パーティー結成!
第7話 ステーキを作りたかっただけなのに
シャワーのせいか、あるいはまた別の理由か。全身が火照って、頭がぼーっとしている。なんとなくイリーゼたんが目の前に座っているのは分かるけど、今は彼女のことを直視できるほどの心の余裕はない。
「……レオナ、ねえレオナー?」
「は、はい!? どうしましたかイリーゼたん!?」
イリーゼたんの呼びかけで我に返る。どうやらいつの間にかリビングに来ていたようだ。
「いやいや『どうしましたか』じゃないでしょー。ボーっとしてたけど、本当に大丈夫?」
「すみません……最推しとシャワーを浴びた事実が、まだ上手く受け止められなくて。でももう大丈夫です!」
心ここにあらずな原因がイリーゼたんなら、心を取り戻してくれるのもまたイリーゼたんだ。頭の中にかかっていたもやを払い、今一度イリーゼたんの方を向く。とにかくシャワーのことは忘れよう……俺は何も見なかった、アレはいつもの妄想の延長だ!
「ボーっとしたり、今度は逆にしゃきっとしたり……やっぱレオナは見てて飽きないねー!」
「あはは、お気に召したようならなによりです……」
――俺は人として、何か大切なものを着実に失っていっている気がする。まあそれでも、イリーゼたんが楽しそうな表情を見せてくれるなら、なんでもいいか……。
「じゃあ夜ごはんを食べたら、明日に備えて早めに寝よっか? ベッドは……」
「私、全然床で寝られるタイプなのでー! ベッドはイリーゼたんが使ってください!」
さっきのシャワーの時点で理性が弾けるギリギリのラインだったのに、イリーゼたんが普段寝ているベッドなんて……絶対にダメなヤツだー!
俺はイリーゼたんのことが大好きで最推しな存在だけど、そんな生々しい感情をぶつけたくはない! あくまで健全な範囲で妄想するってのがいいんだよ!
「レオナがそこまで言うなら、お言葉に甘えちゃおっかなー。でも寝られそうになかったらすぐに言ってね、交代するからー!」
優しい笑顔を見せつつ、イリーゼたんはキッチンの方へと向かう。
夜ごはんを作るのなら手伝わなきゃだな……。料理の自信はないけど、代わりに俺には『イエスマン』という、非常に有用な
つまり、イリーゼたんが俺に『料理を上手く作れ』的な指示をすることで、失敗はなくなる!
「イリーゼたん、料理は私に任せてください。倒れていた私を救ってくださったお礼として、ぜひ美味しい料理を作ってみせますから!」
「おお、すごい自信だねー! じゃあレオナの歓迎会も兼ねて、思い切ってステーキをお願いしちゃおっかなー?」
「分かりましたー!」
イリーゼたんのリクエストを受けて、俺の体は『イエスマン』に操られる。ソイツは包丁を握って食材を切る……わけではなく、突如家の外に俺を連れ出そうとするのだった。
「「ちょ、なんで外おおおお~っ!?」」
外に引きずられながらもテーブルの足を掴み、なんとか持ちこたえる。イリーゼたんも俺の腰を持って、家の中に引っ張ろうとする。しかしイエスマンの効果は絶対だと言わんばかりに、二人とも外に放られるのだった。
「なに、一体何が起こってんのー!?」
「詳しくは分かりません! ただ、私たちはイエスマンの力で引っ張られているみたいです!」
なんで料理をしようとしたら、ギルドの方まで持っていかれなくちゃならないんだ!?
俺は確かにイリーゼたんから『ステーキを作れ』という指示を受けたんだ、決して『ギルドに行け』だなんて旨のことは言われていない……いや待て、まさか!?
「イリーゼたん、家にステーキ用のお肉ってあるんですか!?」
「お肉は……ヤバ、そういやなかったかも! ってことは、あーしたちはお肉を調達するところからやんなきゃいけないのー!?」
「多分そうなります、本当にすみませええええん!」
くそっ! 俺がいいところを見せようと、イエスマンに頼ったばっかりに!
確かにイエスマンは一度使えば『指示通りの結果になる』んだけど、その使い勝手が悪すぎる。グラクリのゲームシステムの核である一現性能力だからか、今のようにお肉のもとまで引っ張られる力が、抵抗すらできないほど強い……。
「そうだ、イリーゼたん! 一度ステーキは中止にしましょう! 私にかかっている指示をナシにすれば、引っ張られなくなるかもしれません!」
「おっけ! レオナ、やっぱり今日のステーキはナシ! ……ダメだ、なんにも変わってない!」
所有者であるイリーゼたんの指示だっていうのに、イエスマンの効果は一向に解除されない。どうやらこのイエスマンは一度指示をすると、それを打ち消す指示は受けつけないようだ。さすが『誰か一人の言うことをなんでも聞く』一現性能力、
「ねえ、あーしらって今、もしかしてギルドに向かってない?」
「その方向に引っ張られてるだけだと思いたいですが、おそらく……」
「「今からクエストを受けるってことじゃん!」」
俺たちの予想は見事的中。そのまま掃除したての冒険者ギルドに、吸い込まれるようにして入っていくのだった。
「あら? 明日にしてはまだ早いと思うのですが~?」
「そうじゃなくて、ステーキ用のお肉がもらえるクエストない!? できるだけ急ぎで!」
カトレアからの煽りともとれる軽口を完全に無視して、イリーゼたんは『お肉』が報酬となるクエストを所望する。理由は至って単純……お肉を持ち帰れないと、クエストを永久的に受けるハメになるからだ。
「何があったか知りませんが、ちょうど『モンスターを倒してくれ』とのクエスト依頼が来ていましたよ。これが詳細です」
すぐさま詳細の書かれた紙を二人で確認する。曰く、町の外れにある草原に、肉食の『ライノ型モンスター』が一体現れたらしい。ヤツらは縄張りを荒らされなければ暴れることはないが、だとしても町の住民からすれば脅威に違いない。俺たち冒険者が、危険因子を取り除かなければならないのだ……!
「――受けます! あーしとレオナでなら、ライノ型なんて絶対に倒せるんで!」
イエスマンの効果を一緒に受けたからか、イリーゼたんは勝利を宣言する。それは一現性能力の持ち主である俺よりも自信に満ち溢れており、イエスマンよろしく力任せに引っ張るのではなく、こちらの背中を押してくれるようだった。
「行こうレオナ! さくっと勝って、ステーキにしちゃおうねー!」
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