第19話[運び屋バイトで見える景色]

 スウと1on1で決闘した日から俺はソロで動いている。

 と言うのも、スウは「PVPと攻城戦について調べる」と、いつもの勢いで言い放ちどこかへ走り去って行ったからである。

 また俺は完全なソロに戻ってしまったが、久しく静かにMMOをゆっくり楽しめる気がしてそれはそれでなんだか嬉しい。


 リアルでは暑かった季節がそろそろ長袖になるような時期に変わっていた。

 ゲームの中にも四季はあるようだが、現実の季節感と少し違っていたり、地域によっても違うので常に色々な場所を旅行しているような気分になる。


「ササガワさんですよね? 運び屋の。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、早速荷物の受け渡しをしていきましょう」


 倉庫前で待っていた人と出会う。青髪のウィザードで、レベルは装備からみて30といったところだろうか。


 俺は今『運び屋』のバイトをMYOの中で行なっている。低レベルから習得を続けていた持ち前のスキルツリー[所持重量限界上昇]と[インベントリ最大所持量上昇]を使って、町から町へ倉庫のアイテム移動を手伝うってところだ。

 なにせこのゲームは、預ける事のできる倉庫が街単位で別の倉庫になっており、他の町で倉庫にアクセスしてもその町専用のものなのである。拠点を移すには、倉庫の中身を運ばなければならない。


 所持できる量も随分と増え、持てる数は現在102枠。それも大抵のものならば重量を気にせずにフルで持つ事ができる。重量関連スキルを振ってない人や少し振った人でも30〜40枠という事だから、完全特化と言えてきたな。


「じゃあ荷物の担保はこれで」

 そういって俺が渡すのはレベル55クラスでドロップする『属性付与魔石』。これは一つあれば現在カンストレベル55の通常防具のベースが全部揃う程度の価値だ。

 これを担保として一時渡して、100枠を超える大量のアイテムを輸送のために一時預かる。簡単に言えば引越し業者のようなものだ。


「ありがとうございます、取引画面開きますね」


 そういって次々と倉庫前で、倉庫から出したものを俺に取引で移してくるお客さんプレイヤー。

 レベリングも終わったところで少しまったりしたかったので、装備やら物品を代行で街から街へ運ぶという遊びを始めたのだ。これが存外需要があった。

 もちろんバイトなんてものはゲームシステム的に存在するものではないが、勝手に仕事を作るのがMMOの醍醐味だ。プレイヤーからの依頼を金で受ける。リアルで働くのと同じ仕組みである。


 頼まれたらA町の倉庫で受け取り、現地まで共に歩いて、目的地のB町の倉庫で処理。普通は重量オーバーになって歩く事ができなくなるから、10往復でも終わらないだろう。

 信用のいるバイトだが、この手の話は口コミで次々にお願いされてくる。意外とこのお小遣いがでかい。アップデート待ちの現在、暇な時間はずっと運び屋を続けているといったところさ。

 

 初期の街ルーレンサから二つ目の街フラリムの間が一番多いルートだが、フラリムから西に繋がっている小さな町『トイノニア』の周辺はモンスターのレベルが50近くでそれなりに危険だ。

 もちろんキャラスペック的に余裕ではあるが、そういった依頼の時は、自慢のHP最大値と耐久力をあらかじめ見せる事で安心してもらってから、お値段をちょこっと釣り上げようって算段でやっている。これはスウが考えたセコい商売だがな。


 朝昼夜と街道を歩き続けていると、沢山の景色に出会う。空の上に見える謎の星。  

 リアル世界で言う『月』が3つくらい同時に見えたり、兎に角この世界はとても美しく思えるのだ。

 歳のせいかすぐ美しいものを見ると感傷的になってしまう系おじさんだ。

 

 必死にレベリングプレイをしていた時には気づかなかった、ぬるい風が撫ぜていく感覚だとか、足で土を踏んだ時の感覚だとか、目に入ってくる光の違いだとか。

 そんな細かい部分が全身に伝わってくるのだ。その景色たちを見て、少しくらい感傷的になるのはわからなくもないだろう。

 

 ここが、俺が帰りたかった世界だった。VRMMOよ、感謝する。


 ルーレンサからフラリムに輸送を終える。フラリムは相変わらず露店市場のずらりとならぶ中世の庶民暮らしらしい街の雰囲気だ。

 市場にはNPCの露店が並んでいるわけだが、それに乗じてかプレイヤー同士の取引もフラリムの街が一番盛んである。

 取引関連については、システム的にどこからでもアクセスできる販売システムを作って欲しいと願う。サポートに希望を送ってみてもいいかもしれないな。


「ありがとうございました! これが報酬です。またお願いするかもしれないのでフレンド登録しといていいですか?」

「ええ、こちらこそ。またいつでも呼んでください」

 そういうとフレンド登録が飛んでくる。承諾をタップ。滅多にフレンドから声がかかることなんてないのだろうけれど、何かと縁というものは大事だ。一応登録しておく分にはいいだろう。


 依頼主と別れてから、癖のようにインターフェースを開くと情報欄に新情報が表示されている。

『大人数ダンジョン追加』『大幅アイテム追加』。


「明後日実装か……」


 束の間のゆるやかな時間も、これがアップデートされたら終わってしまうな……。

 そう言いつつも口がにやけてしまう。アップデートに毎回ワクワクがとまらない俺だった。



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