第42話可愛いひと

「産まれたての赤子というのは、あんなにもほにゃほにゃなのだな」


旦那様がウイスキーを飲みながら、ぼんやりと言うので思わずくすりと笑った。


「なんだ」

「旦那様の頭の引き出しに『ほにゃほにゃ』なんて表現があるのが微笑ましいのです」

「む、なんだ。悪いか」

「そんなことでそっぽを向かないでください」


思わず裾を掴んだ。

すると突然強い力で抱き寄せられて、深く口付けされる。


(っ…お酒、の…匂い…)


「うん?」

身体が硬直したので、すっかり酔っている旦那様でも違和感に気づいたらしい。


胸を押し返して、やんわりと拒絶する。

こちらまで酔いそうになる程の強い香り。

もとよりアルコールは得意ではないのだ。


「すまない。そんなに…嫌だったか?」

「いえ、ごめんなさい…すごくアルコールの匂いがして…」

「悪い、リリアは酒が得意ではないと知っていながら、どうしようもない衝動に駆られてしまった。これからは酔ったら口付けしない」

旦那様は背を向けて、ボトルに蓋をした。

その背にそっと耳を当てる。

すっかり引き締まった身体を柔らかく抱きしめた。

「…拗ねてます?」

「ああそうだよ!拗ねてるよ!悪いか」

「…旦那様。酔いが覚めたら、口付けしてくれますか?」

「…やめてくれ」

旦那様は立ち上がると「もう…」と言って顔を両手で覆った。

「今私はリリアが…欲しくて堪らないのだ。これ以上可愛いことを言わないでくれ。耐えられる自信がない」

「可愛いのは旦那様でしょう?」

と言うと、腕を掴まれ引っ張られて、抱き寄せられた。

「決して酔っているからこんなことをするのではないぞ。私は今、獣以下の理性しかない。嫌だったらぶん殴ってくれ」

「嫌なのはアルコールの匂いであって、旦那様のことは……」

「私のことは?」

大きな瞳でじっと見つめられ「うん?なんだ?言ってみなさい」と詰められる。

「その…だ、大好きですから…」


酔っ払って赤い顔が更に赤くなって瞳がうるうるしていた。

「リリア、大好きというのはどれくらい大好きなのだろうか…?」

「そうですわねぇ。これくらい、と測れるものではないでしょう?」

と言うと、明らかにしゅんとしてしまったので慌てて「例えば」と続ける。

「あなたとの子どもは可愛いのだろうなって…最近すごく思います…」

「…ああもう、可愛すぎることを言わないでくれ!」

「聞いてきたのは旦那様じゃないですか!」

「うっ…そうだが…私はもう我慢できそうにない。…リリア」

ほとんど泣いているような顔だ。

「酔っ払っている時は口付けしない約束です」

「もう、いっそ私を殴ってくれ!」

「…ならば一緒に庭園をお散歩しませんか?夜のお散歩はきっと気持ちがいいですわ」

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