううう!」


 四人仲良く王都の空を舞い、俺たちは『クエストをクリアする』という強大な引力に導かれてギルドまで飛ばされる。城の近くにいた兵士たちがこちらを追うのが一瞬だけ見えて、すぐにごま粒ほどの小ささとなっていく。


「ねー! これかんぜんにしぬヤツですわよね!? なんとかいってくださいまし!」


「そんなこと言われましても、私たちには対処できません!」


「なんですってー!? ではミレイユ……って、きをうしなってますのー!?」


 あまりの絶望感からか、ミレイユ様は完全に失神している。ああ、このままギルドの床にでも打ちつけられて、四人仲良くあの世でパーティーを組むのかな……。

 諸事情で扉のないギルドに吸い込まれた瞬間、感覚がして、全員無傷で着地する。これもイエスマンの効果の一つなのだろうか……?


「ええと……なぜクロエ・ジェニスヴォード第六王女様が、この冒険者ギルドへ? そしてなぜ空から?」


 ただ詳細不明のクエストを斡旋しただけの、何も事情を知らないカトレアが至極当然の反応を見せる。こんなことになったのもお前のせいだからな。


「はなすとややこしーから、ひとことで! わたくしとミレイユを、ここのぼーけんしゃにしてくださいまし!」

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