第10話 最推しと準推しと俺

 さっきから地味に、ギルドの外側へと引っ張られている感覚がする。

 クエストを受注したことによって、俺の一現性能力ワンオフである『イエスマン』が、王都の方へと向かおうとしているのだ。


「レオナさん、一体どうしたのですか? 落ち着かないようですが……」


「いえ、なんでもありませんよ! ここからの長旅に備えて、ちょっと準備運動をしようかなと!」


 カトレアからイエスマンの挙動を怪しまれないよう、その場で屈伸をやってみせる。いや、別にギルド長であるコイツにバレるのは問題ないし、そもそもレベルカードを作る際にバレてるんだけどさ……。


「はい、それはそれとして。クエストについてですが、依頼主様の意向で詳細は秘密となっているんですよね~……。とにかく、王都内の『噴水広場』という場所に来てほしいとのことです」


 なんだそれ……クエストを出しているのもバレたくないってことか? カトレアもそんなワケありのクエストを、俺たちに斡旋しようとするなよ。これなら受けない方が全然マシだったじゃん。


「説明は以上となります。それではイリーゼさん、レオナさん! 張り切ってどうぞ~!」


「「はい、分かりましたああああー! やっぱりもってかれるううううっ!」」


 さっきからじりじりと押し寄せてきていたイエスマンの力が、ここにきて勢いを増していく。二人揃って思いっきり扉に打ちつけられ、やがて


「いや、イエスマンの効果でなんでそうなるんですか~!?」


 扉ごと王都へ向かう俺たちを、カトレアは驚きと呆れの表情で見送る。なんでそうなるかって、そんなの……イエスマンが一番聞きたいんだけどー!


「――まさか、今度は吹き飛ばされるとはねー……もうなんでもアリじゃん!」


「本当ですよ! まさかイリーゼたんの言葉一つで、空を飛ぶことになるなんて……これ、死なないですよねー!?」


 まさか『最推しの言うことを聞く』力で、ここまで過酷な状況に陥るなんて……。

 いや、そりゃ過酷な状況は覚悟してたよ? でもそれって『奴隷として扱われる』的な意味だと思っていたわけで、今みたいな『命の危機』だとは思わないじゃん! 扉と磁石みたいにくっついた状態で上空に打ち出されるなんて、誰も思わないじゃん!


「死……分かんない、もしかしてマジでヤバいヤツ!? あーしら死ぬの!?」


「もしかしなくても、明らかにマジでヤバいヤツでしょ! 何か無傷で着陸する方法は……ええと……」


 王都の噴水広場まで引っ張られる力のおかげで落下こそしていないが、それも時間の問題。策を立てないと、このまま地面に打ちつけられて死んでしまう! 一体どうすればいいんだ……?


「ねえ! あーしたち、だんだん下に落ちてってない!?」


「もう噴水広場が近いんです! もう扉を盾にして着陸するしかない……!」


「ええええー!? 嘘でしょっ!?」


 こんな状況で嘘なんてつける余裕はない。今俺たちにやれる手はそれしかないんだ。最悪の場合、俺がイリーゼたんの下に回り込んでクッションになろう。もうイリーゼたん絡みの原因で死にたくないけど……こればかりは仕方ない。覚悟を決めろ、俺!


「ヤバい、どんどん扉が傾いてく! 地面がもうすぐそこに……!」


「せめてイリーゼたんだけでも! 私を下敷きにしていいので、どうか死なないでください!」


「何言ってんのレオナ! そんなこと言うくらいなら、二人揃っておしまいの方がよっぽどマシ! だから二人とも生き残る、いい!?」


 イリーゼたん……その気持ちは嬉しいけど、俺たちもう間に合わない……。


「――やれやれ、随分と派手な集合ですね……ふんっ!」


 女の子の声が一瞬聞こえた気がして、扉越しに衝撃が伝わる。しかし地面に打ちつけられることはなく、下から角度をつけられ着地させられる。


「「死んで……ない?」」


 一体下で何が起こっているんだ。辺りを見渡すと、ヤバいものを見る目をした人々と大きな噴水が見えた。これが王都の『噴水広場』か……。


「お二人とも、お怪我はありませんか?」


 この低めの声って……まさか!? すかさず声の方へ視線をやると、やはり想像通りの見た目をした女の子が立っていた。

 赤色のボブに紫色の瞳。前世の俺より高いであろう身長に、そして王子様のような出で立ち。


「み、ミレイユ……」


「「……様?」」


 グラクリの舞台である『ジェニスヴォード王国』で主に王族の護衛と国の警備を行う、ジェニスヴォード騎士団長のミレイユ・メルルリ……俺の『準推し』だ。


「レオナ、この人のこと知ってるの!?」


「もちろん! ミレイユ様はその剣術と一現性能力で王国の平和を守る、ジェニスヴォード騎士団の騎士団長様……私の推しです!」


「あーし以外にも推しがいたんだねー……」


 イリーゼたんから何やら冷ややかな視線が送られる。大丈夫だよ、イリーゼたんは『最推し』だから! それに俺はもうイリーゼたんの所有物イエスマンだからー!


「――ふふっ、このミレイユ・メルルリの存在が、冒険者の方にも知られる日が来るとは。さすがボクといったところですかね!」


 そうそう、この自信満々で自分のことが大好きなところが推しポイントなんだよ。そこがカッコよくもあるし、かわいくも見える。ガチャキャラとして実装こそされていないけど、いつかイリーゼたんと一緒のパーティーで戦わせたかったなぁ……。

 でも、そんな二人が今こうして俺の前に立っている。本来なら関わり合うことすらなかった二人が……俺がこの世界に転生した影響で、妄想が一つ叶ったんだ。


「さて、ここからが本題です。冒険者のお二人は、クロエ・ジェニスヴォード第六王女様とお会いしていただきます。ついてきてくださいませ」


「「だ……第六王女様ー!?」」


「しーっ、声が大きいです! お二人はただでさえ目立っているのですから、あまり大きなリアクションをとらないでください」


 そんなことを言われたって、俺たちはここにあるという『クエストの詳細』を探しに来たんだ。別にお偉いさんと出会うために飛ばされてきたわけじゃ……もしかして、このクエストの依頼主って第六王女様なのか……!?

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