第40話急げ(カールライヒ視点)

マイロが産気付いた。


あんなに鬼気迫るマイロを初めて見た。


男の私には想像もできないことだが、とても見ていられなかった。

自分には何もできないと分かっているからこそ、何かできないものかと右往左往してしまい、理性を保つのでさえ難しい。


(焦ってはいけない、焦ってはいけない。焦っては…)


けれど、そう思えばそう思うほど、速く、もっと速く駆けなければと馬を叩いた。


馬車でのんびり行けば半日、馬を走らせても5時間はかかる道のりだ。

それをなんとか4時間で辿り着いたのだから、馬には頭が上がらない。


一軒の民家が見えて、馬を飛び降りた。

がんがんと扉を叩く。


中から「今行く」と、のんびりした返答があり、焦れ焦れした。

扉を開けたのは他でもない、ソバタだった。

目が合うなり、彼はギョッとして後退りした。


「旦那さ…」

「今すぐ来い!!!!マイロの陣痛が始まったぞ!!」

「なっえっ……」


奥からソバタの父親と母親が出てきて、私の姿を見て慌てている。

「どうされたのですか」だの「伯爵様、どうぞ中へ入ってください」だのと言っていた。


「今は一刻を争うのだ!ご両親もカールライヒ邸へ急いでくれ!」


と言うと、お互いを見合ってきょとんとしている。

だが、こちらの尋常ではない気配を察したらしい。

「支度をしまして向かいます。必ず行きますので、お先に向かってください」

と言ったのを聞いて、すぐさまソバタを馬に乗せカールライヒ邸へと引き返した。


「…名家の娘と結婚したんじゃないのか?」

皮肉でそう聞いた。


「破談になりまして…」

「ならばなぜうちに戻ってこないのだ」

「どうやって戻れと言うのですか」

「馬鹿だお前は。マイロ一人に全て押し付けて。私は当分お前を許せそうにない」

「破談になったから戻りたいとマイロに言うのですか?どのツラ下げて…」

「今、マイロは必死に陣痛と戦っているんだ。お前のくだらないプライドなんかどれほど小さい問題か、そろそろ気付いたらどうだ」

「…変わってますよ、旦那様は。使用人にここまで首を突っ込んで」

「…マイロとお前の子どもだからな。孫みたいなもんだろう」

「旦那様、子どもよりも先に孫が産まれるなんて変な話だと思います」


ソバタが小刻みに震えているのがわかる。

恐れか、不安か、期待か、そのどれもか。

確実に、人生の岐路に立っている人のそれだった。


来た道を急ぎ戻る。

まだまだ長い道を走り出したばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る