天童君には秘密がある 1〈KAC2024〉

ミコト楚良

 いろいろあって、敵同士のふたりは閉じ込められてしまったの回

 天童てんどうには三分以内にやらなければならないことがあった。

 この地下深くの黒曜石こくようせきの牢獄から抜け出すこと。


「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れめ!」

 長い重めの前髪、肩までの黒髪、その涙袋のある涼やかな目。グレーのセーラー襟の制服の少女は怒りのあまり、右手で握りしめた八寸(約24センチ)の鉄扇てっせんをふるわせている。

「仲間である、わたしを裏切るなんて! 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れめ!」


「ごめん。今、言うところじゃないってわかってるんだけど、オレたちを陥れた、君の仲間のコードネームが長すぎるんだけど」

 天童は黙っていることができなかった。


「長いほど、セキュリティがあがるからって」

 組織の決まりらしい。


寿限無じゅげむの発想だったか」


 いけねぇ。こうしているうちにも時間が過ぎる。

 オレたちの足元に、ひたひたと地下水が流れ込んでいた。


「三分で、この黒曜石の牢獄に水が溜まるんだっけ?」と、オレ。

「三分で、空気がなくなるんじゃなかった⁉」と、茉奈まな

 彼女は、——重め前髪ボブ少女の名は茉奈まなという。オレの敵方の女子だ。


「どっちだよ! よく聞いとけよ!」

「わたしは閉じ込められる予定なんてなかったから! 知らないもん!」


 あー。逆切れだよ。これだから女子は。

 そのとき、オレの携帯が鳴った。


『もしもしー。天童てんどう、今、どこにいんの?』

 深町ふかまちだ。

 見た目、牛若丸のコスプレーヤーにまちがわれる、オレの参謀!

「携帯、通じるんだ! 助かった!」


 それを見ていた茉奈まなも急いで携帯で、どこかに連絡している。

「もしもし、パパ? 茉奈まなね。黒曜石の地下牢に閉じ込められてるの。あの、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れにだまされたの!」


 いちいち、コードネーム言わなきゃいけないんかい。


「パパがシステムを止める解除キーを設定したんだよね。教えて。パパ。うん、うん——」

 茉奈まなが牢獄の天井を指さした。


 そういえば、天井には、いろは歌の誦文ずもんと、あとづけの〈ん〉の字、あわせて四十八文字を、七字区切りで改行して刻み込んであった。虹色に輝く貝をはめ込んだ螺鈿細工らでんざいくだ。単なるインテリアじゃなかったんだ。


「そこか!」

 牢獄はミニマムな作りで、何一つ設備が置いていなかった。

「椅子くらい置いとけよ!」


「うっさい! 天童てんどう! 肩車しろ!」

 茉奈まなに冬制服のネクタイをつかまれた。


 時間がない。オレは姿勢を低くした。茉奈まなはオレの肩に足をかけた。

「よたってんじゃない!」

 叱責された。


 茉奈まな鉄扇てっせんを持った右手を伸ばし、天井にある解除キーを鉄扇てっせんで器用にたたいていく。

「い、と、う、つ、く、し。ま、な。お、ん、り、い、わ、ん。き、み、の、ひ、と、み、に、こ、い、し、て、る——」


茉奈まなパパ、長ぇよ!」




 結局、深町ふかまちが来てくれたこともあって、オレたちは助かった。

 ぬれた制服で歩いて学校寮に帰ろうとすると、茉奈まなに呼び止められた。

「うちの車で送る」

 

 黒塗りのクラシックカーが、いつの間にか留まっていた。

「いやー、座席ぬらしたら悪いし」


 茉奈まなが高級バスタオルを投げつけてきた。

「わたしも、びしょぬれなんだし!」

 怒っているみたいだった。巻き込んで悪かったな。いや、巻き込まれたの、オレだったかな。

「今日は、休戦だよ。みんな、わかってるよ。天童てんどうくんが、わたしを助けてくれたこと!」


「いやー、やめとく」

 オレは断った。

「あ。だけど、バスタオルは貸して? 洗って返す」

 そう言って、その場から背を向けて、急いで離れた。


わか、やせがまんが、きついっすねぇ」

 深町が追っかけてきて、いやな笑い方をした。


「敵、だからな」


 そこは、線引きしなくてはいけないところだ。

 たとえ、茉奈まなを抱えたとき、すっげぇいい匂いがするって思ったとしてもだ。





           〈時間だよ

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天童君には秘密がある 1〈KAC2024〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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