第6話 想像するなああああ!

 冒険者ギルドにしんと静寂が訪れる。ほんの五分前には、たくさん冒険者女の子たちで溢れかえっていたのに、まるで嘘みたいだ。

 代わりに毒りんごだったものの残骸が、床や壁に打ちつけられているばかりだった。


「さて。私はギルドの掃除をしますので、今日のところはお引き取りくださいませ~」


 カトレアはモップの柄で俺たちの腰を小突いて、ギルドの外へと追い出す。自分の蒔いた種でしょうに。後で冒険者のみんなとお店の人、なにより毒りんごを食べてしまった人に謝っとけよ?


「なんか納得いかないけどー……それじゃ、明日あーしらにクエスト回してよ! ほら、?」


「うふふ、あなた方二人のレベルに合ったものを見繕っておきますね~」


 最後にイリーゼたんはカトレアと口約束を交わし、俺たちはギルドを後にする。今は彼女の横を、目的地も分からないままついて歩いている。


「パーティーも組んだわけだし、とりあえずあーしの家で一緒に住むって感じでおけ?」


「い、いいんですか!? 最推しと一つ屋根の下で、共同生活だなんてぇ!?」


 あまりの嬉しさに声が裏返ってしまう。まさかイリーゼたんと、そこまで親密な仲になれるとは。転生して初めて会ったのが、誰にでも明るく接してくれるイリーゼたんでよかった……。


「あはは、そんなに嬉しいんだー! レオナって、本当にあーしのことを推してるんだね!」


 そう言ってイリーゼたんは俺に笑いかける。そうだよ、まさしくその笑顔に惹かれたんだから。そんなイリーゼたんとパーティーを組んで、クエストに行くんだ……さらっと決まったけど、俺、明日からクエストに行くの!? 転生二日目にして、もうモンスターと戦わなきゃならないのかよー!


「もう、そんな焦った顔してどーしたの? あーしより全然レベル高いのに、クエストが不安なのー?」


「ええ、そんな感じですね。なんせ記憶が曖昧なので……」


 序盤は地道にモンスターの体力を削って、終盤は一現性能力ワンオフを使って一気に倒す。

 ゲーム上で疑似体験したことはあるけど、それをいざ生身でやれと言われると不安しかない。そもそもレオナの潜在的な『レアリティ』が低く、体力を削り切れない可能性もあるんだよな……。なんにせよ、レベルの数値はあてにならない。


「なるほどねー……レオナが不安になる気持ちも分かるけど、あーしら二人なら大丈夫っしょ! なんとかなるって!」


「その根拠のない自信は、一体どこから出てくるんですか? ……まあ、イリーゼたんがそう言うのなら、私は誠心誠意お供いたしますよ」


 ――理由は至ってシンプル。この俺レオナ・イザリドロワは、最推しであるイリーゼ・リルファバレルのイエスマン所有物だからだ。

 彼女が俺と二人でクエストに行きたいってなら、喜んでついていくしかない。俺はそうせざるを得ないし、もしそうでなくともそうしたい。需要と供給が奇跡的に噛み合っているわけだ。


「不安になってたと思ったら、今度は急に頼もしいじゃーん。そんなこんなで着いたよ、ここがあーしとレオナの家ー!」


「おおー! 結構大きな家ですね!」


 イリーゼたんが指差した先には、レンガ造りの立派な家が建っていた。ここに二人で住むのか……夢じゃないよね? 前世より柔らかなほっぺをつねってみると、確かな痛覚が襲いかかってきた。

 ――いや待て。いくらグラクリの世界に転生したからって、それはさすがにまずいんじゃないか? 外見は女の子だけど、中身はバチバチに男のままなんだぞ!?

 そんな状態で一緒に暮らすということは、推しのあんなことやこんなことまで……だあああっ! 好奇心と罪悪感の板挟みでどうにかなりそうだー!


「嬉しいのは分かったから、ささっとシャワー浴びるよー? 二人ともりんごの果汁で汚れてるから、?」


「い、いいい一緒に!? そんなの絶対ダメですってー!」


「ダメじゃなーい! これであーしとレオナは、裸の付き合いってヤツだー!」


 それがダメなんだってー! こうなったら、俺の中身が男だってのを伝えるか……それもダメだ! イリーゼたんは『裸の付き合いをする』つもりで、俺にそう宣言している。つまりイエスマンの効果で、

 そんな状態で『実は中身が男なんです』なんて言ってみろ、速攻で嫌われること間違いなし、最悪の場合そのまま死を迎えることになる。なんたって、イリーゼたんに『死ね』と言われたら死んでしまうんだから!


「もう遅いよー、何やってんのー?」


 先にシャワー室へと入っていたイリーゼたんが、首だけを出してこちらの様子をうかがう。じゃあ、あの奥は……ダメダメ! 想像するな、想像するなああああ!


「すみません、今行きますー!」


 催促されてしまったので、ここはもう腹を括って行くしかない。水気たっぷりの服を脱ぎ、いざ……って、なんじゃこりゃああああっ!?

 鏡越しのレオナの姿が視界に映り、変な声が出る前に慌てて口を塞ぐ。これがこの世界グラクリでの俺の体なのかよ、見た目だけならただの美少女じゃん。長い銀髪も青い目も綺麗だし、おまけにデカ……うおっ、すごいもちもちしてる……。


 すごく魅力的な身体だとは思うけど……俺の意思で動いているからか、なんだか興奮というよりも困惑が勝っちゃうな。もったいないような、逆に安心感のあるような……。

 こうなったら都合がいい、レオナの体で興奮に慣れてしまおう! もう別に何も恥ずかしくない、何もやましい気持ちになんてならない……よし! これならいける!


 俺は意を決して、イリーゼたんの待つシャワー室へと向かう。人間には理性があるんだ、間違っても間違いだけは起こさないから……!


「もう、一体何してたの……あーそっか! レオナが遅いんじゃなくて、あーしが水着のままシャワーを浴びてるからかー!」


「確かに、水着だとそのままでいけちゃいますもんね……」


 ――その衝撃的かつ、あまりにも当たり前な光景に、俺はしばらく何も考えられなかった。


 あんなに理性を保つよう自分に言い聞かせて、興奮にも慣れるよう鏡とにらめっこして。いざ入ってみたら、さっきまでと何も変わらない水着だったから。決して……決して、とかじゃないからー!

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