第41話自慢の息子(ソバタの父親視点)

自分で言うのもなんだが、ソバタは自慢の息子であった。

そう、ついさっきまでは。


カールライヒ伯爵自ら、わざわざ足を伸ばして我が家へいらっしゃったので腰を抜かすほどに驚いた。

どうやら急ぎ解決せねばならぬ事情があるらしかった。


退職したはずのソバタが呼ばれる理由というのは考えればいくつか思い浮かんだ。だが、そのどれもが伯爵自ら馬に乗ってやってくるほどの事情なのかといえば首を傾げたくなる。

一番の疑問は、なぜ伯爵は俺たちまで屋敷に来いと言ったのか。

伯爵のただならぬ雰囲気で、我々が向かわざるを得ないということは理解した。

けれど、訳を知ったのは、屋敷に着いてからである。


使用人だけでなく、恐らくカールライヒ夫人と思われるご婦人までもが慌ただしく忙しなく、そわそわしている。


(これは一体…)

妻と二人、訳もわからずおどおどするばかりだ。

そこへ、俺たちを案内してくれた使用人の一人がカールライヒ夫人を連れてきてくれて初めて事情が判明する。


「はじめまして。カールライヒの妻、リリアと申します。ソバタのご両親ですね」

と挨拶もそこそこに「失礼ですが、まだソバタはご両親ときちんとお話をされていないのではとお見受けします」

そう切り出した。

俺と妻は息子が何をしでかしたのだろうと、青くなるばかりだ。

(あの野郎、なかなか屋敷に帰りたがらなかった理由は何かやらかしたからか!)


しかし、奥様から聞いたのは耳を疑う言葉だった。

「実は、息子さんは当屋敷のメイド、マイロと恋仲にありました。そのマイロは息子さんの子どもを妊娠し、今出産の最中にあります」


青天の霹靂とはまさにこのこと。

妻が卒倒しかけたので、後ろで支えて「しっかりしろ!」と言った。

夫人からはただ淡々と事実を伝えられる。

「今息子さんはマイロの出産にあたって彼女を励ましています。どうされますか?すぐに息子さんをここに呼びますか?」

そんなもの、決まっている。

「その…お嬢さん…マイロさんと言いましたか。今は馬鹿息子だけが頼りでしょう。…ぶん殴りたい気持ちですが、私たちは二人の戦いが終わるまで、ここで待っていてもよろしいですか?」


冷静に淡々と話していた奥様の表情が少し綻び

「軽食と温かい飲み物を用意させます。ブランケットも準備させますので、気軽にソファで横になってくださって結構です。では、失礼致します」

と言われたので、妻も俺も少々面食らった。



どれくらい時間が経っただろう。

初めはソバタに対する文句ばかり口について出ていたが

そのうち、妻が懐かしむような目つきになった。

「…あの子が産まれたのは深夜でしたね。あなたったら、産婆さん呼びに行ったきりなかなか戻ってこなくって」

「あの日は酷い嵐だった。道はぬかるんでて何度も転んだ。俺が真夜中に産婆おぶって家まで戻ったんだぞ」

「そうだったわね」

「家に着くなり、産婆が飛び降りて『もう頭が出てる!』なんて言うから驚いてよ…」

「……無事に産まれると良いですね」

「……そうだな」

「初孫ね」



そうしてブランケットに包まって夜明けを迎えた。

窓の景色をぼんやりと眺めて


(ああ、朝日が昇り切ったな)

と思ったその瞬間、扉が突然開いた。


「産まれました!!産まれましたよ!!!」

なぜ夫人が汗をかいて、腕まくりをして、私たちを呼びにきたんだろう。


(…そうか、奥様も一緒に…ソバタやマイロさんを励ましてくれたんだな)


それだけじゃない、きっとそれ以上に。


(カールライヒ伯爵も奥様も本当に変わっている)


ソバタは幸せ者だ。

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