第5話 毒りんご

「りんごを五分以内に、ですか……?」


「そ! カトレアさんがりんご好きでさー、あげたら優先的にクエストをオススメしてくれるんだー!」


 カトレアが好きってことは、クエストに行く際に必要な『スタミナ』を回復する時に使う、あのりんごのことか。『クエストを勧めてくれる』から、その分行けるクエストが増える……というわけか。どことなくグラクリのゲームシステムを感じるなぁ。


 しかし問題は持ってくるものではなく、その制限時間だ。五分以内に調達するとしたら、お店で買うのが手っ取り早そうだな。それなら……あ、あれ?


「……イリーゼたん、ゴールドお金を貸してください! 見ての通り、私はゴールドを一枚も持ってないんですっ!」


 ポケットの中身を全て見せ、所持金がゼロであることを証明する。そもそも転生してからまだ数十分しか経っていないので、ゴールドなんて持っているわけがなかったのだ。


「うーん、ただりんごを買うんじゃ、イマイチ『イエスマン』を使いこなせてない気がするんだよねー……条件追加! レオナはあーしにりんごを持ってくるまで、! じゃあこれでやってみよっか!」


「立っちゃダメなんて、そんな無茶な……ダメだ、椅子から離れられない!」


 イリーゼたんは俺にゴールドを貸してくれるどころか、さらに厳しい条件を叩きつけてきた。席から立とうにも、椅子が体の一部かのようにお尻にくっついており、一歩も動けない。

 りんごを買ったらダメなのはまだしも、ここから離れるのも制限されたとなると……いよいよ不可能なんじゃないか?いくら『なんでも言うことを聞く』一現性能力ワンオフでも、できることとできないことがあるんじゃないか?


 その後は俺は何もできず、無情にも時間だけが過ぎていく。ああ、やっぱり俺の一現性能力はハズレなんだ。イリーゼたんにお尻と椅子を一体化させられただけで、彼女の期待に応えることはできない……。


「た、大変だああああー!」


 俺の不安をどこかへと吹き飛ばすように、一人の男が切羽詰まった様子でギルドへと入ってきた。外で何かあったのだろうか?


「どうしました、町にモンスターでも現れたのですか?」


「いや、そういうわけじゃないんだ! オレの仲間が、そこの店で売られてたりんごを食ったんだが……どうやら毒が入っていたみたいなんだ!」


「「「「なにいいいい、毒だってええええ!?」」」」


 冒険者たちが一斉に焦りだす。それもそのはず、カトレアからクエストを勧めてもらおうとしていたヤツらが、危うく二度とクエストを受けられなくなっていたかもしれないからだ。

 当然ギルド内は大混乱。叫び声とりんごが飛び交う異様な光景となり、冒険者たちはりんごを取り扱うお店の方へと駆け込んでいった。


 ――そんな中、宙を舞っていた毒りんごの一つが、のだった。

 もしかして、コイツが『五分以内に持ってくる』りんごってことなのか!? 他の可能性を考えようにも、調達する手段も、時間も残っていない……! 意を決して、ダメもとでイリーゼたんに毒りんごを差し出す。


「えっと、毒があっても一応りんごではありますので……」


「確かに、五分以内にりんごを持ってこれたのには間違いないねー……。やっぱり、レオナのイエスマンはあーしの指示こそが大事なんだ!」


 毒りんごを受け取り、俺にかかっていたイエスマンの効力が解除される。あれだけお尻にくっついていた椅子から、嘘のように立ち上がれた。


 イリーゼたんの言う通り、俺のイエスマンはイリーゼたんあってのものだ。

 それこそ今の『りんごを持ってくる』頼みも、りんごのについては指定されていない。つまり持ってくるのが毒入りでも、腐っていたものだとしても、イリーゼたんの言うことを聞いたことになる……。


 ――イエスマンは俺だけの持つ一現性能力だけど、その性質はイリーゼたん所有者がいかに使いこなせるかにかかっている。じゃあもし、イリーゼたんに嫌われでもしたら……俺、その場で殺されるかもしれないってことじゃん! 嫌だ、死にたくなああああい!


「い、イリーゼ! このように、あなたの言われたことならなんでもしますので、どうか嫌いにならないでください……!」


 自分でもバカみたいなことを頼み込んでいると思う。それでも、俺はこの世界を生きて生きて生き抜いて、イリーゼたんのためだけに一現性能力を使っていきたいから。

 そして何より、最推しに嫌われるのが怖いからなんだ。


 ――最推しに殺されるってのは、オタクにとって理想のシチュエーションなのかもしれない。


 だけど、あいにく俺はそれが原因でこの世界に転生してきている。今目の前にいる水着イリーゼたんを天井でお出迎えして、その嬉しさで前方不注意。その結果トラックに弾き飛ばされて、グラクリの世界に……イリーゼたんの所有物モノとなってしまったんだ。


 だからもう、イリーゼたんの手によって死ぬのはごめんだ。画面を通してでしか愛でられなかった、俺の心を奪っ所有した最推しと……今度はこうして触れ合えるんだぞ?

 もう何があっても彼女の側にいる。彼女の願いをずっと叶えられるように、彼女がバチバチに笑っていられるように……!


「――もう。何言ってんのレオナ、あーしがレオナのことを嫌うわけないじゃん! だってさ、あーしのことをこんなに好きでいてくれてんだよ? そんなの、あーしもバチバチに好きに決まってんじゃーん!」


「ひゃあっ!?」


 不意に両手を握られ、俺はとんでもない声をあげてしまう。女の子ボイスだからよかったものの、もし転生前の声だったらと考えると、かなりゾッとするな……。


「でもさー、まさかりんごに毒が入っていたなんてね。カトレアさんは大丈夫なのかなー?」


「うふふ、私は全然大丈夫ですよ~。ほら!」


 カトレアは机の上に置いていた毒りんごを手に取ると、なんの躊躇もなく口にする。


「「ええええーっ!? それ、毒りんごなんですよ!?」」


「知ってますよ~。なにせ毒の正体は、である『ポイズン』によるなんですから~! 私だけ食べられるようにしておいたのですが、運悪く口にしてしまった方がいるようですね~……解毒しときましょ、っと」


 そう言うとカトレアは指を鳴らし、りんごにかかっていたポイズンを解除する。


「は~い、これでりんごから毒が消えました。ほら、食べてみてくださいな」


 差し出された食べかけのそれを、おそるおそる口にしてみる。味としては元いた世界のものとは特に変わらず、甘くて美味しいな……。今のところ、体には何の影響も出ていない。


「ね? もう毒は入っていないでしょ?」


「確かに入ってないですけど……人騒がせすぎますよー!」

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