期間限定イベとおじさん
第21話[ダンジョン奥で待ち受ける者]
◆
【
今し方ダンジョンの入り口から一歩踏み出すと、インターフェースにどデカくダンジョンの名前が表示された。
今までパーティーで攻略してきた通常規模のダンジョンは、大抵どれも洞窟や小さな建物だったりしたが、今回は打って変わって天井が見えないほどのデカい神殿だ。
パーティー内のみ聞こえるモードのチャットでスウが話かけてくる。
「ねえ、ササガワあの人さあ」
「うん? 誰のことだ?」
スウが目線をやっていたのは、攻撃隊のリーダーになっているナイト。ギルド[御伽集落]のエルラドだ。
「あのエルラなんとかって人、今最大大手のギルドマスターらしいわよ。攻城戦勝利の可能性一番あるって言われてるギルドね」
「あと1文字くらい覚えてやれよ。エルラドな」
俺が運び屋をしている間、スウは攻城戦やギルドの情報を集めに行っていたそうだ。とは言え、エルラドが今一番大きなギルドのマスターである事くらいは一般的に知られているだろう。
「それであのエルラドって人、トイノニアの街の横にある『決闘広場』って名前がついてる賭博決闘場で一番強いらしいのよ」
「なんだその『決闘広場』って……。ヤバそうな場所をまたプレイヤーが勝手に作ってる訳か」
現実でも開けててちょうどいい感じの溜まり場に人々が集まって、何々界隈だとか、何々広場だとか言われる事は多々ある。まさにMYO(みょー)小社会の一面を見せている例だ。
「勝ちそうな方に賭けて、決闘を観戦するって訳よ。その中でも一番強いのが彼みたいね。私も賭けに参加したけど、誰が強いとか知らなくて大損だったわよ」
「参加したのかよ……」
3つ目の街トイノニアは、屋根の低い長屋が立ち並ぶ和風っぽい街だが、なんとなくプレイヤーのガラが悪くて基本的に住みつきたいと思えない。ゲームの中でもそういった感覚の場所がいくつも理由無く存在するのが不思議だなあと思う。
「つーまーり、攻城戦でアイツのギルドを倒せたら私たちの勝ちってわけ! いまから観察しておいて損は無いわ!」
「ギルドに所属もしてないのによく言ったもんだ」
俺は呆れてつい手をひらひらさせてしまう。
おしゃべりをしているうちにダンジョンの深部へと潜っていく。
序盤の部屋は雑魚敵が沸いたりするのを適宜片付けては、奥へ続く道を探索を繰り返す。階段を降りていくタイプのダンジョンだった。
慎重に進んでいるのもあるが既に2時間は続けて潜っているだろうか。何層降りたか既にわからなくなっているが、今のところ攻撃隊は一人も死んでいない。
これは攻撃隊リーダーの采配と言えるだろう。悔しいがさすが大御所ギルドのマスターの指揮だ。
各階層にリスポーン地点が設けてあるのを見るに、一発負退で入り口にふっとばされるタイプのダンジョンでは無いようだ。
「ここで一旦休憩する! 10分後に次の扉を開けるぞ! おそらくボス部屋だ、アイテムを確認してくれ」
エルラドが攻撃隊のチャットを使い叫ぶ。目先の壁に数十メートル級の見開き扉が見えている。
エルラドがここで休憩を促したのは、この先がボス部屋だからだ。
やつはこのダンジョンを知っている。
そして、俺もこのダンジョンを知っていた。
随分前にサービス終了した、『ララ・テーラ・オンライン』。2D横スクロールのアクション系MMORPGだったが、その中の高難易度ダンジョンにあたる神殿をベースにしたダンジョンを3次元的に起こしたものだろう。
ここまで攻撃隊が誰も一度も倒れていない事、的確な進行とモンスターの殲滅ができているのは攻撃隊全員がもの凄く強いからではない。
エルラドが『思い出』を使って攻略しているからだ。
◆
オンラインゲームが全盛期だった頃、同時に数百のタイトルが次々に表に出ては消える事を繰り返した。
メジャーな作品から隠れた名作まであったが、コンシューマのタイトルと大きく違う事は、サービスが終了すると遊ぶ事が一切できなくなり、存在が消える事だ。
つまりその時にプレイした者か、制作した者しかゲームの内容を知らない。
俺はとにかく、当時あったゲームは片っ端から登録して遊んでいた。
寝る間も惜しんで日々、狩りにあけくれた。青春も情熱も全部そこに注ぎ込んだ。
だから感覚でわかる。エルラドも同じなのだろうと。
彼も心からオンラインゲームが好きであるという事だけは間違い無い。
だが、ゲームのタイトルを超えても、奴にギルドを潰された昔の思い出を忘れることはない。出会い方が違っていれば俺はエルラドと仲良くできたかもしれないのにな。
どうであれ、奴は俺の物語にとって悪役だ。
そして悪役を倒す主人公は、俺。
おじさんである。
◆
「そろそろ行くぞ。扉前に集合!」
エルラドの攻撃隊チャットが響く。
「何の休憩だったの? 早く進めばいいのにね?」
スウは元気がありすぎるんだよ。おじさんには休憩も必要なんですよ。
ボス戦という事で、タンク役の防御型が前に配置される。奇しくも目の前にいるエルラドのケツを拝むポジションだ。青黒い光った鎧が目に入ってくる。
「これが装備ランキング3位の鎧か……」
とぼやいてしまうが、パーティーチャットモードにしているので周りには聞こえない。
スウが果てしなく後方から「ササガワ何か言った〜!?」と叫んでいるが、独り言はこの距離だと聞こえないようだ。
しかし、あのエルラドが装備ランク3位であることには違和感がある。何かこう……調整しているようにも思えるな。
『ゴゴゴ……』と鈍重な音を建てて扉が開く。
このダンジョンのボスは確か、デカい蜘蛛みたいなモンスターだったっけ……。
「ん……?」
扉が開くにつれ、敵の姿が露わになってくる。
そこに構えていたのは予想していた物とは違う、巨大な翼、巨大な爪を持つ赤い巨躯の生物。
名前は表示されていなくたって予想がつく。
「レッドドラゴン、か」
赤い、巨大な竜がダンジョン最深部で待ち構えていた。
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