第4話 実験したいことがあるんだけど

 なんだこの、絶対に悪用される未来しか見えない一現性能力ワンオフはー!? 要は、死ぬまで一生誰かの言いなりになるってことだよな? そんなの嫌すぎるんだけど!

 誰の言うことを聞くとか、そういうの具体的なことは載って……あった、これか。


 詳細の一番下側には『所有者』という趣味の悪い欄があり、そこには誰の名前も載っていなかった。俺が転生した直後だからか、まだ言いなり状態ではないようだ。

 よかったぁ……悪い大人のモノとかにされてなくて……。いや、全然良くはないんだけどさ。


 ――本当にこれが俺の一現性能力なのか? せっかくグラクリの世界フィクションに転生したのに、そこでも直視したくない現実が襲いかかってくる。

 もっとこう……現実を突きつけられるなら、イリーゼたんの『サンダー』みたいな、クエストで活躍できるようなヤツが欲しかったんだけど。『モンスターと戦う』のと『誰かの言いなりになる』のとじゃ、明らかに後者の方が生々しいじゃん!


「ねえねえレオナー、どんな感じだったの? あーしにも見せて見せてー!」


 明らかにハズレそうな一現性能力に意気消沈していると、突然視界にイリーゼたんのガントレットが現れ、レベルカードの方へと腕を伸ばしていた。


「ああっ、ちょっと待って……!」


 しかしそんな言葉では、イリーゼたんは待ってくれるはずもなく。彼女は俺の手から華麗にレベルカードを奪い取ると、上側からゆっくりと目で追って確認する。もはや当事者より凝視しているんだけど、そんなに詳細が気になってたの?


「――うわお、レベル高いねー! あーしが今『42』だから、大体三十個くらい離れてるんだ。実はあーしより全然強いんじゃーん!」


 確かにレベル的には俺の方が上だけど、だからってイリーゼたんより強いとは限らない。

 この世界グラクリは元はスマホゲームだ。俺が女の子として転生したのなら、当然『レアリティ』の概念も、見えないところで絶対にあるはずなんだ。


 イリーゼたんは通常の姿も、俺の死因となった水着バージョンも、最高レアの『SSR』だ。そんなキャラは育成途中でレベルが低い状態でも、ある程度の難易度のクエストであれば、割とすんなり勝てるようになっている。

 一方、ガチャではハズレとして扱われている『R』や『SR』は、レベルを上げても思うように強くならないことが多い。もしレオナがグラクリに実装されたとして、レアリティは何で排出されるのか……まあ、考えてもどうしようもない話ではあるんだけど。


 ――それに、俺には単純な強さよりも深刻な点があるんだ。

 誰か一人の言うことをなんでも聞く『イエスマン』……こんなハズレ一現性能力では、イリーゼたんと同じパーティーはおろか、最悪日常生活もままならない。彼女がどんな反応をするかは分からないけど、きっと切り捨てられるに違いないだろう……。


「さてさてー、肝心の一現性能力はどんな感じかなー? ……って、なにこれー! 完全にレオナまんまじゃーん、!」


「……えっ? 変わらないって、それは一体どういう……?」


 イリーゼたんは何を言っているんだ? それだと既に、俺が誰かの言いなりになっているみたいじゃないか。確かに、最推しであるイリーゼたんの言うことには、全て応えたいと思っているけど……それとこれとは別の問題じゃないのか?


「まあまあ。あーしのことを推してくれてるレオナには、うってつけの一現性能力だと思うよー! あっ、カード返すねぇー」


 なにやらニヤついているイリーゼたんからレベルカードを受け取り、俺はおそるおそる『イエスマン』の欄を確認する。

 やはりというべきか、空白だったはずの『所有者』の箇所には『イリーゼ・リルファバレル』と載っていた。ということは、俺は彼女の言うことであれば、なんでも聞いてしまう体質にされてしまったのだ……。


「――なんかさ、イマイチ実感が湧かないよねー? 本当にこのイエスマンって、効果があるのかなー……?」


 イリーゼたんのイエスマンになったとはいえ、別に何かが変化したわけじゃない。

 俺はただイリーゼたんについていき、頼みごとをされたらそれを遂行するだけ。それはもうのと同じだ……。


「……そうだ! レオナ、キミの『イエスマン』について実験したいことがあるんだけど、?」


 イリーゼたんは両手を合わせながらそう懇願しているけど、本来ならこのあと俺が返す答えが、既に決められている。

 ――きっとこの質問自体も実験の一環なのだろう。イエスマンの効果で、強制的にこの実験を行うことにはなるが、それでも否定の言葉を述べたら一体どうなるのか……と。


「協力はしま……せ、ううっ……! き、協力します……」


 な、なんだこれ!? 否定の言葉を言おうとすると、まるで車のブレーキがかかったみたいに喉が詰まる。なるほど、こうやって、ってことだな。


「ほー……! 今レオナは『実験に協力しない』って言おうとはしてたんだけど、イエスマンがそうさせないように言葉を詰まらせたんだねー……」


「ええ、多分そうだと思います。私はもうイリーゼたんの『所有物』になってしまったので……」


 なにかと不便な体質になっちゃったけど、これで身も心も最推しのものになったと考えれば……それはそれで、えへへぇ……。


「ちょ、レオナったらすごい顔してるよー? でもせっかくの一現性能力なのに、ただ『人の言うことを聞く』だけってのはかわいそうだよねー……もしかして、この一現性能力の鍵を握ってるのは、なんじゃ?」


 ――そうか、今の俺はイリーゼたんの言うことなら、なんでも聞ける状態にある。つまりイリーゼたんの指示次第では、イエスマンには無限の可能性があるのかもしれない!


「――イエスマンの使い方、なんとなーく掴めてきたよ。じゃあ次の実験だよレオナ! 今から五分以内に、あーしにりんごを一個持ってきてよ!」

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